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嫉妬

昨夜は早く寝たからか、デイーはいつもより早く目が覚めた。

 冷蔵庫を開けると空で、パン一切れもなかった。


 カフェで済ませるか。

 身支度してスーツに着替えると、鞄を持ちデイーはマンションから外へ出た。

 貧困時代の節約癖が抜けず、デイーは自炊生活が基本だった。職場にランチボックスを頻繁に持って行くデイーに、事務所の先生は感心したように目を丸くした。

『キエスタ人の男は家事ができないんじゃなかったのか』

 確かに昔はデイーも全然できなかった。

 過去にサボイホテルでコック見習いとして不当に雇われていた経験も、今では悪くなかったと思っている。


 今朝は久しぶりに豪華な朝食を堪能してやる、と浮き立ちながらデイーは歩いた。バーガーをかぶりつくのもいいが、最近できたキエスタ東部の料理を出す屋台で温かい麺料理でもいいな。

 考えながら通勤途中にあるサボイホテルにふと目をやった途端、デイーは心臓が跳ねた。

 そのまま立ち止まる。


 シアンがいた。

 一階のラウンジにあるカフェで、彼女が座っている姿がガラス越しに見えた。

 昨夜の服の黒いワンピースの上に、グレーのカーディガンを羽織っている。アクセサリーはつけていない。

 彼女の前にはテーブルを挟み、一人の男が座っていた。

 見覚えがあった。

 昨夜の客だ。

 削げた頰、眼鏡をかけた年配の男。

 朝食を終えた二人は立ち上がった。

 シアンが彼に近づき、昨夜同様に頰を彼に合わせた後、唇に口づける。

 男は山高帽を頭に乗せると、傍らのスーツケースを引き、去った。

 後に残されたシアンは彼を見送ると、席に座った。


 ーーデイーは男がサボイホテルから出るのを確認し、中に入った。

 ホテルのラウンジ、窓際のシアンの席にまっすぐ向かう。

 シアンが前からやってくるデイーに気付き、驚いたように目を見張った。次には笑みをつくる。


「おはよう。なんだお前、今朝はや……」

「なんでこんなとこにいんだよ」


 乱暴にシアンの前の席に座りながらデイーは言い放った。どす黒いその声に、デイーは自分の声ではないような気がした。

 シアンが顔から笑みを消した。


「昨日、ここに泊まったのかよ。だから、昨日俺に帰れっていったのかよ」


 シアンの目が一瞬、宙を泳いだのをデイーは見てとる。

 胸の中で何かがはじけた。


「あの客と寝たんだろ」


 シアンが息をのんでデイーを見た。


「そうなんだろ」


 シアンがうつむいた。

 否定の言葉を吐かない彼女に、デイーの胸に焼けつくような感情がわいた。


「……あの人……ゼルダにいたとき、すごく世話になった人だった」


 シアンがつぶやく。

 デイーと目を合わせようとはせず、小さい声でシアンは続けた。


「オレにハマって、当時、グレートルイスへの移住を真剣に勧めてくれた。……オレと婚姻の手続きもしていいって」

「……なんでそれにのらなかったんだよ」

「そのときはさすがによろめいたけど……すでに奥さんと子供いる人だったし」

「それでも昨日は寝たんだろ」


 言葉が止まらない。

 湧き上がってくる感情が抑えられない。


「三年前に奥さんと別れたって言ってた。子供も独立して……今は一人で暮らしてるって。……最近、身体の調子が悪くて病院に行ったら……腫瘍が見つかったって……」

「それが言い訳かよ」


 シアンが口を閉じる。


「相手は独り身の老い先短いかわいそうな男だから? 昔、世話になったしな。……優しいな、お前」


 シアンが顔を上げてデイーを見た。

 許しを乞うような見たことのない弱々しいシアンの表情に、デイーは自分の中のなにかがはずれたのを感じた。


「まるで聖女さまだな。お前。同情した相手に誰でも脚開くんだ」


 自分が信じられないような言葉を吐くのを、デイーは他人の言葉のように聞いていた。


「……ごめん」

「謝んなよ」


 シアンの表情、声が更に弱々しくなっていく。それが余計にデイーを苛立たせた。


「俺に謝る必要ないだろ」

「ごめん……」

「謝んなっていってんだろ」


 胸の中で渦巻く感情のままに、デイーは言葉をぶつけた。


「カチューシャ市国、その先生と行けよ」


 目を見張ったシアンをデイーは睨みつける。


「デイー……」


 席を立ったデイーにシアンが手を伸ばした。

 デイーはその手を振り払う。


「触んなよ、汚ねえな」


 シアンが身体を硬直させた。

 大きく見開かれたその瞳が、ひどく傷ついていく様をデイーは見つめていた。

 今にも泣きそうな表情だった。


 デイーはシアンに背を向けると、ホテルを出た。







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