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そうびそうそう  作者: 藤野千賀
1章 柊
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4



「ヒーラギはさァ、ソービのこと気にしてんのォ?」


 部屋に帰った開口一番、蘇芳はそう言った。


この部屋は、柊と蘇芳が共同で使用している。もともとは個室が割り振られたのだが、申請を出して換えてもらった。こんな風に、二人で生活している生徒は、「花組」内に半数以上いた。


 自分のベッドに寝転んで、天井をぼんやり眺めながら、柊は口を開いた。

「モモには、わかんなかったのかな。ソービに近づいちゃいけないんだって」

 蘇芳の疑問には答えずに、質問に質問で返してみる。


 柊にとって、一番の疑問はそれなのだ。桃は、蕾組の出のはずなのに。


 蕾組、というのは、学院の中等部に存在する、花組の前段階のクラスである。

 花組内部には、三つのグループ分けが存在していた。


 まず蕾組出のもの。蕾組出が、花組内部では最も由緒正しいものとされていた。振り分けられる役割も割がいいし、よっぽどのことがなければいじめなんかには逢わない。

 薔薇がそうだし、柊と蘇芳もこの蕾組の出だった。そして、中途からだが、桃も。


 学院の生徒というのは、総じて毛並みがいい。いわば血統書つき、だ。そんな上流社会において、一族からのはみだし者というのは、必ず存在する。

 そんな人間を飼殺しにするのが、花組の本来の目的、役目である。古くはこの種類の生徒ばかりだった。その名残で、今も組内部で一番上の格付けがなされていた。

 親や親戚によって、はじめからその目的で学院側に、特に花組を指定して入学させられたものが蕾組出だ。


 彼らは中等部の敷地内の、“ヤカタ”と称される所に住んでいる。そこでの生活は、花組でのそれとほぼ変わらない。

 薔薇や柊、蘇芳といった呼び名は、この蕾組時代から使用してきたものだ。


 この呼び名は、本来は部屋の名だ。ヤカタには、薔薇の間、蘇芳の間、といった部屋があるのだ。

 その部屋に住んでいる者を、部屋の名で呼んだのが始まり、らしい。今では部屋の名は個人に帰してしまって、部屋が変わっても呼び名は変化しない。それどころか、部屋に付けられる名の方が人に応じて変えられるようになった。


 こんな風に、特殊な生活の花組と蕾組だが、実は今現在の花組には、蕾組から持ち上がった生徒以外にも二種類の生徒がいる。


 では花組に、他にどんな生徒がいるのかというと。


 一つは問題児組である。学院内外で暴力事件を起こした生徒がこれにあたる。

 学院は評判のために、また親も自分たちの体面のために、こうした事件をよくもみ消していた。退学には出来ない、こうした生徒のための受け皿、檻が花組でもあるのだ。


 最期が、落ちこぼれ組。本当に成績がどうしようもない者がこれだ。

 当然この落ちこぼれ組が、内部での地位が低い。問題児組には暴力が、蕾組には伝統がある。だが、彼らは何も持っていない。

 中等部では、彼らは普通に生活している。学院側も、中等部にいる間は、なんとか更生させようと励んでいる。そして、それでもどうしようもない奴らが、ここに来るのだ。


 彼らは中途からの参加者であるので、なにかと蕾組出に遠慮深い。それでも。


 駄目なのだ。このままでは。


 このままでは、薔薇も桃もここで生活していけなくなるかもしれない。箱庭の秩序を乱す者には、制裁が待っている。


「やっぱりソービのこと気にしてンだ」

 蘇芳が言った。


「だって……、綺麗だから」

 柊は答える。彼は、綺麗なものが好きだった。人でも、物でも、なんでも。


 元来無頓着だが、気に入った事物への執着は半端ではない。そしてその、蕾組時代からの一番の気に入りが薔薇なのである。もはや崇拝に近い気持ちを、薔薇に抱いていた。


 実際薔薇は際立って綺麗だ。長い睫毛も、白い肌も、細い指先も。まっすぐ伸びた背筋も、少し長めの黒い髪も。本当かどうかは定かではないが、有名な女優の私生児だという噂が流れたこともあった。

 そして、それに加えて表情がない。いつも能面のような静謐さをたたえていた。無機質なその美しさは、人形のようでもある。


 だが、薔薇はそれだけではないのだ。さらに、とんがってもいた。薔薇につっかかっていったヤツがいる。次の瞬間、そいつの腕からはナイフが生えていた。

 腕っ節が強い訳ではない。だが、薔薇には人を痛めつけることを躊躇しないところがある。そいつを刺して、そのまま何も言わずに部屋に帰ってしまったのだという。それから薔薇に文句をつける者はいなくなった。


