難易度激増
あれ以降、俺はセブンスオンに気に入られたのかちょくちょく組んでダンジョンを潜るようになる
当初ミギラス達は俺のことを疎んじていたが、回数を重ねることによって俺の実力を知り、僅かだが態度を改める。
少なくとも何でも反対は無くなっていた。
そしてある日。
ソロでダンジョンに潜る日のことだった。
「カナン、少し良いか?」
ドアの近く、曇り空を見上げた俺はソファに寝転んでいるカナンにそう声をかける。
「死んだらごめんな」
「縁起でもないこと言うわね」
俺の物騒な発言にカナンは体を起こす。
「そんなこと、冗談でも口にするんじゃないわよ。本当に死んだらどうするの?」
病は気から。
自分は死ぬと言ってしまえば本当に死んでしまうこともある。
ゆえに弱気な発言はご法度だ。
「すまない。しかし、この空を見ているとな」
一見すると何の変わりもない曇り空。
ただ、今日のは違う。
俺の本能が異常だと警鐘を鳴らしていた。
「……もし本当に不安なら今日は休みなさい」
俺の深刻な物言いにカナンは静かに言葉を紡ぐ。
「一流の冒険者は危機を察知する特別な勘を持つ。それが危険だと訴えているのなら休んだ方が無難ね」
「いや、休まん。ちょっとした雑談だ」
「猶更珍しいわ。それに、ロランには毎回相当な額を稼いでもらっているからね。今日一日ぐらいずる休みしたって罰は当たらないわよ」
「ずる休みとか……その言い方は酷いな」
カナンの物言いに俺は苦笑した後、歩を進める。
「それじゃあ、行ってくる。ただ、今日の稼ぎは期待しないでくれ」
今日はそんなに深く潜らない。
二十階付近での探索にさせてもらおうか。
「はあい、分かったわ。気を付けてね」
カナンはこれ以上何も言わず、快く俺を送り出してくれた。
「妙だ」
十四階。
ミノタウルスを屠った俺は違和感を覚える。
「何故襲ってくる?」
十階層の大型魔物は俺の姿を見ると逃げ出すなり隠れるなりしてきた。
なのに今日は違う、俺を見つけた途端雄叫びを上げて襲ってくる。
「それに強い」
一撃で終わらないし、向こうの攻撃が芯に響いてくる。
こんなことは初めてだ。
「…………帰るか」
逡巡した俺は帰還を選択する。
今日の朝から感じていた嫌な予感。
深く潜るのは無謀を通り越して自殺行為に思えた。
剣を鞘に仕舞い、上へと続く階段へ向かっている時、見知った面々が俺の目に飛び込んできた。
「ロランさん? 良かった……」
「ジルベッター? ……その惨状はどうした⁉」
俺は思わず声を上ずらせる。
ジルベッター率いる七人パーティ。
ミギラスやアイシス、トクランスといった馴染みのパーティ。
いつもは余裕綽々。
だが、今回は全員重傷を負い、特にミギラスとトクランスが自力で歩けない状態。その中で辛うじて戦えるのはジルベッターとアイシスだけだった。
「ドラゴンの群れに……囲まれまして」
「ドラゴン?」
何故十四階に?
あれは四十階以降で出る魔物だぞ?
「分かりません。ただ、その何体ものドラゴンを退けたのは良いですがその結果、私達はほぼ戦闘不能になってしまいました」
一体でさえ手こずるドラゴンを数体同時相手。
よくもまあ撃退出来たな。
「やはりアイシスは化物だな」
「……上から目線、むかつく」
いつも澄ました顔をしているが、今回は息も絶え絶えな感じのアイシスがそう口を尖らせた。
「あの、お願いがあります。誠に申し訳ありませんが、私達と共に帰還してもらえませんか?」
「ああ、俺も丁度帰還しようと思っていたところだから」
断る理由がない。
「本当に良いのですか? こちらは怪我人しかおらず、ロランさんの足を引っ張るだけですが」
「俺を見くびるなジルベッター。この程度の魔物など怪我人十人二十人抱えた状態でも余裕だ」
遊び人がとある墓で誰も装備できない黄金に光る爪を拾った結果、間断なく襲い掛かる魔物との死闘を潜り抜けた俺だぞ?
