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そうびそうそう  作者: 藤野千賀
1章 柊
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 部活に来た時は、桜館の正門を使ったが、今度は通用門から入る。

 夕食の時間なので、そのための業者が忙しなく、門の付近で立ち働いていた。


 門を通って歩いていく。桜館の建物自体の入り口は、正面と食堂に業者が出入りするための勝手口しかない。勝手口から出入りすることに利点はないので、通用門を使用するときも正面入り口を使う。


 見ると、桜館正面の壁、ちょうど柊が桜を見上げた場所付近に、蘇芳がたたずんでいた。


 黙っていれば本当に様になるよな、と思う。柊を待っていたのだろう。近づくと、腕を掴まれた。

「遅かったな。オレを待たせやがって。わざわざ迎えに来てやったの、感謝しろよなァ」

「うん」

 柊の答えはそっけないが、いつものことなので蘇芳も気にしない。むしろ返事があるだけ良い方なのだ。


 蘇芳は柊の手を引っ張って、桜館の中に入ってゆく。

 こうして手を引かれて歩くと、まるで自分が子どもになったみたいだ。

 柊は蘇芳よりも背が低いので、余計そう感じる。


「もっと早く帰って来いよなァ。オレもう、腹減って仕方ねえよ。それに」

 そこで柊の手を放す。もう食堂の扉の前だ。


「今日はソービがいるぜェ」

 両手で重い食堂の両開き扉をわざと派手派手しく開け放ちながら、蘇芳はそうのたまった。





 蘇芳がわざと扉を大きく開け放ったせいで、食堂に大きな音が響く。


 食堂内の生徒たちの視線は、一斉に蘇芳と柊に向けられた。だが、蘇芳は気にした様子もない。生徒たちの視線を睨んで返して、わざと口笛まで吹いてみせた。


 そんな蘇芳の様子に、多くの生徒が苦い顔をしながらも、目を逸らす。蘇芳に勝てる自信がないのだ。腕っ節でも、口でも。


 柊はというと、薔薇がいる、その言葉に、反射的に食堂の奥に目をやっていた。薔薇は自炊をしている、花組でも数少ない生徒のうちの一人だが、たまに食堂に現れることもある。その際、いつも座る席は決まっていた。


 果たして薔薇はいた。いつものように悠然としていて、こちらを見向きもしない。

 だが、“いつも”とは異なり、薔薇の隣には人影があった。新入生の桃、蘇芳が気に入らないと言った、あの新入生である。


 似合わない、と思う。それは自分の僻みかもしれなかったが。

 薔薇は一人でいるのがいい。孤高の存在、花組の王様。それが彼なのだ。


 柊は、自分が薔薇に対して抱いてるイメージというのが、勝手に作り出された虚像でしかないと理解してはいた。


 だけど、薔薇はそうでなくてはいけないのだ。花組で生活していくためには、己に投影されている像に合せて生きる。それが一番波風が立たないで平和に過せる、ほとんど唯一の方法なのだから。


 こんな風に閉鎖された空間において、みなが“物語”を求めている。そしてその物語を演じてゆく舞台でもあるのだ、花組は。

 キャストに文句は付けられない。そんなことをしたら、たとえ主役であろうと関係なく舞台から放り出されてしまう。


 たまに花組の、そういうところに適応できない生徒も存在する。

 暗黙の諒解として果たすべき役割が存在することに気づけない、もしくはその役柄に納得できない生徒が。そんな奴らは、もう舞台には要らないし、いられない。


 そうしたらもう彼らは、いじめの標的になるしかないのだ。


 花組のいじめは、陰湿でまた、暴力的なもののようだった。柊はいじめに参加したことも、その現場を見たこともないのでわからない。柊は、そんな風にいじめに参加するようなキャラではないので。


 最終的にはどいつも、いつのまにか花組からいなくなっているのだ。どうなったかは、誰にもわからない。

 そんな生徒は、柊の知る限りでは今までに三人ほどいた。


 今現在薔薇は、花組の“孤高の王様”であり、主役のような立ち位置にいる。だが、役割を果たさないと、その末路がどうなるか。


「ソービはわかってるのかな。あんな風にモモをかまうと、両方の立場が悪くなるって」

 小声で隣の蘇芳に問いかける。

 薔薇に求められているのは、“孤高”。そんなこと、薔薇が一番よくわかってるはずだったのに。


「さあ。わかってないとも思えねえケド。でもよ、ヒーラギ」

 一度言葉を切った蘇芳は、柊にむけて笑ってみせた。嘲笑的で、嫌な笑みだった。だが、不思議と蘇芳に似合う。

「面白いことになりそうじゃねえか」

 蘇芳の視線は、食堂にいる生徒たち全体を鋭く薙いだ。


 蘇芳とは逆に、柊の視線は斜め下を向いている。薔薇と桃を、視界に入れたくなかった。


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