壊れステ
「……ここは?」
うっすらと目を開ける。
まず目に飛び込んでくるのは天井にある木の梁。
感触から綿の様な柔らかい材質の上で寝かされているようだった。
「ん?」
俺は顔を顰める。
聴覚からは誰かの寝息が聞こえ、嗅覚からは甘い臭い。
間違いない、誰かいる。
俺は警戒しながらゆっくりと身を起こしてみる。
「……ううん?」
俺が動いた振動によって誰かが気が付いたのだろう、舌ったらずな声が俺の耳朶を打つ。
「むにゃ……おはよう」
寝ぼけ眼でそう挨拶をするのは少女。
白銀の髪をウェーブさせ、腰のあたりまで伸ばしている。
目測で測ると俺の身長の三分の二か。
ふわふわとしたマシュマロの様な印象を与える幼女だな。
「……ええ? 私寝てたの?」
数度瞬きをした幼女は驚いた声を上げる。
「嘘? どうしよう? 寝顔とか見てないよね?」
俺に聞かれても知らん。
「安心しろ、俺も先ほど目が覚めたばかりだ」
とりあえず事実を述べてみる。
「ああ、良かった。神様たる者人間に弱み何て見せるわけにいかないからね」
そう安心する幼女。
神様という単語に引っ掛かった俺だが、今はもっと大事なことがある。
「ここは何処だ?」
俺がここにいる理由。
この清々しい空気に窓から入る光は暗黒島ではありえない。
それに眼前の少女の存在。
違う場所というのがしっくりきた。
「ここって?」
「いや、だからここだ」
「ここはダンジョン都市アナトールよ?」
アナトール?
初耳だぞそれは。
「そんなことも知らないの? ところで貴方の名前を教えて。私の名はカナン=ラフィンクス=マルロー、ラフィンクスギルドの神様よ」
「名前……か」
俺は記憶を探ってみる。
俺は何て呼ばれていただろう。
暗黒島にいる前は何だっけ?
「……勇者」
そう、俺は勇者と呼ばれていた。
「勇者? それは職業でしょ? 名前よ名前」
幼女が頬を膨らませて起こる。
「……分からない」
本当に分からない。
戦い続ける余り、暗黒島以前の記憶が酷くあやふやだった。
「貴方、もしかして記憶喪失?」
幼女がマジマジと目を覗き込んでくる。
「本当は違うが、それでも良い」
戦い以外何もかも思い出せないんだ。
だったら記憶喪失と変わりないだろう。
「ふーん、そっか。何も覚えていないんだ」
幼女――カナンは少し嬉しそうだ。
「ねえ、背中見せて。どこかのギルドに所属しているか見てみるわ」
「背中を?」
出会ったばかりの幼女に?
少し抵抗があるな。
「気にしない気にしない。神と人間との間に隠し事なんて存在しないわよ」
と、少々強引に俺を俯せにする。
「じゃあ、ちょっと待ってね」
視界の端に映る蒼い光。
その光は俺の全てを曝け出している気がして気分が悪い。
「うん。やっぱり貴方は何処のギルドにも所属していない……あ、でも名前は出ているわ。ええと、貴方の名前はロラン、ロラン=ロトよ」
「ロラン……」
俺はその名を口にする。
何故だろう、その名前にはどこか懐かしい響きがあった。
「ねえロラン、どうせなら私のギルドに所属しない? 今ならもれなくラフィンクスギルドのナンバーワンになれるわよ」
そう催促してくるカナン。
「なあ、ギルドって何だ?」
「ああ、そこの説明がまだだったわね、ごめんごめん。ギルドというのは私達神が作るグループの総称なのよ」
そのまま説明し始める。
俺なりにカナンの話を要約すると。
ギルドというのはカナン達超常存在を頂点と置いたグループで、そこに所属する者はその神の恩恵を受けられる。
その恩恵というのは神によって違い、例を挙げるなら炎を出したり剣を扱えるようになったりと千差万別とのこと。
「じゃあカナンの恩恵は何だ?」
と、至極当然の疑問を口にしてみる。
「よくぞ聞いてくれました!」
するとカナンはその小さな胸を反り返らせて自信満々に。
「私の恩恵は『異性との出会い』! 幸不幸構わずあらゆる異性と出会えるわよ!」
と、宣言してみせた。
「……」
俺はどう反応すべきだろう。
喜ぶべきか、頭を抱えるべきか迷うところだ。
「わ、私は本当に凄いのよ! どんなブサメンだろうが喪女だろうが出会い、恋愛そして結婚まで辿り着けさせたわ!」
うん、それは凄いと思う。
けどな、ダンジョン攻略に何の関係がある?