「ありがとうございます。この御恩、一生忘れません」
冷静なジルベッターにしては珍しく、感謝感涙の面持ちで頭を下げた。
その後の帰還も困難を極める。
出くわしたのはドラゴンだけでない。
人間大のゴブリン、血色の死者の手、プラチナ色のゴーレム等等。
負傷者がいるとはいえ俺が全力を出さなければ撃退できない敵の強さ。
加えてトラバサミや毒矢といった罠も出現、極め付きはダンジョンの形が変化し、あるべき場所にあるべき階段がなかった。
「こ、これは」
脂汗を垂らす俺。
この感覚は暗黒島以来。
二度刺しで即死する黒色キラービーの大群を追い払いながら俺は昔の恐怖を思い出していた。
超有名ギルドのパーティでさえ壊滅状態に陥るほどの難易度。
他のパーティも推して知るべし。
途中でいくつかのパーティと合流し、上を目指す。
運が良かったのだろう。
俺がいたパーティは誰一人脱落することなく無事帰還を果たした。
最期の敵を薙ぎ払い、ようやく陽の目を見る。
潜ってからまだ数時間しか経っていないが、体感的にはもう何日も見ていないよう。
それぐらいダンジョン内は濃かった。
「ふう……」
ダンジョンの入り口は神や人でごった返している。
誰もが入口から帰還してくる者を見つめ、それが見知った者だと歓声を上げる。
俺達も例に漏れず、到着した俺達を出迎えたのはセブンスオンギルドの面々だった。
「よう帰って来たなあ」
セブンスオンは俺達の姿を認めるや否や泣きながら近づいてくる。
「心配してたんやで。先に帰還した他のギルドパーティーが、うちのパーティがドラゴンの群れに囲まれていたと聞いた時は生きた心地せんかったわ。よう無事やった、ほんま嬉しいわあ」
「はい、ありがとうございます」
代表としてジルベッターが疲労の濃い様子ながらも笑顔を浮かべる。
「けど、私達が帰ってこれたのはロランさんのおかげです。もし彼と出会わなければ私達は……」
ジルベッターの言葉にセブンスオンは首をこちらに向ける。
「ああ、ロランのおかげか。うちのパーティを助けてくれてありがとうな。この借りは絶対返したるわ」
両手を握ってブンブンと上下に振るセブンスオン。
「ほな、ジルベッター達はホームに戻ってくれ。そこで疲れを癒してえな」
セブンスオンはギルドメンバー総出で来ていたのだろう。
すぐさまジルベッター達を介抱する者が現れ、彼女達を連れて行った。
「……ん? ロラン、どこに行くつもりや?」
俺が足を向ける方向を知ったセブンスオンが疑問を呈す。
「そっちはダンジョンやで?」
「ああ、それで合っている」
俺は一つ肩を回す。
「何で――ああ、そういうことか」
頭の回転が速いセブンスオンは俺の目的を察する。
「悪いな、一人だけ救出に行かせて」
そう、俺はもう一度ダンジョンに潜り、取り残された冒険者を助けに行く。
「遺品をも持ちかえるつもりだ」
生死の安否が分からないというのは辛いだろう。
その辛さを少しでも取ってあげたい。
「行くのは自由やけどさ、死んでも知らんで?」
「安心しろ、俺は絶対に死なん、何があってもな」
元勇者として潜り抜けた修羅場の数はケタ違い。
俺が死んでしまう場面など想像できなかった。
「セブンスオン。もしカナンに会ったら『帰りが遅くなる』と伝えてくれ」
この分だと今日は徹夜になるかもな。
俺は剣を抜き放ち、またもダンジョンへ潜って行った。
そして夜中。
「ここが限界か……」
負傷した冒険者を安全地帯まで運んだ俺は空を見上げる。
すでに遺品しか見つからない状況。
ダンジョンで遭難した冒険者はほとんど息絶えたと判断して構わないだろう。
「さて、行くか」
俺は立ち上がる。
恐らくカナンはおかんむりだろうからどう言い訳しようか考えると、少し先に見知った人物を発見する。
「……ふん」
腕を組み、不機嫌そうにしながらも何処か嬉しそうなカナンが待っていた。
「迎えに来てくれたのか?」
俺の記憶上、カナンが出迎えしてくれたのはこれが初めてではないだろうか。
「貴方、多数の冒険者を救ったんですって?」
「ああ」
「セブンスオンを始め、神々が貴方に礼を述べるよう伝言を受け取ったわ」
そっぽを向いたままカナンは続けて。
「ありがとう、アナトール中の神々を代表して礼を述べるわ」
と、照れ気味にそう言った。
此度の異変による冒険者の未帰還率の割合――七割。
今日、ダンジョンに潜った冒険者の内十人中七人が命を落とした計算になった。