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25.宿題とアイスと兄

かなり久しぶりの投稿となりました。

 空の青の濃さと雲の白さが際立つ8月。夏休みも半ばを過ぎようとしていた。その頃に多くの学生の頭を悩ませるのが大量に出された宿題。

 「何で夏休みにこんなに宿題出すんだよ~。」

ここにも宿題に悩まされる学生がひとり。

「学生の本分は勉強なんだから当たり前。」

夏休み前に出された宿題を机に広げて頭を抱える七瀬に紫央が冷ややかな一言を告げる。尤もな意見に七瀬はがっくりと肩を落とした。

 今日は七瀬の家に集まり、それぞれの宿題を終わらせるのが目的だ。とはいえ、七瀬、円華、京子の集まる空間で宿題が進むはずもなく。

「宿題なんてしないでプール行きたい。」

「私、花火大会!」

「出店で焼きそば食いたい。」

先ほどからこんな感じで宿題よりも会話が弾んでいる。そんな3人に既に宿題を終え、監督役になっている紫央は呆れたようにため息をつく。

「そんなに遊びたいなら宿題を終わらせなさいよ。」

「それが終わんないんだよな~、不思議なことに。」

「口ばっかりで手が進んでないからだよ!」

読んでいた文庫本で心底不思議そうに首を捻る七瀬の頭をはたく。本を暴力に使うなよ、と文句を言う七瀬に使わせるな、と苛立ち混じりに返せば彼は唇を尖らせながら叩かれた頭を撫でる。

「七瀬って紫央に怒られてばっかだよね。」

「逆を言えば、紫央は七瀬を怒ってばっかり。」

「京子のことも怒ってあげようか?」

にっこり、と効果音がつきそうな笑顔を向けてくる紫央に、遠慮します、と京子は全力で首を振って断った。

 素の紫央に触れる機会が増えたことで、京子は日々、委員長スマイルの恐ろしさを知っていった。

 「にしても、いいよな~、2人は。もうすぐ宿題終わりそうで。」

そう言ってため息を零す七瀬の宿題は数学のワーク10ページ分に政経のレポート、英語の課題プリントなどなど。まだ大量に残っている。一方の円華と京子はそれぞれ一教科分という所まで終わらせていた。

「自業自得。口を開く暇があるなら手を動かす。」

「はい、すみません。」

しゅん、と項垂れながら宿題に取り組み始めた七瀬に小さくため息を吐く。ちらり、と見上げた時計はもうすぐもうすぐ3時になることを示していた。昼ごろから初めてこの時間だ。そろそろ休憩にするべきだろう。

 紫央は読んでいた本を閉じると、鞄から財布を取り出す。

「アイス買ってきてあげる。」

「え?」

「だからせめてこのページは終わらせときなよ。」

開かれたページを指し示してそう言えば、七瀬の表情がみるみる明るくなる。幼い子どものような表情の変化に、紫央は苦笑する。

「紫央、あたしクレープのアイス!」

「私は抹茶!」

「はいはい。高槻は?」

「俺、練乳かき氷。」

「了解。帰ってくるまでに進んでなかったらあげないからね。」

「「「はーい!」」」

返事だけは良い3人組に呆れながら、紫央は七瀬の家を出た。

 七瀬の家に来るのは初めてで、周辺の地理には詳しくなかったが、来る途中にスーパーやコンビニがあったことを思い出しながら歩を進める。

 歩いて15分程でスーパーに到着した。コンビニの方が注文された品があるような気もしたが、あまり離れて帰れなくなっても困る。

 紫央は自動ドアを通り、店内に足を踏み入れる。店内は外の暑さが嘘のように冷房が効いていて快適だった。茹だる様な暑さから解放されたことにほっと息を吐いて、さっそくアイスの売り場へ向かう。

 地元のスーパーならすぐに辿り着くのだが、初めて訪れるスーパーで、しかもそれなりに広さがあるため、売り場を探すのも一苦労だった。

「紫央ちゃん?」

順に売り場を巡り、アイスを探していると声をかけられた。足を止めて、声をかけた主を探して、紫央は目を瞬いた。

「瀬衣さん?」

瀬衣とスーパーというのが結びつかず、かごを持ってお菓子売り場に立っている姿はなんだか違和感がある。

「今、変だって思ったでしょ。」

「あはは………。」

歩み寄ってきた瀬衣に図星を突かれ、苦笑いを浮かべて誤魔化せば、くすくす、と笑われてしまった。それが恥ずかしくて、話題を変えようと思考を巡らせて、いるはずの人物がいないことに気付いた。

「あの、芽依さんは?」

「芽依は実家に帰ってるよ。だから俺も今日は実家に帰ろうと思って。紫央ちゃんこそどうして?」

家、こっちじゃないよね、と問われ、今日高槻家で夏休みの宿題をしていること、宿題の終わっている紫央が買出しに出てきたことを説明した。

宿題か、と瀬衣は懐かしそうに瞳を細める。和らいだ表情に七瀬の姿が重なり、思わず見つめてしまう。紫央の視線に気づいた瀬衣が首を傾げるから、紫央は慌てて首を横に振った。

「せっかくだから、アイスは俺が買ってあげるよ。」

「え!?そんな、申し訳ないですよ。」

瀬衣の突然の提案に慌てて首を横に振る紫央に瀬衣は微笑むとぽんぽん、と紫央の頭を撫でた。頭を撫でられるという機会があまりないだけに、恥ずかしくなって、紫央は顔を俯けた。紫央の頬がほんのり赤く染まる。

