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リック

リックは機会を選んでいた。


 キースがキエスタ北部で生息しているという情報を仕入れていたし、ウーが最近までグレートルイスの東海岸ヨランダに滞在してたことも知っていた。

 ヨランダでウーが漁師の男と暮らしているのを知った時は微かに嫉妬の気持ちが起こったが、キースの時の比ではない。

 ウーが(キースの元に帰る時と同時にキエスタに来た。

 彼女がケダン教会で(キースと暮らしているのを知り、たまにバザールに(キースと来るのを何回も見ていた。

 そろそろチャンスだと思った。

 (キースに、この俺を印象づけるのに一番適する時期。

 それが、今だ。


 声をかけた自分に彼女が振り返った。

 こちらを見る目がみるみるうちに大きく見開かれる。

 彼女が抱えていた紙袋を落とした。


「リック」


 つぶやくが早いか、彼女は自分に向かって真っ直ぐに走り、抱きついた。


「リック!」

「はは、久しぶり」


 リックはウーの背中に手を回した。

 首に抱きつく彼女の身体の感触、頬に当たる髪の匂いに、リックは身体中の細胞が泣きたくなるのを感じた。

 十年前の西オルガンの日々が鮮やかに蘇る。

 彼女を愛してやまなかった過去の自分。

 思い出に浸りそうになるのをリックはとどめる。

 今はそれどころではない。

 奴に復讐するのが先だ。


「なんで……皆がリックは死んだと言ってた。あたしもそう思って……」


 見上げるウーの目に涙がにじんでるのを見て、リックの胸は締め付けられた。

 自分が思っていた以上に、彼女は自分のことを好いていてくれたのだろうか。

 幸福感とともに罪悪感をリックは感じる。


「うん。死んだとされてたけど、実際は生きてたんだ。まあ、ワケがあって。……君に今まで伝えられなくて悪かった。ごめん」

「リック! 良かった」


 再び、ウーはリックの首にかじりつく。

 リックは微笑んでウーの髪を撫でた。

 昔と変わらず極上の手触りの髪。

 十年前の俺は彼女に首ったけで。

 ……そして、今でもそれは変わらないかもしれないな。


 リックは心の中でつぶやいた。


「今は、名前はリックじゃなくてディーンだ。仕事は変わらず写真を撮ってる」


 ウーを見下ろしてリックは告げた。


「今回、仕事でこっちに来たんだ。君に会えてびっくりだよ」


 真っ赤な嘘だけどね。


「まだ何日か滞在する予定だ」

「リック。じゃあ」


 ウーがリックを見上げた。


「私が今いる教会に来ればいい。……いいだろう、キース」


 そう言って、やっとウーは後ろで立ちつくしてこちらを見ているヴィンセントを振り返った。


 はは。警戒してやがる。


 リックは、ヴィンセントの様子にほくそ笑む。


 くそ。でも、やっぱりいい顔してやがるな。さすが、ラリーの分身クローンだぜ。


「……あなたが泊まれるようなところではないのですが」


 無表情に言い放つヴィンセントの眉が、かすかに不愉快そうにひそめられているのをリックは見逃さなかった。


「大丈夫だ。リックはそんなの気にしない。そうだな、リック?」


 ウーが無邪気にリックに目を戻して言い、リックは微笑んで頷く。


「あなたの泊まる場所が無いと言っているのです」


 次に告げたヴィンセントの言葉には明らかに棘があり、リックは笑いそうになった。


「場所なんて、いくらでもつくれる。何を言ってるんだ、キース」


 責めるウーの口ぶりに、リックは満足する。


「あー、いいよいいよ。この近くの宿に泊まっているから」


 リックは内心にやけながら、ウーの頬をつつんで見下ろし微笑んだ。


「あのころと変わらず君はとても綺麗だ。妊娠してるんだな。母親になっても美しさは全く変わらないね。とても懐かしいよ」


 リックはウーに顔を近づけた。

 ウーはリックの顔を見上げたままだ。

 リックはウーを見つめながら彼女に口づけた。

 ウーは目を閉じて受け入れた。


 リックは彼女の唇を味わいながらそっとヴィンセントの方に目を向けた。



 ……それだよ、それ。


 俺が見たかったのはお前のその面だ。キース。


 ふつふつとわく達成感に、リックは心の中で狂喜乱舞した。


 ……ざまあみやがれ! 

 長年のうらみ、いまこそ晴らしてやったぜ。



 リックは心の中で歓声を上げながらウーから顔を離す。


「昔よりキスが上手くなった、リック。今までの男で一番上手い」


 ウーが悪びれず、リックにあっさりと告げた。


 奴より上ってことか! 

 リックは心の中でガッツポーズを決める。

 嬉しい誤算だった。彼女の口からそんな言葉が出るとは。

 何よりも奴の胸を刺すだろう。


 それを聞いたヴィンセントの顔は見なくてもどんな顔をしているか分かったから、リックは確認しなかった。

 にんまりとしながらプラチナブロンドの後れ毛を垂らして見下ろし、リックはウーに答える。


「ありがとう。君もいろいろあったと思うけど、俺もいろいろあったからね。……実は今、君のお姉さんと仲よくさせてもらってる」

「?! シャン・カンと?!」


 ウーは驚いて目を見開いた。


「そう。仕事で知り合って。さすが君の姉さんだ。美しさは君と競うほどだね。蜜色の肌がいいね、彼女」

「カンは元気?」


 リックにかじりついて聞くウーをリックはどさくさに抱きしめる。


「元気だよ。……マダム・シアンの店にいるんだね、彼女。あそこは美女の宝庫だ」


 にまにまとリックは笑いながら、ヴィンセントのただならぬ気配を感じる。

 そろそろ、かわいそうになってきたかな。

 勘弁してやるか。


 リックは軽くウーの額に口づけた。


「じゃあ、俺はしばらくここにいるから。……君さえよければ、密会しようか」

「うん」


 深く考えず、ウーは笑顔で頷き答えた。


 あー、と、これはかわいそうすぎたかな……。

 ま、いいか。

 奴への積年のうらみを考えれば。これくらいしたってどうってことないだろう。


 リックは無上の満足感を噛み締めながら、ウーから身を離した。


「じゃあね」


 近づいてくるヴィンセントにリックはウーから離れて手をひらひらと振って去る。


 あー、すっきりした。

 この武勇伝をだれかに話してやりたいね。


 にこにこと満面の笑みを浮かべながら、プラチナブロンドの彼は背中の髪を馬の尻尾のように跳ねさせ、リズムをとって歩き出した。――


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