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分裂

 その日の夜。

 出発の前日。


 あたしはメイヤ兄さんの部屋に忍びこんだ。

 最後にもう一度抱いてくれたら、と思ったのよ。


 でも兄さんは抱いてくれなかった。

 あたしを抱いたことを謝って、そして。

 一晩中、あたしを抱きしめて髪を撫でてくれた。


 あたたかい兄さんの腕の中で、あたしは満足だった。


 まるで、猫になったみたい。

 兄さんに毛皮を撫でてもらって、まどろんで、ゴロゴロと喉を鳴らす猫のよう。

 この間、ギールを抱きしめて寝たけど、あいつもこんな感じだったのかしら。

 だとしたら良かった。あいつも安心したのかしら。


 兄さんのあたたかさとにおいにずっと浸っていたかったけど、やっぱり朝は来ちゃって。

 朝の光の中、名残惜しく身体を離したあたしに、兄さんが言った。


「アネッテ。俺はあいつを許しはしない」

「……兄さん」


 あたしは兄さんの頬を撫でた。


「あたしが頼んでも? だめなの?」


 兄さんは頬に当てたあたしの手をとり、手首の内側に口づけてくれた。

 キエスタでは、伴侶にしかしてはいけない部分の口づけ。

 兄さんはキエスタ文化について詳しいから、知っていたんだと思う。

 あたしは今更ながら、かあ、と赤くなった。

 胸がいっぱいになって頭が何も考えられない状態のあたしに、兄さんは言った。


「他の兄弟たちが許しても、俺だけはあいつを許さない。君をこんな目に遭わせたあいつを、俺は生涯許さない」


 メイヤ兄さんのギールに対する憎しみのあまりの激しさに、あたしは身震いした。

 あたしは、自分が本当は何もされなかったということを兄さんに話そうとして……。


 口を閉じた。


 この子が兄さんの子供だってことが、分かっちゃうからよ。

 そうなったら、兄さんはあたしのためにここをきっと出るわ。あたしと子供のためにヨランダの実家に帰り、漁師に戻ろうとするわ。


 それは、だめよ。


 あたしは兄さんの頬を再び撫でた。


「じゃあ、あたしは……兄さんがあいつを許すまで、許してくれるようずっと兄さんにお願いするわ」


 もう後の祭りだけど、あたしはこの時に真実を話すべきだったのだと思う。

 何年後かに、ギール一派と兄さんたちが別れたのを知って、あたしはひどく後悔した。


 兄さんの頬から手を離し、あたしは寝台からおりて立ち上がった。


「さようなら、兄さん」


「アネッテ。俺はあいつを許すことはない」


 最後の言葉までギールへの怒りの言葉だった兄さん。

 あたしは少し悲しかった。


 あたしは微笑んで、メイヤ兄さんの部屋から出た。



 そして、キエスタに帰った。



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