22.温かな人達
あけましておめでとうございます。
新年初投稿です。
頑張って更新していきますので今年もよろしくお願いします。
「私と七瀬はね、協力関係にあったの。」
「協力?」
尋ねれば、京子はこくり、と頷いた。
紫央は今、京子と一緒に屋上にいた。フェンスに背を預け、並んで座っている。
本来なら授業の時間だが、騒動の後保健室で手当てを受け、教室に戻ってきた紫央を京子が屋上へと連れて来たのだ。
「柏木さんは知っているかわからないけど、入学当初の七瀬は毎日のように告白されていたの。このままだといつか誰かに取られてしまう。そう思った私は、七瀬にある提案をしたの。告白されないように、私が上手く纏めてあげようかってね。」
毎日の告白に疲れていた七瀬は京子の提案を受け入れた。言い方は悪いが京子はずる賢い。七瀬に好意を持つ女子たちを統率するのはそう難しいことではなかったのだろう。
「七瀬は特別を作らずみんなと遊ぶ。私は七瀬に告白する子が現れないように彼女たちの心理を利用して互いを牽制し合わせる。これが女たらし七瀬の真相よ。」
七瀬が芽依を好きだと知ってからずっと引っかかっていたのだ。彼は芽依を一途に思い続けているのに、何故女たらしという噂が流れているのか。だが京子の説明で納得できた。
「上手くいってたんだよ。幼なじみの草津さんのことはあったけど、そこは七瀬も気をつけていたからそこまでみんなの気が立つこともなかったし。狂ったのは柏木さんが原因。」
話の流れからはそうなるのだろうが、そこまで彼女たちの機嫌を損なうほど七瀬と親しくなったわけでもない。納得いかない様子の紫央に京子は自覚がないのね、と苦笑した。
「柏木さんは七瀬が自分から関わりを持とうとした人なんだよ。」
意味を測りかねて、紫央は首を傾げる。
「七瀬はね、受け身なの。遊ぼうと言われれば遊ぶけど、自分から女子に近づかない。でも、柏木さんは違ったから。七瀬は柏木さんと一緒にいることを望んでいたから。だから、みんな特別なんだと思ったの。私も、そう思ったしね。」
七瀬自身、その自覚があったのかはわからない。だから京子は紫央に七瀬から離れるように言ったのだ。問題が大きくなる前に沈静しようとした。けれど、紫央は拒み、尚も七瀬と一緒に居続けた。結果、京子には手に負えなくなってしまったのだ。
「まあ、放棄した部分もあるんだけどね。」
「放棄?統率を?」
「そうよ。だってやっぱり、悔しいじゃない。」
そう言って京子は泣きそうな顔で笑った。今、紫央の目の前にいるのは紫央の苦手な狡猾な水口京子ではなく、七瀬に恋をするただの女の子だった。そんな彼女の表情を紫央は初めて見た。
「私だって七瀬が好きだもの。悔しいよ。だからみんなから柏木さんと七瀬のことを聞くたびに苦しくて、嫌になって、放りだしてしまった。ごめんね。そこまで深刻に考えてなかった。私が甘かったの。」
たくさん怖い思いをさせてごめんなさい。京子は紫央と向き合い、震える声でそう謝罪した。なんだか彼女がとても小さな存在に思えた。
「私も思うよ。」
「え?」
「悔しいなって思うし、羨ましいなって思う。円華も、水口さん達も。」
それから、七瀬に思われる芽依も。
七瀬に関わる人たちにはどうしたって色々な感情を向けてしまう。穏やかなものか醜いものまで。嫉妬も羨望も抱く。だって、好きなのだから。
「その感情を表に出せるのっていいよね。私は、ダメだから。」
「どうして?」
「私は高槻の味方だから。高槻の恋を応援するの。」
「………柏木さんは、七瀬が好きなの?」
京子は真っ直ぐに紫央の瞳を見つめて尋ねた。紫央は目を瞬き、どう答えるか考えた。口にしたら、もう本当に逃れられないから。
そう考えている自分に気づいて、苦笑する。ああ、自分はまだ、逃げ道を用意していたのか、と。向き合うと決めたのだから、逃げ道は無くしてしまおう。