そんな俺の疑問を察したのかカナンは顔を真っ赤にしてなおも捲し立てる。
「ロラン、心の中で馬鹿にしているわね! でも騙されたと思ってしばらく我慢してなさい! そうすれば素晴らしい出会いがあり、私に感謝するわ!」
「……俺はそういうのは苦手だぞ?」
とりあえず断りを入れておく。
「自分で言っててなんだが剣を振るうしか能の無い男だ」
魔王討伐の旅も基本的には現れた魔物を倒すこと。
政治、経済、交渉、恋愛など全く眼中になかった。
「別に構わないわよ。大事なのは私そしてギルドの発展に貢献すること。剣を振るうのが得意だったらダンジョンに潜ってお金を稼げば無問題ね」
「……」
そうは言ってもな。
おかしい感じがするのは俺だけか?
「別の者を探したらどうだ?」
俺はそう提案する。
「俺はもっと戦闘的な恩恵を受けられるギルドに所属したい」
その方が互いにとって幸せな気がする。
「私を……見捨てるの?」
するとカナンは震える声で懇願し始める。
「お願い、一時的だけでも良い。私のギルドに所属して。でないと私が消えちゃう」
神はギルドそのもの。
ギルドが消滅すると必然的に神も消滅するらしい。
「……うん?」
俺はカナンの『お願い』の言葉に引っ掛かる。
どこかで聞いた覚えがあるその声。
もしかすると。
「聞くが俺を呼ばなかったか『助けて勇者様』と」
そう、俺はその声に呼ばれた。
俺の仮説が正しければ、その声の持ち主が。
「ええ、それは私よ」
やはりか。
助けを求めたのはカナンだったか。
「なるほど、そういうわけか」
俺は納得する。
俺を暗黒島の呪縛から解き放ってくれたのだから、そのお礼はしなければならない。
「分かった、お前のギルドに所属しよう」
恐らくそれが正しい道なのだろうな。
「くどいようだが、俺は剣を振るうしか能がないぞ?」
金は稼げるがそれ以上期待しないでくれ。
「私の恩恵の効果が出るのはしばらく待って欲しいけど、貴方のステータスを更新できるわよ」
「ステータス?」
何だ? その単語は?
「ステータスというのは……」
カナンの話を要約。
ギルドに所属した者は、その者の身体能力が数字となって表示されるらしい。
その数字をステータスと呼び、ギルド所属者は神にステータスを更新してもらうことによって上がる。
「注意点は、鍛えなければ上がらないこと」
例えば防御力なら攻撃を受けなければならず、状態異常防御には実際に喰らわなければならない。
何の労力もなしにステータスは上がらないとのこと。
「ちなみにステータスは999が最高よ。彼らは人の皮を被った何か、比べること自体が間違っているわ」
そう嬉々として話した後、俺のステータスを見て――絶句した。
ロラン=ラフィンクス=ロト
体力 S2458
魔力 一0
攻撃力 S2856
守備力 S2001
魔法攻撃力 一0
抵抗力 B873
素早さ S1456
運 C792
スキル
選ばれし一族――無限に成長する
オート回復――1秒ごとに体力10回復
「ねえロラン。貴方って何者? 初期状態でこんな壊れステなんて見たこと無いんだけど?」
そうなのか。
比較するものがないので何とも言えん。
「例を挙げるわよ」
一般冒険者
体力 J30
魔力 J1
攻撃力 J13
守備力 J15
魔法攻撃力 J1
抵抗力 J7
素早さ J17
運 J8
スキルなし
「――これが普通よ。ちなみに二つ以上のS、しかも2000オーバーは世界広しといえどもロランだけじゃない?」
「ほう、それはそれは」
比較するのも馬鹿らしいステータスだ。
「ねえ、ロラン。目立っちゃ駄目よ。もしこれが皆にばれると色々とややこしくなるわ」
「安心しろ、それぐらいの分別はある」
もしこれがばれたらカナンがどうなるのか。
彼女を助けると決めた以上、カナンの不利になることは極力避けねばならなかった。
「で、俺は何をすればいいんだ?」
俺はここで何をするべきなのだろうか?
「ここはダンジョン都市アナトール。やるべきことは一つ――街の中心地にあるダンジョンに潜って魔石や素材を集めること、それだけ」
「それだけって……」
ざっくばらん過ぎないか?
「煩いわねえ。そんなに強かったら口で説明するより実際やってみた方が早いし確実よ」
俺のステータスを知った途端投げやりになるカナン。
……何が気に入らない?
俺は内心首を傾げながらもカナンに急かされて外に出ようとする。
「ああ、待って」
が、カナンに呼び止められる。
「丸腰で行くのは不味いでしょ。その金庫の中に使い古しの武具があるからそれを装備していきなさい」
カナンに言われるまま部屋の隅にあった金庫を開けてみる。
すると中には鋼の剣と鉄の鎧、脛当てに小手があった。
「ありがとう」
「お礼は良いわよ、使ってくれた方が武具も喜ぶわ」
ふて寝したカナンはひらひらと手を振る。
「それじゃあ、行ってくる」
武具を装備した俺は今度こそ部屋から出て、陽光溢れる世界へと飛び出した。