23.友達
「夏だ!海だ!バカンスだー!!」
「その前に期末テストだ、阿呆。」
無駄にテンションを上げている七瀬に読んでいる本から顔を上げることなく紫央は冷たく言い放つ。
蒸し暑さが増す7月の始め。あと3週間ほどで夏休みだ。だが夏休みの前には期末テストという難関があるわけで。いつもなら放課後すぐに帰るところをいつもの3人で冷房の利いた図書室で勉強会をしている。
だが、初めて早々に七瀬の集中力は途切れてしまったらしい。
「何だよ~。雰囲気がぶち壊すようなこと言わないでよ。」
「お前がな。」
深々とため息を吐くと共に本を閉じ、七瀬の前に広げられた数学のワークを指差す。
「やれ。」
「………はい。」
殺気の籠った言葉と視線に七瀬は素直に頷きワークの問題を解き始めた。七瀬の隣で同じように勉強していた円華は2人のやりとりに思わず笑ってしまう。そんな彼女に紫央は不思議そうに首を傾げる。
「どうしたの?円華。」
「最近の2人ってコントみたいだな、と思って。」
「コント………。」
そんな風に見えるのか、と少々ショックを受けていたら面白いよ、と円華が励ますように言うので、嬉しくない、と不貞腐れ気味に返す。
「いいじゃん、コンビみたいで。」
「あんたとコンビになるくらいなら鼻からスパゲティ出した方がまし。」
「そこまで!?」
何だよ、何だよ、といじける七瀬を円華が宥めるが紫央の容赦ない鉄拳が頭部に落ちる。何するんだ、と殴られた頭を押さえながら七瀬が睨むように顔を上げれば、射殺されそうな視線の紫央と目が合った。
「勉強しろ。」
「すみませんでした……。」
紫央だって先ほどから本ばかり読んで勉強していないのだが、今ここで反論すれば確実に殺される、と感じ取った七瀬は一言謝罪するに留めた。そんな彼の態度に満足してか紫央は再び本を開く。
「にしても、勉強ってなんでこうもやる気起きないのかな。」
「高槻がやる気になる時ってあるの?」
「柏木さんの中の俺ってどんなイメージよ。」
心底不思議そうに聞いてくる紫央に七瀬はがっくり、と肩を落とす。そんなことを言われても七瀬がやる気になった所など見たことがないのだからしょうがない。そんな七瀬の様子に円華は苦笑する。
「本当に集中力ないよね、七瀬。どうしたらやる気がでるのかな。」
「円華が遊んでくれたら。」
「そういう冗談はいりません。」
そう言ってぺしり、と項垂れている七瀬の額を叩く。紫央の容赦のない鉄拳とは違うそれに円華は女の子だな、と何故か再認識させられた。七瀬と話す円華はすごく幸せそうで無邪気な笑顔を浮かべている彼女は文句なしに可愛い。円華が七瀬に向ける想いを知っているだけに余計にそう思える。自分とは大違いだ。
もし、七瀬が芽依を諦め、次に恋をするなら、円華のような女の子だろうか、と微笑み合う2人を眺めながら思う。ずきり、と胸の奥が痛む。その痛みを逃がすように紫央は2人に気付かれないようにため息を吐いた。と、同時に視界を塞がれる。
「だーれだ。」
「京子。」
「何ですぐ当てるのよ。つまらないな~。」
不貞腐れた声と共に視界が開け、隣で椅子を引く音がした。そちらに目を向ければそこにいるのはやはり京子だった。京子は隣に座ると紫央の持つ本を覗きこみ、これ知ってる、と言って紫央と本の話で盛り上がる。
親しげな2人の様子に七瀬と円華は驚きが隠せない。
「み、水口さん?」
「何で、京子がここに?」
「いたらいけないのかしら?」
不思議そうに首を傾げる京子に七瀬は何と言ったものかと悩む。
直接の加害者ではないにしろ、京子は春の騒動で加害者側の人間だったのだ。紫央と仲良くしていれば訝しく思うのが当然だがそれを七瀬が口にするのは憚られた。原因は七瀬にあったのだから。
「京子。」
あまりにもあっけらかんとしている京子を咎めるように紫央は声をかける。その呼びかけの意味に気付いて、京子が円華を見れば、彼女は戸惑いと恐怖とがない交ぜになったような表情をしていた。
「そうね。草津さんは私がいたらあまりいい気はしないよね。」
無神経だったね。そう言って苦笑いを浮かべて席を立とうとする京子の腕を引く。視線だけでもう一度座るように促せば、京子は素直に席についた。それを確認して、紫央は斜め前に座っている円華に視線を向ける。紫央の視線に気づいて円華が顔を上げた。不安げに瞳を揺らす円華に紫央は努めて優しく微笑んだ。
「私、最近はクラスで京子と一緒にいるの。」
