31.京子の思い
「ちょっと顔貸してくれるかしら?」
にっこり、目の前で優雅な笑みを浮かべる京子に、七瀬は冷や汗を流す。笑っているけど、目が笑っていない。かなりご立腹なご様子だ。用件は、間違いなく紫央の事だろう。
紫央に突き放されて、避けられる様になってどれくらい経ったか、正確な日数はわからない。けれど、こんなに長く紫央と会わなかった事なんて、ここ最近はなかった。毎日の様に一緒にいたのだ。胸にはぽっかり、と穴が空いた様だった。
けれど、紫央が避ける理由を、七瀬はなんとなく察しはついていた。だから動けない。動けば、きっと紫央は傷つく。
「俺、用事があるんだけど。」
「どんな用事?私の話したい事わかっているんでしょう?それよりも重要な用事なの?」
あくまで淡々と、京子は話す。口元に笑みを浮かべながらも、瞳は真剣だ。今まで傍観を貫いていた京子がここに来て声を掛けてきた事にふと疑問が過ぎる。
「・・・・・・柏木さんに、何かあった?」
七瀬の言葉に、京子が眉間に皺を寄せる。瞳に過ぎったのは悲しい色。
何があったのか詰め寄ろうとした。その瞬間、七瀬を現実に引き戻したのは、袖を引く、幼なじみの存在。
「七瀬?」
振り返った七瀬の余裕のない表情に、円華が戸惑う様に名前を呼ぶ。その声に、京子にぶつけようとした疑問を胸の内に押し込めた。
その様子に、京子の中の何かが切れた。
「あなた達、紫央を何だと思っているの!?」
教室の入り口にもかかわらず、大声を上げる京子に、七瀬も円華もびくり、と肩を揺らす。2人を睨み付ける京子は、今にも泣き出しそうだった。
「紫央なら、何でも譲ってくれる?言わなくてもわかってくれる?言った言葉全部が本心?ねえ!本当に!?本当に、そう思う!?何で、私よりも紫央と付き合い長いのに!紫央にこんなに大事にされているのに!あなた達は紫央を大切にしようとしないの!?なんで・・・。」
「京子。」
自分でも制御出来ない感情に突き動かされるまま、泣く様に叫ぶ京子の言葉を、激情を止めたのは、凛とした声だった。
「柏木、さん・・・。」
「京子、心配かけてごめんね。ありがとう。」
私、大丈夫だよ。そう言ってにこり、と笑う紫央の表情はまるで作り物みたいだった。作り物の笑顔を浮かべる紫央に、京子の瞳から後から、後から涙が溢れ、頬を伝う。自分の為に泣いている彼女の手を取り、宥めながら、紫央は呆然としている七瀬と円華の方に顔を向けた。
「ごめんね、驚かせて。・・・気にしなくていいから。」
紫央は微笑みながら、2人に手を振り、京子を連れて去って行った。
七瀬の胸を深い後悔が押し寄せる。紫央に嘘を吐かせた。自分の為に、紫央に嘘を吐かせた。あんな仮面の様な笑顔を被らせた。
「・・・・・・あんな顔を、させたかった訳じゃないんだ。」
項垂れる七瀬の姿に、円華は彼の袖口から手を離した。俯き、瞳を閉じる。
これがきっと限界だと、壊れかけた自分たちを見て円華は悟った。




