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32.さよなら初恋

 物心ついた時から側にいてくれた幼なじみ。同級生の七瀬がいて、瀬衣と芽依という兄と姉の様な人がいた。彼らは泣き虫で弱虫な円華を守ってくれる騎士で、砦だった。4人でいれば幸せで、4人の関係はずっと変わらないと思っていた。

 始まりは、なんだったのだろう。芽依が瀬衣に恋をした事?七瀬が芽依を女の人として見た事?円華が、七瀬だけを特別に思ってしまった事?どれが最初かはわからない。けれど、4人の関係を変えたのはその全てだ。

 瀬衣と芽依が付き合いだしても、七瀬の一番は芽依だった。優しい七瀬は、泣き虫で弱虫な円華の側にいつもいてくれた。けれどそれは、幼なじみとして、だ。そこに、芽依に向ける様な恋情はない。

 それでも、他のどの女の子よりも円華は特別だった。けれど、円華は周りの女の子達の方がずっと羨ましかった。だってわかっていたから、七瀬が、自分を幼なじみ以上に思ってはくれない事。何の枷もないその他の女の子達の方が、ずっと七瀬の特別に近い事を。

 そんな時、円華は紫央と出会った。クラス委員長で、いつもにこやかな彼女は、いつも少し寂しそうで、居心地が悪そうだった。最初は近づいても、上手く交わされていたけれど、面倒見の良い紫央は、何だかんだと円華の世話を焼いてくれた。そして知った、完璧じゃない柏木紫央の存在。本当は面倒くさがりで、ちょっと人見知りで、とっても優しい紫央。自分だけが知っている特権。それがとても嬉しかった。紫央は、円華にしか素を見せなくて、円華をとても大切にしてくれた。円華の中で、紫央はどんどん特別になった。特別な友だち。

 けれど、紫央と七瀬は出会い、紫央は七瀬を、七瀬は紫央を変えていった。変わってしまった2人が嫌いになったんじゃない。けれど、怖くなった。2人が互いを特別に思ったら、今度こそ自分は1人ぼっちになってしまうのではないか、と。特別な人を、失いたくなかった。

 「・・・・・・あんな顔を、させたかった訳じゃない。」

苦しげに溢れ出す七瀬の言葉に、円華は心の中で、私もだよ、と呟いた。

「ねえ、七瀬。」

「・・・・・・。」

「デートしよっか。」

「は?」

「デートだよ。ほら、行くよ!」

ぽかん、としている七瀬の腕を取り、円華は半ば強引に七瀬を連れ出した。そして学校を出て、駅に向かって歩き出す。

「おい、円華。俺、今そんな気分じゃないんだけど。」

「よし、七瀬!アイス食べよう!3段重ねね!」

「お前、人の話聞けよ・・・。」

呆れながらも、七瀬が円華の腕をふりほどく気配はない。本当に、優しすぎて困る。円華の顔に苦笑いが浮かぶ。

 「私、ストロベリーと、抹茶と、チョコ!」

「俺、そのキラキラしてるのが入った奴。」

それぞれに注文を終え、円華は3段アイスを堪能する。だが、あっという間に溶け出したアイスに、円華はたらさない様に必死だ。そんな彼女の姿に、七瀬はクッ、と喉の奥で笑う。

「む~。・・・七瀬のアイス美味しそう。」

「言うと思った。お前、実はチョコ飽きただろ。交換してやるよ。」

そう言って、七瀬は自分のアイスと円華のアイスを交換する。当然の様にそうしてくれる七瀬に、円華は瞳を瞬く。そして破顔する。

「ありがとう。あ、でも、その下のストロベリーはあげないから!」

「はいはい、お姫様。」

仰せのままに、と大げさに言う七瀬にくすくす、と笑みを零しながら円華は彼から受け取ったアイスを食べる。

幸せだ。心からそう思った。けれど、本当に自分が幸せを感じるには、ワンピース足りないのだ。

 「次は何処に行くんだ、お姫様。」

「学校に、戻ろうか。」

そう言って円華はまた、七瀬の腕を取る。

 言われるがまま戻ってきた学校はもう下校時間も過ぎ、残っているのは部活動をしている者達だけだ。そんな人気の少ない校舎内に足を踏み入れ、円華が入ったのは、自分たちの教室。当たり前だが、クラスの人の姿はなかった。

 七瀬の先を歩き、教室に入った円華は振り返ると、瞳を細めて微笑んだ。

「円華?」

「七瀬、私ね・・・。七瀬が、好きだよ。」

円華の言葉に、七瀬は瞳を見開く。

 円華の気持ちを知っていた。けれど、それを言葉で言われたのは初めてだった。互いにわかっていて、敢えて言葉にする事を避けてきた。

「七瀬が好き。大好き。七瀬が芽依さんを好きな事は知ってた。それでも、七瀬が私の側にいてくれれば、それでよかったの。でも、今の私は、それじゃだめなんだ。」

その先を紡ごうとして、涙が溢れそうになった。まだだ。まだ、泣いてはだめだ。

ぎゅっと円華がスカートの裾を握り閉める。

「紫央がいてくれなきゃ、3人じゃなきゃ・・・、嫌なの。」

何て我が儘なんだろう、と自分でも思う。特別な人達に置いていかれたくなくて、自分がした事は、その特別な友だちを傷つける事だった。けれど、そんな事をしても、ただ、悲しいだけだった。何も、手に入らなかった。だからもう、終わりにしよう。

「だから、七瀬。私をちゃんと振って?」

円華の瞳から一滴、涙が溢れ、頬を伝う。

「私の恋を、ちゃんと終わらせて?」

「・・・・・・円華。」

 円華の想いを知っていて、突き放さなかったのは、この距離に甘えていたからだ。芽依を好きな事を知っていてくれる円華は、それでも側にいてくれていた。彼女の優しさに甘えていたのは、自分の方だ。

 だから、ちゃんと終わりにしよう。

「俺、柏木さんの傍にいたい。」

「うん。」

「これが好きって気持ちなのかはまだわかんないけど、大事にしたいんだ。」

「うん。」

「だから、円華の気持ちは受け取れない。」

「うん。」

「ごめん。」

「・・・うん。」

ぼろぼろ、と円華の頬を溢れ出る涙が濡らす。その頬を七瀬の両手が包み込む。こつり、と額に額がぶつかる。

「それでも、やっぱり円華は特別なんだ。」

「・・・・・・七瀬は、いつも、私に甘いね。」

涙でぐしゃぐしゃになった顔のまま、円華は笑った。そして、目の前の人の頬を両手で包む。

「七瀬は、紫央を好きかはわからないって言ったけど、きっと好きだよ、紫央の事。」

「何で?」

「紫央に会えば、きっとわかるよ。・・・・・・ねえ、だから。紫央に会いに行ってあげて。本当は紫央、七瀬に会いたくてたまらないと思う。」

「そうかな?」

「それも、会えばわかるよ。」

そう言って微笑んだ円華が、七瀬の肩に手を置き、押した。

「紫央はまだ、学校にいるよ。早く、見つけてあげて。」

円華から離れた七瀬は、こくり、と頷き、背を向けて走り出す。もう、彼が振り返ることはなかった。

 止まったはずの涙が、また溢れ出して、幾筋にもなって頬を伝う。

「うぅ・・・。ひっく・・・。ふぇ、うっ・・・。」

さようなら、私の初恋・・・。


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