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そうびそうそう  作者: 藤野千賀
1章 柊
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 柊は、蘇芳が自分には隠れて何事かたくらんでいるだろうことはわかった。ただ、蘇芳が何を考えているのかは皆目見当もつかなかったが。


 柊は平穏を好む。それは、ただ「面倒なことが嫌い」というこの一つに尽きるのだが、それでも表面的には柊が穏やかな性格であることは確かだった。


 柊は、最近蘇芳が自分のそばにいる時間が減ったな、とは思っていた。まあ、蘇芳がどうしようと基本的な柊の世話は全てこなしてくれているので、不自由は感じなかったが。


 蘇芳は柊と一緒にいない間は、椿や菖蒲、桔梗の間をうろちょろとしているようだった。

 ようだった、というのは、これは柊は自分で気付いたのではなく、山吹に注意されて知ったからである。蘇芳から目を離さないようにしてくれないか、と。


 もちろん面倒が嫌いな柊は断ったが、そう言われてみれば蘇芳はふらふらと何かしているようだった。

 まあ、蘇芳のことだから何かよからぬことをたくらんでいるのだろうな、とは思っていた。しかし柊はそれを止めようなどと面倒なことは考えもしなかったし、蘇芳のたくらみ通りに事が進むのなら、万に一つも柊に危害が及ぶことはないだろうと確信していた。


 蘇芳の行動から、椿や菖蒲、桔梗を使ってなにかしようとしているのはわかった。そしてその結果として、彼らが不利益を被ることになるだろうことも。


 蘇芳は面白ければいいのだ。そして蘇芳は、自分と柊以外の全ての人間に対して好意の欠片すら持ってはいなかった。これは皆が知っていることだ。


 柊はちょっと考えてみた。蘇芳を止めるのは面倒だ。


 蘇芳は、柊に対して特別の配慮を示しはしても、山吹が言うような、柊の従者では決してない。蘇芳の普段の不遜な態度とは差があり、柊に大人しいのでそれが目につくだけで、柊の言うことを無条件で聞いてくれるわけではなかった。


 勿論、薔薇に手を出すな、と柊が言ったことに渋々頷いたように、柊が強く願えばそれに沿うようにしてはくれる。しかし、それは柊の方にそれだけ強い思い入れがあり、そしてそれを蘇芳も承知していたからだ。


 柊は椿のことを友人だとは思っているが、強い思い入れがあるわけではなかったし、何か危険から庇ってやろうだとかそんなことは考えたこともなかった。そして、柊がそう思っていることを蘇芳はもちろん把握していた。

 だから、椿たちのことで蘇芳を説得するのは大変なことだろうな、と柊は思った。ここで、柊は椿を助けるということに消極的になった。


 柊はもう少し考えてみる。


 いったい自分は、蘇芳と椿を天秤にかけた場合は、どちらを選ぶべきかと。


 …………。蘇芳の方が、美しい容姿をしていた。そして、椿は柊の世話を焼いてはくれないが、蘇芳はそれをしてくれる。


 ――じゃあ蘇芳だ。


 柊はごく単純に、そう結論を出した。

 そして、結論が出たことでいくぶんかすっきりとした。


 柊は清々しい思いで、椿を見捨てることを選択したのだった。ただ面倒が嫌いだ、というそれだけの理由で。自分が骨を折れば確実に椿を助けてやれると知っていながら。






 柊は、自分の傍から頻繁に蘇芳が離れてゆくので、ほんのりと暇を持て余し気味であった。


 柊が全てに関心が薄いというのは、何も己を取り巻く環境に限ったことではなかった。柊には、これといって趣味はない。

 無駄に器用なところがあるので、たいていのことはできる。趣味というカテゴリに分類されるようなものもできはするが、それだけだ。あるから、用意されるから、勧められるからやっているだけで、柊自身がなにかしようと思って始めたものはない。

 それらを持ってきて、柊の関心を引くという作業をこなしていたのは、ここでは蘇芳であったので、蘇芳がいなければ何かする気にもならなかった。


 だから柊は暇だった。


 ぼんやりするのも悪くはないのだが、あまりにも何日もぼうっとしているとそれにも飽きてくる。


 なので柊は部活の様子を見に行くことにした。たまたま思い付いたからだ。

 そういえば「ちゃんと部活に顔を出そう」と思ったこともあったかな、と思いだしながら。


 もう、ゴールデンウィークは目前に迫っていた。そろそろ部員が入らないとやばいんじゃなかったか。前に顔を出してから、二週間は過ぎている。


 こうして考えると、従兄の霧人は蘇芳と同じようにまめで、柊のことをよく理解していた。はっきり言い渡しておかないと柊は行動しないのを見越して、部活に柊が来なくてはいけない日の予定を表にしてあらかじめ渡すと同時に、その当日に必ずメールを送ってきていたのだから。

 ……ここまでされないとちゃんと活動に参加しない柊も柊だったが。


 柊は、寮から出るついでに、蘇芳に部活に出るというメールを送った。


 柊がこんな面倒なことをするには訳がある。でなければ、人からのメールに返事すらしない柊が、自分からなにごとか送る事がある筈もない。


 ……こうしてあらかじめメールしておくと、蘇芳は柊が食事にいなかった時には取り置いてくれるのだ。実は、蘇芳に出かけることを知らせてさえいれば、その場にいなくても食いっぱぐれることはなかったりする。


 また、放課後の活動のために宿題のプリントをする時間がなくなる訳なのだが、あまり期限に余裕のないものは解いて答えを書いたメモを添えて(直接書くと筆跡で柊が解いていないとばれるため)くれたりするし、その他にも効率よく解けるように宿題と参考書を整理しておいてくれるのだ。


 この間のように、玄関のところまで出迎えてくれたりすることも多々ある。


 ……こうして考えると、蘇芳がいかにすごいかがわかる。


 このように、ずぼらな柊が蘇芳に連絡をするのには充分な理由があるのだった。


 どうしてここまでするんだろうなぁ、と改めて首をひねりながらも、柊は「まあ、いいか」とまたも考えを放棄し、部活に出向くことにしたのだった。


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