「たまには兄貴らしいことしてあげないとね。」

その声に僅かばかりの寂寥を感じて、紫央は顔を上げ、瀬衣の顔を見た。微笑んでいるのに、やっぱり少し悲しそうで、紫央は瀬衣の名前を呼びながら首を傾げた。

「俺はさ、七瀬から好きな人を奪ってしまったから。」

ドキリ、とした。目を見開き、紫央はたた呆然と瀬衣の悲しげな微笑みを見つめる。

「いつから、知っていたんですか?」

「ずっと前から。」

少し顔を俯け、瞳を陰らせて瀬衣は言った。

「知ってて、俺は芽依を好きになって、芽依と結婚することを決めたんだ。」

悲しそうな表情と声でそう言うのに、瀬衣の瞳は真っ直ぐだった。

 叶わぬ恋と知りながらも、それでも芽依を好きだと告げる七瀬の真っ直ぐな瞳。それと同じ瞳で瀬衣は言いきった。後悔はしていないのだと語る瞳に、紫央は言葉を発することが出来ない。

 しばし2人の間に沈黙が流れた。先にそれを破ったのは瀬衣だった。

「ごめん。こんな話されても困るよね。………アイス、買いに行こうか。」

そう言って背中を押され、紫央は黙って頷き、瀬衣に案内されてアイス売り場へと向かった。

 先ほどの言葉通り、会計は瀬衣が払ってくれて、紫央はそれにお礼を言いながら、2人一緒にスーパーを出た。会話のないまま高槻家へと歩を進めていると、ぽつり、瀬衣が言った。

「俺は、傍観者だった。」

「え?」

突然の言葉に紫央は隣を歩く瀬衣を見上げたが、瀬衣の視線は真っ直ぐ前に向けられたままだった。そのまま、瀬衣は話し続ける。

「七瀬が芽依を好きなことを知っていて、円華が七瀬を好きなことを知っていた。そして、芽依が俺を好きなことも。俺だけが、誰のことも特別に想っていなかった。………いや、違うか。3人とも特別だった。平等にね。」

語る瀬衣の瞳は道の先を見つめながら、懐かしそうに柔らかに細められていた。様々な感情を抱きながらも一緒にいた頃を想い描いているのだろう。

「今は、違うんですよね?」

わかりきったこと。それでも、紫央は確認するように尋ねた。紫央に向けられた瞳はとても悲しそうで、とても優しかった。

「そうだね。俺は結局、芽依を好きになってしまった。他の誰とも違う、特別な想いを抱いてしまった。」

微妙なバランスを保っていた4人の関係を崩したのは、瀬衣の抱いた感情。結ばれた瀬衣と芽依。結果として、瀬衣は七瀬から、弟から想い人を奪ってしまった。

「俺と芽依が付き合うことを知った時、七瀬は笑った。わかっていたことだから、と。おめでとう、と。」

お得意の笑顔を浮かべた七瀬の姿が思い浮かぶ。その笑顔の下で、彼は一体何を思ったのだろうか。腹が立った?悔しかった?悲しかった?経験のない紫央にはその時の彼の気持ちがわからない。わかるのは、嬉しくはなかっただろうということだけ。その笑顔が嘘だっただろうことだけ。

「………何を言ったらいいのか、わかりません。」

素直にそう言えば、瀬衣は声を出して笑った。そうだよね、と言ってひとしきり笑うと、俺はずるいから、と眉尻を下げ、口元に笑みを浮かべる。

「七瀬に言えないことを紫央ちゃんに言った。少しでも、自分の罪悪感を軽くするために。」

七瀬から想い人を奪った。それは事実かもしれない。けれど、それを瀬衣が七瀬に言うのは驕りだ。自己満足だ。七瀬にそれを告げた所で、瀬衣が芽依を手放せるわけではないだから。芽依が七瀬を好きになるわけではないのだから。だから、その事実は瀬衣がひとりで背負わなくてはいけないことだ。

「私は、上手く利用されてしまったわけですか。」

「言っただろう。俺はずるいって。」

「そうですね。瀬衣さんはずるいです。でも、私もずるいです。」

「七瀬を好きになってしまったから?」

「はい。」

やはりこの人は気付いていた。自分の気持ちを知られていたことに妙に納得しながら、紫央は瞳を伏せる。

 紫央も傍観者だった。七瀬が誰かを想っていることも、円華が七瀬を好きなことも、京子が七瀬を好きなことも。知っていたのに、七瀬を好きになった。心の何処かで自分に振り向いてくれることを期待しながら、七瀬を応援すると言った自分はずるい。この想いを円華に告げずにいる自分はずるい。

「最低ですよね。」

「紫央ちゃん。」

いつの間にか立ち止っていたらしい。一歩距離を縮めた瀬衣の手に頭をそっと撫でられ、上を向くように促される。そのままに顔を上げて瀬衣を見れば、前髪をかき上げるように撫でられた。

「俺を肯定するわけじゃないけど、好きになっちゃいけないなんてルールはないよ。そして、想いかたも人それぞれだ。」

「想いかた?」

「真っ直ぐに気持ちを告げる。傍にいることを優先する。自分なりの方法で近づく。正解なんてない。大切なのは、自分の想いを否定しないことだ。」

髪に触れていた瀬衣の手が頬を撫でる。少しひんやりとした手が心地良い。掌の大きさも、温度も違うのに、七瀬に触れられている様な安心感がある。

「俺の弟はそんなに魅力的かい?」

「はい。私の初めて好きになった人です。」

おどけた調子で言う瀬衣に嘘偽りない笑顔を浮かべて、はっきりと告げる。

 本当に告げなければいけない人は他にいるけれど。今はこれが精一杯だ。頑張るから。勇気を溜めるから。どうかそれまで、もう少し時間をください。


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