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後悔

デイーは結局、朝は食べずに出勤した。

 その日は、事務所の先生が今扱ってる事件に似た判例を集めた。

 仕事に取りかかった時から、すでにデイーはシアンへの言動に後悔していた。


 どれだけ俺、古い田舎のキエスタ人の男だよ。

 グレートルイスに来て、もう十年以上経つのに。

 今や故郷(キエスタ西部)では、婚姻前の同棲が流行ってるそうなのに。最近では精神的愛情と肉体関係は別物、と割り切った女主人公の女流恋愛小説がキエスタで一世を風靡したことも知ってる。


 しかも、自分はシアンにどうとかいえる立場でもないのに。

 シアンの所有者はボスであって、自分はまあそのおこぼれというか、たまにチャンスに預かれる幸運な男なだけであって。

 選択権は全てシアンにあり、自分にはシアンの行動を制約する権利なんて微塵もないはずなのに。


 これは嫉妬以外のなにものでもない。

 自分が叶えられなかったことを、ボス以外のあの男がかっさらっていったからだ。

 例えば、一週間前のあの記念日の夜、ホテルの部屋で自分が本懐を遂げていたなら。

 自分はシアンにあそこまでの言葉を投げつけなかったと思う。

 ひがみ、だ。間違いなく。


 最後のシアンの表情が頭から離れなかった。

 泣きそうな顔だった。

 あいつの泣き顔とか絶対、もう見たくなかったのに。


 ーーシアンは綺麗だ。汚いわけない。

 最初に会ってから、今までもずっと綺麗だ。

 ボスたちに輪姦されたときでさえ、あいつは綺麗だった。


 カチューシャ市国であのクソジジイ、画家のアルケミストも言っていたけど。

 シアンほど、魂も身体も美しい人間を自分は知らない。

 あいつはいつだって美しい。ーー


「そろそろ帰ったらどうだね」


 事務所の先生がデイーに声をかけたのに、書物に没頭していたデイーは我に返って、顔を上げた。


「九時だよ。また明日すればいい」


 時計に目をやると、過ぎていた時間の早さに面食らう。


「私も、そろそろ帰りたいのでね」

「すみませんでした」


 デイーはあわてて立ち上がった。

 急いで机の上を片付け、レインコートを羽織ろうとしたデイーは先生が自分を見つめているのに気付き、動きを止めた。


 先生ーー初老の白髪をオールバックにした彼は、本が積み上げられた山の間から自分を見ていた。常に厳しい顔をしている彼だったが、今は更に怒っているようにもみえた。


「あの……なにか」


 なにかやらかしたのかと思い、デイーは自分の最近の行動を思い出しながら聞いた。


「私はね……君を見ていると、時折たまらなくなる」


 彼が告げる。


「君のような若者の未来をが掴んでいるということがだ……確かにがいなければ、君は今の君にはなり得なかっただろう。……だが援助者がでさえなければ、君の人生は自由だった。もし、そうなら……君の人生は君自身が選べたんだ。それは個人の権利だ。君と同期の若者は当たり前のようにその権利を享受しているのに、だ。君のような優秀な若者の人生をが台無しにしたことが、私は腹ただしくてならない」


 デイーはびっくりして彼を見つめた。

 彼はとてつもなく怒っていた。

 彼が、非常に怒りをーーそれが自分の将来に関してーー自分の状況に対してーー間違いなく自分のために強く怒りを感じているという事実に、デイーは戸惑いを隠せずにはいられなかった。

 キエスタ人である自分を雇ってくれた奇特な人物という印象しか、デイーは今まで目の前の彼に持っていなかった。

 後ろから棒で殴られたような衝撃を受ける。

 今まで思いもしなかったが……彼は自分のことを認めて……買ってくれていたのだ。


 立ち尽くしたまま、何の反応も返せないデイーに彼は小さくため息をついて続けた。


「……こんな事を言ってもなんの生産性もないがね。キエスタ人の恩義深さについては理解しているつもりだよ。……すまなかった。今、私が言ったことは忘れなさい」

「……いえ」


 何か言おうとしたが、デイーは言葉が出てこない。


「……お先に失礼します」


 力ない声で結局、それだけを告げ、デイーは入り口のドアに身体を向けた。


「……シーズン中、私は断酒してるんだ。ひいきの球団の優勝を祈ってね」


 彼が後ろから投げかけた声に、デイーは立ち止まって振り返った。

 彼は回転椅子にもたれた身体を左右に揺らして、微笑みながらデイーを見ていた。


「いまだにそれが効いたことはないが……今シーズンが終わったら、一緒に飲みに行かないか」


 デイーは胸が熱くなるのをこらえて頷いた。


「はい……是非」


 再びドアに身体を向けたデイーは、感じたことのない感情に身体中が満たされていくのを感じ、外へ出た。






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