「え………。」
驚いたのは円華だけでなく七瀬もで、驚きに目を見開いていた。でも2人の驚きには違いが合った。七瀬は純粋に驚いている。けれど円華は、信じられない、と思っている。円華の心情は当たり前だ。端的に言えば、加害者と被害者なのだから。
「京子のおかげで最近はクラスの人達とも上手くいってる。」
「だから、許すの?あんなに怖い思いをしたのに?」
「別に円華にも京子を許して欲しいとは言わない。そんな虫が良いこと京子も思ってないよ。ただ、知って欲しかっただけ。」
「何を?」
「私と京子が友達であること。」
ただ知っていて欲しかった。円華が京子をよく思ってないと知っているからこそ、隠れて仲良くしていたくはなかったから。
「………水口さんが友達だと、紫央はもう、私はいらない?」
「え?」
「もう、私は紫央の友達じゃない?」
「ま、待て待て待て待て!何でそんな話になったの?」
「だって、私が水口さんと仲良くしてたら許せないって言ったら、紫央は私から離れて行くんでしょう?紫央はそれでもいいんでしょう?」
そう言って涙ぐみ始める円華に紫央はパニックだ。円華が泣く所を見るのは初めてではないが、今円華が泣いている原因は紫央にある。慌てるなという方が無理だ。
紫央は円華に京子と仲が良いことを知って欲しいと思った。だが、円華の言う通りだ。円華がそれを許せないと言ったらどうするつもりだったのか。円華の言う通り、彼女から離れて行くのだろうか。いや、無理だろう、と紫央は思う。だからと言って京子を切り捨てるのも無理だ。
紫央は立ち上がると円華の隣に移動し、涙を拭って目をこする彼女の手を取った。そうしたら、涙で滲む円華の瞳と目が合う。傷ついた瞳にずきり、と胸が痛む。
「ごめん、考えなしだった。」
謝れば、円華はふるふる、と横に首を振った。
「ごめん、私、円華に甘えていたみたい。」
「え?」
「円華と友達やめるなんて考えもしなかった。」
甘えていたのだ、円華に。ずっと一緒にいてくれたから。京子と仲の良い自分でも円華は受け入れてくれると勝手に思いこんでいたのだ。だから、円華から離れるなんて思いもしなかった。完全な甘えだ。円華が京子を許せないとわかっていたはずなのに。
「私から円華に距離を置くことはないよ。でも、京子と距離をおくこともできないのも本当で。その、ごめん。」
解決策が見つからない。円華も大事だけど京子も大事で、どちらも手放せない。自分はいつからこんなに欲張りな人間になってしまったんだろう。
そうやって困っていたらくすくすと笑い声が聞こえてきた。それは、目の前の円華の笑い声だった。
「円華?」
「紫央が悩んでるなって思って。」
「それ、楽しい?」
不満げに呟けば、円華は少し困ったように笑って、楽しいって言うか、と口籠る。
「楽しいって言うか、嬉しい、かな。」
「嬉しいの?」
円華の言葉の意図がわからずに首を捻れば円華はこくり、と頷いた。
「悩むってことは私も水口さんも大切ということでしょう?とっても嬉しいよ。だって、私は紫央が大好きだから。」
大好きだから、同じ気持ちでいてくれるなら嬉しいのだと円華は笑う。本当に嬉しそうに。そして円華はまた困ったような笑みを浮かべながら今度は京子を見る。
「正直私、水口さん苦手だったの。あの時のこともあって余計に。」
「うん。当たり前だわ。」
「でも、水口さんがどんな人か私は知らないから、頭ごなしに否定するのは、やめようと思う。」
円華の言葉に京子はぽかん、とした表情になり、紫央も目を見開く。驚いている紫央に視線を戻し、円華は紫央の手をぎゅっと握った。
「だって、紫央の友達でしょう?出来れば私も仲良くなりたいもの。」
だからすぐには受け入れられなくても、少しずつ、これからたくさん話をしよう。そう言って笑う円華に京子はありがとう、と嬉しそうに礼を述べた。それに円華は笑って首を横に振り、そして紫央、と呼んだ。
「大丈夫だよ。私、紫央と一緒にいるから。ずっと友達だから。」
私の為に悩んでくれてありがとう。笑ってくれる円華に紫央もありがとう、と返す。京子を受け入れようとしてくれたことだけでなく、自分と友達でい続けてくれることに。
「おー、おー。いいね、女の友情?」
先ほどまで黙って事の成り行きを見守っていた七瀬が淡い笑みを口元に浮かべながらからかい口調で言う。それが安堵と喜びからくるものだと知っているから、3人顔を見合わせて笑った。




