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真実

 はあ。


 あたしは一刻後、ギールの部屋の前に立った。

 あのあと、メイヤ兄さんと話したんだけど、兄さんが自ら指を切ってくれるようにガラナ族の彼らと交渉したみたい。

 成人前の一族の女の子をギールに汚されたと、ガラナ族の人々はものすごい剣幕だったらしいわ。

 ガラナ族と交流を深めて友人のようになっていたメイヤ兄さんだからこそ、あれだけで済んだのよ。

 もしかしたら、ギールもその女の子も殺されていたのかもしれない。

 メイヤ兄さんはそんな目に遭ったのに、あたしにギールを少し慰めてやれ、なんて言った。

 どれほど、人がいいのよ、兄さん。

 反抗したい気持ちがぐ、とわきあがったけど、あたしはため息をついてギールの部屋に入った。


 部屋に入ると、奴は寝台の上で座り、布団にくるまっていた。

 あたしの顔をみてびくりと怯えて、情けない顔をした。

 なんなのよ、こいつ。

 もう一度はったおしてやろうかと思ったのに、そんな気失せちゃったわ。

 あたしがまるであんたをいじめてるみたいじゃない。


「メイヤ兄さんは」

「お医者様が来て、焼いたわ。化膿しなければいいけどね」


 ギールのおそるおそる聞く質問に、あたしは素っ気なく答えた。

 あたしは乱暴に、ギールの足元の寝台に腰をおろす。


「……どうして、ガラナ族の女の子に手を出したのよ」


 あんたがバカだからよね。

 答えは分かっていたけど、あたしは聞かずにいられなかった。

 手を切断されるのを恐れて、皆が敬遠する民よ。普通なら近づきもしないわよ。


「頼まれたんだ」


 ギールは小さい声でつぶやいた。


「成人前の女の子に。街中でオレを見かけてオレに最初の相手になってほしい、て思ったんだって。……もうすぐ、成人の儀式があるから、その前にって」


 ガラナ族の成人の儀式は、メイヤ兄さんから聞いたことあるわ。

 十七歳になった女の子は、親族の男性全員に抱かれるのよ。子を孕むまで。

 子が産める体になったのか証明するためにね。

 それを聞いたわたしはショックを受けたけど、でもそれがガラナ族の文化なのよ。

 キエスタにも変わった慣習を持つ民族がたくさんいるわ。

 罪人の皮を剥ぐ一族もいたし、成人の儀式で仲間たちから身体に太刀傷をもらう一族もいた。

 あたしのかあさんの一族「緑の目を持つ人々」も、族長が気に入らなかった女の子の赤ん坊は、密林の中に置いてくるしきたりがあった。

 どの民族にも、それなりの決まりがあるのよ。


「オレは断ったんだ。……でも、お願い、一生のお願いだから、って泣かれて」


 ギールは抱える膝に顔を埋めた。


「ごめんなさい……。断ればよかった……」


 あたしはため息をついて、目の前のギールを見つめた。


「あんたって、優しいのよ。バカだけど、優しすぎるんだわ、ギール。……それが、あんたの悪いところよね」

「……メイヤ兄さん……ごめんなさい」


 そんなに情けないのによく、ガラナ族の女の子を抱けるわよ。その神経の図太さに驚いちゃうわよ。


「メイヤ兄さんから伝言よ。……あんたの相手をした女の子はお咎めなしになったんだって。……すべて、兄さんの指でこの話は終わらせたんだそうよ。……あんたが心配してるかもしれないから、教えてやれ、て兄さんが」


 ギールは顔を上げてあたしの方を見た。

 その目からみるみるうちに涙が盛り上がり、頬に伝い落ちた。


「メイヤ兄さん……」

「あんたの今の話はあたしから他の兄さんにするわ。それを知ってるのと知らないのとじゃ、あんたに対する怒りは違ってくるもの。それでも、何人かの兄さんはあんたにあきれ果てるだろうと思うけどね」

「……」


 ギールはうつむいた。


「……姉さんは」

「は?」

「姉さんはオレのこともう、嫌になった……?」


 ほんとに、バカね、こいつ。


「あたしはもともと最初からあんたには心底あきれてるわよ。今更、変わらないわよ」

「……」

「でも、あたしも女だからガラナ族の女の子には同情する。あんたに頼んだ女の子の気持ちも分かる気がするわ。その子も、それなりの覚悟があってあんたに頼んだろうと思うわ」


 あたしはギールの頭をはたいた。


「それに応えてやったあんたもたいしたもんだと思うわよ。怖いものしらずもいいとこよ」


 ほんとにね。女の子は嬉しかったはずよ。


「……でも、メイヤ兄さんの指はあんたのせいでなくなったのよ。……メイヤ兄さんは自ら申し出たらしいわ。これから、一生兄さんに尽くすことね、ギール」


 ギールは泣きながら頷いた。

 あたしは、ついギールの頭を撫でてやりたい気持ちになったけど、あわてて止めた。

 ほんとに、こいつ、こういうとこが嫌なのよ。

 とんでもなく綺麗でかわいくて、か弱い女の子みたいに泣くから、こっちは毒気を抜かれてなんでも許してしまいそうになるんじゃない。

 こいつの生まれ持った武器だけど、まるで悪魔のようだとたまに思うわ。


「夕食は今日は来ない方がいいわね。……あたしがあとで、持ってきてあげる。部屋にひっこんでなさい」

「ありがとう、姉さん……」

「兄さんには正式に謝罪しに行きなさい。なんなら、あたしがついていってあげるわよ」

「ううん……一人で行くよ、姉さん」


 そう。

 そうよね。それくらいは自分で行かなきゃ、とこいつも分かってるのね。


 あたしは少しギールを見直して、部屋を出た。






 ――それから……季節が変わって。


 全ては平和だったわ。


 ギールは大人しくなった。

 あたしや兄さんたちは、ギールが生まれ変わったんだと思っていた。

 ええ、実際、生まれ変わってたのよ。


 でも。


 それ以前に、ギールがやらかした罪が後になって追いかけてきたの。




 スンリ二世の、十五歳の末娘アベル王女が、急死した。

 アベル王女は、近々、ヨランダ港湾都市の豪商に嫁ぐ予定だったわ。

 彼女の死因は、出来損ないの妊娠だった。

 まれに子種が子袋以外で大きくなることがあるけど、アベル王女もそれだった。

 そうなってしまった女は、運が悪いけど死を待つのみよ。

 何が悪いというわけでもないわ。アベル王女は、運が悪かったの。


 でも、彼女は市井の女ではなく、王女だった。そして、スンリ二世の一番愛していた娘でもあった。


 このことが、ギールの不幸の始まり。


 アベル王女を死に追いやった赤子の父親は、誰かは分からない。何人かの男と王女は関係を持っていたらしいから。


 でもその男たちの中には、ギールが含まれていた。

 高貴な血筋の男たちが占めるそのなかで。

 身分もなく、一番悪名高い男は。


 ギールしかいなかった。



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