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パブに入ると、客は一人しかいなかった。
まだ五時前だ。時間的にも早すぎるだろう。
カウンター奥で店主とその客はテレビ画面に見入っていた。
「何します」
気付いた店主が、デイーに言った。
「ビール」
デイーは答えてカウンター席についた。
「ああー、なんだよ、こいつは。何してやがんだよ」
二つ席を離れたところに座る先客が、テレビに向かって苛立った声を上げた。
映しているのはサッカー中継だった。
彼は向こうを向いているので顔は分からないが、美しいプラチナブロンドをしていた。
染めたのだろうか。地毛だろうか。
ロングヘアにして、無造作に頭の後ろでまとめていた。
男のくせに、長髪かよ。
まだ故郷キエスタ文化の観念が抜けきらないデイーは、ビール瓶を口に突っ込みながら彼の風貌を観察した。
カーキのコート、ベージュのワークパンツにブーツ。大きいショルダーバック。
と、テレビから歓声があがった。ゴールが決まったのか。
「お、今の見た? 今の見た? マスター」
興奮した様子で、彼が振り返った。
明るい青の瞳。年齢は三十代後半ぐらいだろう。
顔立ちはこの国の基準ではまずまずといったレベルだろうか。
それよりも彼自身からにじみ出る明るく人懐こいオーラに、デイーはこいつ、女にモテそうだな、と思った。
見ていたデイーと目が合い、彼は屈託のない笑みを浮かべた。
「今の、見た? おにいさん」
いいえ、とデイーは首を振って答える。
彼はデイーを親しみのこもった目で見返し、デイーの身体を無遠慮に眺めた。
「すごい。おにいさん。弁護士か」
デイーの胸ポケットについている、バッジに目を止めて彼は目を見開いた。
「はあ。えらいねえ。キエスタから勉強しに来て、弁護士になったんだ。すごいわ。尊敬するよ。……それに、こんな美形でインテリなキエスタ人、俺初めて見たね。いや、お世辞じゃなくて。良かったら、写真撮らせてもらっていい? 俺カメラマンなんだけど」
デイーは苦笑しながら首を振った。
彼は席を詰めてデイーの隣に近づいてきた。
「おにいさんは、どこのチームびいき?」
「いえ、私はあまり詳しくなくて。すみませんが」
デイーは答えた。
「そうか。残念」
そのまま、彼はまたテレビ画面に目を戻した。
「ああーっ、なにやってんだよ、あいつは、また」
彼は悔しそうに声を荒げ、カウンターを叩いた。
「ほんと、キースってやつぁ、ろくな奴がいねえよなあ」
彼の言葉にデイーは口に入れようとしたビール瓶を止めた。
「サッカーでも、馬でも、野球でも、キースってやつぁ、イマイチだわ。子供にはキースって名前つけねえほうがいいんじゃねえか。……いや、ホントに俺、キースっていう名前の奴はろくでもない人間しか知らないからよ。……ねえ、そう思わねえ、マスター」
「何が」
「だから、キースって名前の人間にはろくな奴がいないって話だよ」
マスターにからむ彼の腕を、デイーは思わずつかんだ。
「え? なに、おにいさん」
デイーを振り向く彼の顔を見つめて、デイーは答えた。
「……その意見、同感です」