 こんな事は、他所では嫌煙されるしかないであろう。だが、花組では暴力はむしろ礼賛される。その中において、薔薇はまさに中心にふさわしかった。


 柊もその事件のあった現場を見た。組に入りたての頃、先輩に教えられたのだ。落としきれなかった血の跡が微かに残っているのを、指さして教わった。

 紅い血の跡は生々しくて、でもそれに惹きつけられるものを感じた。それから、あいつがそうだ、と薔薇を教えられて、その綺麗さに目を奪われた。

 その時から、薔薇は柊にとって、なにか神聖なものの一つだ。


 そしてそれは、他の多くの生徒にもあてはまる事象でもある。一部、蘇芳のようなひねくれものを除いて。

 蘇芳が薔薇をよく思っていないのは知っていた。それを彼は柊に悟らせないようにしているようだったが。


 だから今回蘇芳が柊に対して薔薇の話題を振ったことに、少なからず意外性を感じる。

 薔薇の話題を口にしないことは、二人の間になんとなく存在している決まりごとでもあったからだ。


「ソービとかモモがどうなろうと知ったこっちゃねぇケド。あんまあいつらに関わんな、特に今。かばったりなんか、間違ってもやることない。オレの言うこと、わかったかァ、ヒーラギ?」

「スオーに指図されることじゃないだろ。僕はやりたいようにやる」


 蘇芳の忠告を突っぱねる。柊に対しては割に過保護な蘇芳が、心配しているのはわかった。だが、それよりも彼らのことが気がかりだった。


「へェ。だけどサ、じゃあどうするワケ?そもそもヒーラギはソービと仲良くなんかないだろォ」

 それとあともうひとつ、と蘇芳が言う。


「ヒーラギがソービにお熱なのはよーくわかったけどさァ、じゃあモモはどうなんだヨ。気にいらない、とか思う?」

「わかんない。でもモモ単体は嫌いじゃないよ。可愛いだろ、あいつ」

「そォかねェ?オレとしては、生意気そうでヤだ」

 桃を嫌いじゃない、と柊が明言したことに対し、蘇芳は見るからに嫌な顔をしてみせた。


 でも実際桃は可愛いらしい容姿をしていると思う。背は小さめ、くるくると跳ねた濃い栗色の髪が艶やかで、紅色の頬はふっくらとしている。


「可愛いよ、あいつ。見た目は本当に」

「じゃあ、オレは?」

 桃の擁護をした柊の顔を横から覗き込む。蘇芳の瞳はいつになく真剣だ。


「蘇芳も可愛いよ、見た目は本当に」

「中身は?」

「たぶん、可愛くない。でも、どうでもいいよ、そんなの。興味ないし」


 蘇芳が真剣なのはわかったが、何に真剣なのかは不明瞭だし、気にもならなかったので適当に答える。適当といっても、柊はごまかすのが面倒臭いのでいつも正直だ。


「それで、オレのこと好きか?」

「うん。可愛いから好きだよ」


「じゃあ、例えばオレが、どうにかして……ヘマかなんかして、顔に傷が出来たりしたとするだろォ?そしたらオレのこと、嫌になるか、おまえは?」

「綺麗な傷ならいいよ。そういうのもアリだと思う。でも、そうじゃなくって、醜くなったら……」

「そうしたら?」

「もうどうでもいい。綺麗じゃなかったら、興味なんかわかないだろ。そんなの、視界に入れたくないし」


 非道い言い草だった。だが、蘇芳はそのことに文句を付けたりはしなかった。でなければ、柊には付き合いきれない。


「じゃあ、オレ今からソービの顔、めった刺しにしてこようかな。どう思う?モモのでもいいぜ」

「なんで?スオーは綺麗なの、嫌い?」

 そう尋ねられて、蘇芳は言葉を詰まらせた。


「そうきたか。オレ、たまにおまえがわかんなくなるヨ。止めないのか?」

「ソービはだめだよ。でも、モモなら別に。モモよりも、スオーのが可愛いと思うから。好きにしたらいいんじゃない?」

「じゃァ、ソービにするかナ。可愛いのはオレだけでいいんだヨ。わかるだろ?」

「わかんない。スオーってそんなキャラだっけ?まあ、どうでもいいけど。でもソービはだめ」

 どうしてもだめだよ、と柊は繰り返す。蘇芳は自分の言葉に逆らわないという確信があった。これまでもそうだったから。


 蘇芳は何故か柊に特別の関心を払っている。もともと、一緒にいるようになったのも、蘇芳の方が柊に近づいて来たからなのだ。


「……、仕方ねェな。特別に止めてやるヨ」

「うん」

 だけど、と蘇芳は言う。


「オレが止めんのは、顔をめった刺しにするってことだけだかんな。放っとくと何するかわかんないぜェ」

 そうやって、柊の肩をつかんで挑戦的に言い放った。


「でも、スオーはたいてい僕といるじゃないか。問題ないと思う」

「オレがおまえを放っておいて、裏でなにかするかもしれないって事。それは止めないのか?」

「面倒」

 柊は真顔でそうのたまった。そして、もうそろそろ眠くなってきたので寝ようとする。

「僕もう寝ようかな。電気消してよ」


「オイふざけんな。まだ風呂にも入ってないし、それに……他にもやることあるだろ!宿題したか?明日の準備は?」

「スオーがやれば?風呂は明日の朝入るから。沸かしといてよね。じゃ、おやすみ」


 そして柊は本当に寝てしまった。残された蘇芳は、いつものことながら虚しくなって、長々と溜め息をついた。我儘な王子様に呆れながら。




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