紫央は口元に笑みを浮かべて頷いた。
「うん。好きだよ。」
ほろり、瞳から雫が零れ落ちた。京子が驚きに目を瞠り、紫央自身も驚いていた。悲しいことなどないはずなのに、何故涙が溢れるのだろう。
「やだな、どうしたんだろう。」
ごめん、驚かせたね。慌てて涙を拭えば、京子は首を横に振った。そして優しい声で柏木さん、と名前を呼んだ。
「どうして、七瀬の恋を応援するの?」
「え?」
「つらいでしょう?」
「つらい、けど。でも、肯定してあげたい。七瀬に自分の想いを大切にして欲しいから。」
強く一途に想っている七瀬。けれど、想いが強ければ強いほど、七瀬は傷つく。諦めることも、嫌うことも出来ない恋心はきっと紫央には想像も出来ないくらいつらい。だから支えてあげたかった。七瀬は紫央を助けてくれたから。今度は紫央が七瀬を助けたかった。それが例え、自分の想いを踏み躙るものだとしても。
「高槻が前に進めるようになるなら、私の想いは届かなくていい。このまま知られず、埋もれてしまっていいの。」
つらくても、悲しくても。自分の想いと、七瀬の想いと向き合うと決めたから。いつか七瀬が芽依への恋心に終わりを告げ、前を見据えるその時まで、傍にいられるなら、それで幸せだから。
「じゃあ、私は柏木さんの味方になるよ。」
「え?」
「私が柏木さんの想いを知っていてあげるから。七瀬を好きな柏木さんの気持ち、私は知っているから。だから、ないものになんか、ならないよ。」
優しく紫央の頭を撫でながら優しい声で京子は言う。紫央の想いをないものになんかしないから、と。私だけは知っていてあげるから、と。その優しさに紫央は瞳に涙を浮かべながらも笑った。
「ありがとう。」
◆ ◆ ◆ ◆
放課後の教室で紫央は七瀬と向かい合わせに座っていた。職員室に呼ばれた円華を2人で待っているのだ。朝からあんな騒動があったあとということで、今日は3人で帰ることになっていた。
円華を待つ間を紫央は読書をして待ち、七瀬は先ほどまで雑誌を見ていたのだが、いつの間にか向かい合う形で紫央をじっと見ていた。
「ねぇ、高槻。」
「何、柏木さん?」
「気が散るんだけど。こっち見ないでくれない?」
「………。怖かった?」
突然の問いかけにはぁ?という間の抜けた声が出る。突然何を言い出すのだ、と本を閉じて七瀬に目を向ければ彼は真剣な顔をして、瞳に労わる様な色が滲んでいた。ふいに伸ばされた手が湿布の張られた頬に触れる。
「高槻?」
「今までもだけど、今日も。怖かったでしょ?」
「………少しね。」
素直になれない紫央は居心地悪くなり、七瀬から視線を逸らす。そんな紫央の額にこつり、と七瀬の額がぶつかり、至近距離で見つめ合う。かぁ、と頬に熱が集まっていく。
「ちょ、近い。」
「正直に言ったら離れるよ。」
後ろ頭を掴まれ、身動きが取れない紫央に七瀬は少し厳しい声で言い放ち、小さくため息を吐いた。
「怖かったら、怖いって言っていいんだ。」
「……………。」
「あんな状況、怖くないはずないんだから。」
我慢しすぎ。そう言って七瀬は額を離すと立ち上がると、片手を机に付き、紫央の後頭部を引き寄せ、肩に押し付けた。後頭部に触れている手が優しく撫でるように髪を梳く。
傍から見たら抱きしめられているように見えるだろう。恥ずかしいはずの格好なのに、今はその温度が心地よくて。素直に言葉が出てくる。
「怖かった。」
「うん。」
「クラスの女子たちを挑発した時も、頬を叩かれた時も、胸倉掴まれた時も、すごく、怖かった。」
「うん。」
「………怖かったよ。」
涙が溢れた。嗚咽が漏れて、みっともなく泣いた。その後、円華が用事を済ませて戻って来て、泣いている紫央に驚きながらつられたように泣き始めた。
今日は涙腺が弱いからなのか、みんなが優しいからなのか、泣いてばかりだ、と冷静な部分で思う。でも、涙を見せられる人がいることは恥ずかしいけれど、心強い。




