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「なんか、気にいらないよな。新入りのアイツ。むかつく」
四月早々。生徒たちがまだ新しい環境に慣れ切ってはいないころ。
僕の座っている席の、机の上に腰かけて、彼はそう嘯いた。彼の声はよく通る。しかも、声を落そうともしないから、そのセリフは教室じゅうに響いて、幾人もの新入生をびくつかせた。
ため息をついて、それに返す。
「聞こえてるぞ。そこの新入生がびびってる」
「聞こえるように言ってんのさ。ま、一番聞かせたいヤツは、ここにはいらっしゃらないみたいだけど?」
さっきよりも大きな声で、また言う。今度の言葉で、彼が誰を指して言っているのかわかったのだろう、視界の中の新入生たちは目に見えて安堵した表情を浮かべた。
「新入生が生意気だ、というのは永遠の摂理だよ、スオー。僕らだって、去年はそう思われてたんだろ、先輩たちに」
「僕ら、って言い方、気に入らねえんだけど。オレはヒーラギとは違って、目をつけられたりなんかしてませんでしたァ」
しゃあしゃあとしたその言い草は、いつもながら他人を苛立たせる。本人にその言葉ほど悪気があるわけではないと知ったのはいつからだったか。
自分こと柊はあまり周囲に興味がないので、覚えていない。蘇芳がどうだろうと、そもそも興味がないので、他の同級生とは違い、彼に特別苛立ったりはしなかった。
いつのまにか、互いが隣にいるのが当たり前になった。蘇芳は、その態度と、妙に強い腕っ節のせいで微妙な立ち位置にあったし、柊は柊で、ある事情からまた特別な位置にいたから、つるみやすかったというのもある。
とにかくそのせいで、柊は蘇芳の世話役といったふうに、周囲に見られていた。だが実際はその逆で、世話をされているのは柊の方だ。
なにかとものぐさな柊は、とにかくすべてに対してぞんざいなのだ。蘇芳は柊と共に過ごすようになってすぐに、柊のその状態に我慢できなくなった。結果、蘇芳が柊の世話を焼くという関係に落ち着いた。
柊には最初、なにかと世話を焼いてくる蘇芳がうっとうしくて仕方がなかった。だが、慣れてしまえばこれが楽なこと楽なこと。もう蘇芳がいなくなったら生活していけないかもしれない、といったレベルにまで堕落しきっている。
普通ならば、ここでそれではいけない、と奮起するものだが、あいにく柊の性格は普通とは違っており、またそれが許されるような環境でもあったので、気にしてはいなかった。
「なあ、あいつ、やっちゃおうぜ?」
柊の方を向いて、蘇芳が可愛らしく小首をかしげてみせた。きらきらした、色素の薄い茶の髪に、薄い色の眼をした蘇芳は、そんな風にしていればまるで人形のように綺麗な少年だ。言っていることはその外見に反しているが。
「止めろよ。モモは、蕾の出だろ。後輩を可愛がってやろうって気はないのか?」
たしなめた柊に対して、蘇芳は鼻で笑って返した。
「知らないな。オレらの頃はいなかったろ、アレ。転入だかなんだか。だから後輩なんかじゃない」
それに、と蘇芳は柊を見つめる。柊の態度に苛立ったらしかった。
「ソービが。気にならないのかよ。おまえ、」
そこまで蘇芳が口にしたところで、柊は反射的にその口を手でふさいでいた。薔薇、その名は今は聞きたくなかった。
蘇芳の口をふさいだところで、柊ははっと我に返る。自分が取り乱したこと、そしてその動揺がまだ続いていることに、我ながら嫌気がさす。
柊はガタン、と音をたてて席を立った。
そのまますたすたと教室の戸まで歩いてゆき、そこで蘇芳を振りかえる。
「僕は部活に出てくる。また後で」
蘇芳は呆れた顔をしていたが、ヒラヒラと手を振って、
「おぅ。食堂でな。ちゃんと来いよ」
と言った。
柊はそのまま教室を出ていった。返事をするのが面倒だったので、蘇芳の言葉には答えずに。