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Anniversary〜のるか そるか〜

おまけでもうひとつ。

シアンとデイーの二人後日談。

『おはよ』


 サボイホテルの一室で目覚めたとき、シアンが自分の傍らに横たわって顔を見下ろしていた。

 バスローブ姿の彼女は神々しいほど美しく、覗いている白い胸元は目眩がくるほどで、起き抜けのデイーには少々刺激が強すぎた。


『オレがシャワーから出てきたらお前寝てんだもんよ。しょうがねえから夜中の三時までオレ、起きてお前のこと待っててやったんだぜ。でもお前、超熟睡で起きねえんだもん。あきらめてオレもついに寝たわ』


 微笑みながらそう告げるシアンは、信じられないほど可愛くて、なおかつ色っぽい。

 デイーはあわてて自分の身体を見下ろした。

 昨夜着ていたキャラバン社製のスーツの上着を脱いだだけの格好だった。


 思い出した。

 昨夜、シアンと初デート記念日として念願のサボイホテルでディナーを済ませた。(緊張のあまり、何を食べても味が分からなかった)

 緊張を解こうとしてワインをいつもの倍は飲んだことを覚えている。

 その後、レストランを出て二人でエレベーターに乗り、予約していた上の階の部屋に入った。

 緊張している自分にシアンは笑って『じゃあオレから先に浴びるわ』と浴室に入り、自分はベッドに横たわった。

 落ち着こうとして深呼吸を繰り返し……。



 ……そこから先の記憶がない。


 俺、寝たのかよ。


 デイーはあわててベッドに備えつけられている時計を確認した。七時半。ジャスト。

 ここから、職場の法律事務所までは三十分もかからない。


『い、急いでシャワー浴びるから、今から……』


 シアンを見上げて言うと彼女は、はあ? と眉をひそめた。


『冗談。お前、今日仕事だろうが』

『こ、ここから事務所まですぐだし……』

『やだ。オレ、時間気にしてすんのキライ。前の仕事思い出す』


 ベッドから立ち上がろうとしたシアンのバスローブにデイーは思わずしがみつく。


『やだっていってんだろうがよ。絶対最後まで、できねえって。お前要領分かってないんだしよ』

『と、途中まででも』

『いやだ。折角、お前と初めてすんのにムードのかけらもねえじゃん。萎えるわ』


 シアンはデイーの手を払いのけるとさっさと着替え始めた。

 バスローブをあっさりと床に落とし、身体の背面をあらわにした後ろ姿に、デイーは息を飲んで目をみはる。

 昨夜のうちに、シアンの全てをこの目に納めているはずだったのに。

 素早く白いワンピースに身体をくぐらせて美しい肢体を覆いかくすシアンを見守るしかなかった。


『オレ、今日の昼食はボスととる予定だから。ボス、昨日のお前とのこと知ってるし、今日はまあ機嫌良くないと思うから早目に行きたいんだよ。準備しねえと』


 と、服を着終えたシアンは捨て犬のような目をしたデイーを振り返った。


『起こしてくれればよかったのに……』


 かすかに非難を込めて言ったデイーの声を聞いたとたん、シアンは目をつり上がらせた。


『あのなあ! 言っとくけどオレは何回も起こしたんだよ。お前が全然起きなかったんだよ。……ショックなのはオレの方だっつーんだよ。ここまで舞台そろってて、いい雰囲気だったのに何やらかしくさってんだよ、お前。三ヶ月待ってコレかよ。折角楽しみにしてたのによ』


 シアンの迫力にデイーは口をつぐむ。

 はあ、とシアンがため息をついた。


『まあ、オレもお前が飲み過ぎんの止めなかったのも悪かったよ。……緊張和らげようとしたのが、裏目に出たな』


 シアンがデイーのスーツに目を走らせた。


『……それと、いいスーツがすげえシワになってますけど。今からお前、家に帰って出直したほうがいいんじゃない? 昨日、脱がせてやりゃよかったな。気付かなくて悪かったよ」


 たしかに。

 デイーは自らの服を見下ろして自分でもそう思った。


『じゃあな。遅刻すんなよ』


 シアンは言い置いて、部屋を出て行った。

 後に残されたデイーはセミダブルベッド上で茫然とした。


 女神が、去った。

 待ちに待ち続けた一夜限りの幻の女、女神ネーデ。

 悔やんでも悔やみきれない結果にデイーは泣きそうだった。








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