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菊が話しをしようと口を開いた時である。
「いいよ、キク。僕から話す」
椿がそう言った。そして、
「キキョーの“主人”になってくれって頼まれたんだよ。それで、アヤメが不安がってる。僕だって、アヤメ一人ならいいけど、二人も抱え込めるほど自由があるわけじゃないし……それで困ってるんだ」
と告げた。
その答えに、柊はそういうことか……と納得した。
今の一年生は三人。蕾の出の桃と、暴力組の桔梗、そして落ちこぼれの杏である。
桔梗が本来主人として持つべきなのは桃だったが、その桃は今、三年で“孤高”でなくてはならない薔薇に近づいて、秩序を乱している。近いうちに何らかの制裁が下るだろうから、そんな桃では桔梗の庇護者にはなれない。
卒業後の安寧の為には、それでも我慢した方がいいのだろうが、彼らには彼らなりのプライドがあるのだ。そんな彼らのプライドからして、一度花組の中で地に落ちた奴らの従者になることは、どうあってもできたものではなかった。
そして、杏は論外である。“落ちこぼれ”は、ここでの地位は無きに等しい。彼らは、搾取される側にすらなりはしなかった。搾取されるだけの物すら持ってはいないからである。彼らはただ、蔑まれ、そして箱庭の中のストレスの捌け口になるしかない。
つまり、今の一年生には、桔梗の主人となり得る人物がいないのだった。
「別に、キキョーがどうしても主人をもたなくちゃあいけない、って訳でもないだろ。主人がいなかった奴らだっているんだし」
柊は言うが、それがどこか薄っぺらい考えであることは理解していた。
主人を持たない暴力組は、“はぐれ”として地位が下がる。微妙なパワーバランスの差が、後々にはひどい制裁という名のいじめにまで発展しかねないのが花組なのだ。桔梗が“はぐれ”になるのを避けたがるのも当然といえばそうだった。
薔薇のような地位を獲得していれば、そんな心配はいらない。“はぐれ”が“孤高”と読み替えられるようになってしまえば、それはもう一種のステータスだ。しかし、そうなるのは難しい、というかほとんど無理だ。
“孤高”でいるには本人の努力とは無縁の、なにかそういう“雰囲気”が必要なのだ。薔薇のそれは、気だるげな美貌だったり、強い腕っ節だったり、どこか残酷で、鈍いところだったりした。
椿は溜め息を繰り返した。それを見かねてか、菊が言う。
「はあ。なんでツバキなんだろ。ヒーラギかスオーでもよくない?キキョーのご主人になるの。……どうかな」
それに返事を返したのは、また別の声だった。
「だめじゃないか?」
四人が振り向くと、教室の入り口に山吹が立っていた。彼はまず、自分の主人であるところの菊に挨拶をする。
「おはよう、キク。それにみんなも」
山吹に挨拶を返した柊たちは、彼が席に着くのを見守った。山吹は長身でがっしりとした体つきの、いかにも暴力組らしい風貌の持ち主だが、その風貌とは反面に、知的で几帳面な男であった。
「それで、どうしてだめだって思うんだよ。ヤマブキは、ツバキの負担が増えてもいいと思ってるわけ?」
山吹に、菊がすこし苛立たしげに尋ねた。菊は基本的には気弱だが、自分の従者であるところの山吹には、他と比較してかなりきつい態度を取っていた。それは、一見して明らかなほどのものだ。
問われた山吹は、柊と蘇芳を交互に見やった。
「だってヒーラギには、スオーがいるからな。スオーって、まるでヒーラギの従者みたいじゃないか?」
そう言うと、四人の同意を得るかのように、首を傾げた。そして、更に続ける。
「スオーみたいな犬がいるんだったら、もう俺たちの出る幕なんかないだろ。腐っても蕾、財力はあるだろうし、まあ頭もいいし、喧嘩も強い。おまけに見た目も悪くない。だから、スオーがいる限りヒーラギに従者なんかつかないさ」
その言葉に、菊と椿はそろって柊と蘇芳を見た。
ああ納得した、とその目は語っていて、柊は少し居心地が悪くなった。
蘇芳が何か言うかと思ってその様子を伺ってみるものの、案に反して蘇芳は、気に入らなそうな顔で唸るだけで何も言わなかった。
しかしその蘇芳の反応が、肯定に近いものであると、柊を除いてはみな気付いていた。
どういうわけか、蘇芳は柊に対してだけは遠慮して、気を遣う。
それが柊に原因があるのか、それとも蘇芳の方でそうした理由があるのかはわからない。それを詮索することは、ここでは何の意味も持たないから。
ただそのせいで、彼らが花組でも特異な立場にいることは確かなのだ。それは既に彼らの“立ち位置”といえるほどに定着してしまっているので、ここでの秩序には抵触しないが……それはとても、不自然なことだった。