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20.嫌がらせ

 京子から不吉な警告を受けたからといって紫央の行動になんら変化は起きなかった。あの日も円華と七瀬の3人で帰ったし、それ以降も昼食を共にし、時間が合えば下校も一緒だった。

そうして変化のない日々を送っていたある日、異変は起きた。


「ない。」


下駄箱にあるはずの上履きがなくなっていた。

 面倒なことになりそうだ、と紫央はため息を吐く。とりあえず職員室でスリッパを借り、教室に向かえば、机の上に張り紙がされていた。「ブス、死ね」と書かれた紙にイラッとする。ぐしゃり、とそれを握りつぶし、他に異常がないかを確認して席についた。


 その日から紫央へのクラス内での紫央への嫌がらせという名のいじめが始まった。下駄箱にゴミが詰め込まれていたり、毎日のように机に悪意の言葉が書かれた張り紙が貼られていたり、クラスの女子全員から無視されたり。

 紫央の傍に七瀬がいることを考えてか、内容はごく囁かだ。紫央自身に直接危害が加えられるということはなかった。


◆   ◆   ◆   ◆


 「なんか柏木さん、此処の所すごく疲れてない?」

「高槻が隣にいるからじゃない?」


酷いよ、と抗議の声をあげる七瀬をはいはい、と流し、紫央はため息をつく。

 珍しく2人で変える帰り道、疲れていることを言い当てられて紫央は内心冷や汗をかいていた。出来ることなら知られたくはない。だって先ほどの言葉は嘘ではないから。七瀬が一緒にいるから嫌がらせを受けているわけだが、だからと言ってわざわざ七瀬から離れようなどと紫央は微塵も思っていない。なのにその当人に知られてしまって、彼の方から離れて行ってしまっては元も子もないのだから。


「ちゃんと寝れてる?勉強のし過ぎじゃないの?」

「勉強はしているけど、睡眠はとってるよ。ご心配なく。」


地味な嫌がらせというのは地味にダメージが来るもので、それが日々蓄積されていくとやはり疲れてくるし、苛立ってくる。隣で楽しそうに話している七瀬を見て、今度は深々とため息を吐いた。


「人の顔見てため息吐くって失礼だな。」

「ため息吐きたくなる顔してるんだからしょうがないんじゃない?」

「柏木さん、俺に対して冷たくない?」


気のせいだよ、と答えながらふと、ここにはいない親友の姿が浮かんだ。何故か少し嫌な予感がしたのだ。


「ねえ、何で円華一緒に帰れないの?」

「ああ。円華今年は図書委員会に入ったから当番だって言ってたよ。」

「………そう。」


図書委員に入ったことは紫央も聞いていた。だから当番なのだと言われれば頷くしかない。何事もなければいい、と心の中で願いながら。


◆   ◆   ◆   ◆


 その日も机に張り紙を張られていた。それを剥がして眺めながら紫央はため息を吐く。それを落ち込んでいると思ったのか、クラス内から忍び笑いが聞こえてきた。


「だから言ったのに。」


憐みとも嘲笑ともとれるような笑みを口元に浮かべながら京子が近づいてきた。


「これで警告の意味をわかってくれた?」

「ねえ、これ緩すぎると思うんだけど。」

「え?」


予想外の返答に京子の口から間の抜けた声が出る。しかし紫央はそんなものお構いなしにこれ、と今日張られていた張り紙を京子の目の前に突きつける。


「ブス、とか死ね、とか他にもっと何かないのかな。いつも同じなんだけど。語彙力ないの?」


京子に対して言うには少々大きすぎる声の音量で張り紙への批判をする紫央にクラス内がざわめく。


「下駄箱のごみもさ、普通にごみ箱のものを詰め込んだだけだよね。生ごみぐらい入れたらいいと思うんだけど。」

「あなた、何言ってるの?」

「つまりさ、やるなら徹底的にやれってこと。」


おわかり?と極上の笑顔を浮かべて言う紫央に京子は呆気にとられる。

 柏木紫央とはこんな人間だったか、と。京子の知る柏木紫央は面倒事を上手く避け、物腰穏やかな人物だった。少なくとも、こんな風にクラスの女子を挑発する様な言動はとらない。

 そうやって京子が呆気にとられていたら、ガン、と椅子が倒れる音がした。女子の一人が紫央の言葉にキレたのだ。


「こっちが下手に出てれば調子に乗りやがって。」


数人の取り巻きを連れた女子の一人が紫央に近づいてくると紫央の机を蹴り倒した。しん、とクラス内が静まり返る。


「こうすれば満足?これからはこれ以上のことしてやるよ。」

「すれば?」


椅子に座ったまま女子生徒を見え上げる紫央は至って冷静だった。怯えた表情も困惑した様子もない。抑揚のない声と冷たい眼差しに女子生徒の方が息を飲んだ。すっと立ち上がり、紫央は女子生徒と相対する。


「私が気に入らないなら気の済むまでやればいい。ただ、覚えておいて。私以外に手を出したら許さないから。」


びくり、と目の前の女子が震えたのを見て紫央は内心舌打ちする。身に覚えがあるから彼女はこんな反応を示すのだ。

 七瀬と親しいのは紫央だけではない。七瀬と親しい人間がもう1人いる。

 女子生徒の反応に気付いて、京子が訝しげに眉を寄せる。


「遠藤さん、どういうこと。私は柏木さんへの行為しか報告を受けてないけど。」

「そ、れは、あの………。」


2人のやり取りの今度は紫央が訝しげに眉を寄せる。一連の嫌がらせは京子の指示によるものだと思っていたのだが、この様子ではそういうわけでもないらしい。


「水口さんが主犯じゃないの?」

「柏木さんへの嫌がらせを黙認していたのだから無関係とは言えないけれど、違うわ。それで、どういうこと?………草津さんにも手を出した、ということかしら?」

「………。」


無言は肯定。紫央は目の前の遠藤と呼ばれた女子生徒の胸倉を掴んだ。


「何をしたの?円華に、何をしたの!?」

「い、今………。」

「今?」

「北棟の校舎裏に呼び出してる。」


聞くと同時に紫央は彼女を突き飛ばした。それを周りの女子たちが受け止める。そして、紫央に非難の目を向けるが、そんなことに構っている余裕は紫央になかった。


「水口さん、高槻呼んできて。」

「え?」

「高槻がいないから円華を連れ出したんだろうから教室にはいないと思う。心辺りを探して連れて来て。」

「わ、わかった。」


教室から出て行った京子を見届け、紫央は自分を睨みつけてくる女子生徒たちに視線を戻す。その表情に先ほどのような冷静さはなかった。


「言ったよね、許さないって。円華に何かあったら許さない。」


そう言い置いて紫央は教室を出て北棟校舎裏まで全力で走った。


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