33.好きだから
「きょーこ。いい加減泣き止みなよ。」
苦笑いを浮かべながら、紫央は自分にしがみついて泣き続ける京子の頭を撫でていた。
七瀬達のクラスから京子を連れ出し、そのまま教室に帰るわけにも行かず、人気の少ない図書室の一角へと京子を連れて行った。
そこは紫央のお気に入りで、奥まっている場所にある上に、学生が興味を持つ様な本のコーナーでないこともあって、滅多に人が入ってこないのだ。
ここなら多少泣き声がしてもあまり気にされないだろう。
未だ泣き続ける京子に、紫央は小さな声で、「ありがとう」、と告げる。京子のすすり泣きにかき消される様な小さな声だったが、さすがに聞こえたらしい。京子がぱっと顔を上げた。
驚きに見開かれたその表情に、紫央は嘘偽りない笑顔を浮かべる。
「ありがとう。私の為に、怒ってくれたんでしょう?」
「でも、私・・・。」
結局、何も出来てない。首を横に振って、涙を流す京子にそんな事ないよ、と紫央は笑う。
京子は頭のいい女だ。だからこそ、今自分が動いた所で、なんの解決にもならないどころか、自体を悪化させるであろうと、今まで黙って見守っていてくれていたのだ。そんな彼女が、自分の為に、怒ってくれた。それだけで、紫央は嬉しかった。だから・・・。
「ありがとう、京子。」
安心させる為に、笑ったつもりだった。けれど、瞳から溢れたのは、一粒の涙。
「あ、れ?」
ぽたぽた、と。紫央の瞳から涙がこぼれ落ちる。まるで壊れてしまった水道の蛇口の様に、どんなに拭っても、涙が止まらない。
「変、なの。涙が、止まらないや。」
「当たり前じゃない。」
「え?」
瞳一杯に涙を溜めて、京子はもう一度、はっきりと、「当たり前じゃない」、と言った。
「紫央は七瀬が好きなんだから、あんな場面見たら、悲しくなって当たり前なのよ!円華ちゃんばかりを気にする七瀬を見て、悲しいって、離れて寂しいって、会いたいって泣くのは、当たり前なの!・・・・・・だって、好きなんだから!」
力一杯、叫ぶ様に言う京子の言葉に、紫央は、そっか、と呟く。そっか、当たり前か。なら、今だけは、沢山、七瀬を思って泣いてもいいだろうか。会いたいと、大好きだと、泣いてもいいだろうか。
告げられない想いが、恋が、こんなに苦しいなんて思わなかった。こうなってみて初めて、七瀬の気持ちがわかった気がした。
行き場のない恋心を抱き続ける七瀬は、どれほど苦しかったのだろう。それでも彼は、今でも好きだと、あの夕暮れの図書室ではっきりと言った。後悔のない瞳で。
「ねえ、京子。」
未だ流れ続ける涙はそのままに、紫央は京子の名前を呼んだ。
「私、後悔してないよ。高槻を好きになった事。絶対、後悔したりしない。」
例えこの想いがただ朽ち果てるだけのものだとしても。七瀬を好きになった事を後悔なんてしない。だってこれは、紫央の初めての恋だから。
そう言って微笑む紫央は切ないくらい綺麗で、悲しくて、京子は涙を拭うと、ぎゅっと唇を噛みしめて、立ち上がった。
「紫央、ここにいて。」
「え?」
「いい!?絶対、ここで待っていてね?」
京子の気迫に気圧され、紫央はこくり、と頷いた。京子は紫央は頷くのを確認すると、図書室から出た。そして、連絡をするべく携帯を取り出すと、新着メールが届いている事を知らせるランプが点っていた。
差出人は、「草津円華」。
『七瀬が、紫央を捜しに行くよ。お願い、紫央を学校に残していて。』
内容に目を見開いた時、前方から、足音が聞こえてきた。
慌ただしい足音と共に現れた彼は、真冬の中、額に汗を浮かべながら、京子の目の前まで来ると歩みを止めた。
「柏木さんは、何処?」




