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18.恋

 みんなで重箱を突き合って、ひとしきりおしゃべりを終え、花見はお開きとなった。


「今日は誘っていただいてありがとうございました。」

「ううん。私もまた紫央ちゃんに会えて嬉しかったよ。」


本当に嬉しそうに言ってくれる芽依に紫央ははにかむ。芽依は言葉も表情も素直で、恥ずかしいけれど、嬉しい。


「じゃあ、私はこっちなので。」


一人変える方向が違う紫央が公園の出口で別れを告げようとすると、向かう方向を指し示した手を取られた。


「送っていく。」

「は?」

「柏木さん送っていくから、円華、兄貴の家で待ってて。」


円華の返事も紫央の抗議も聞かず、七瀬は紫央の手を握ったまま歩きだす。抵抗しようとするが、思いの外強い力で手を引かれ、ついて行くしかない。


◆   ◆   ◆   ◆


 黙々と歩き続け、次の角を右に曲れば柏木家という所で、七瀬は左に道を曲った。


「ちょっと、私の家、反対方向なんだけど!」


抗議の声を上げるも七瀬は無言のまま歩き続ける。そのまま歩き続け、鉄棒と滑り台があるだけの小さな公園に足を踏み入れ、七瀬はようやく足を止めた。

 夕暮れ近いためか、その公園には子どもの姿はなく、いるのは紫央と七瀬だけだった。


「聞きたいことがあるんだけど。」


紫央の手を離し、向き合った七瀬はいつもの明るい声ではなく、真剣な声でそう言った。文句を紡ごうとしていた言葉を飲み込み、何、と彼に話を促す。


「何で、お花見に参加したの?」

「変なこと聞くのね。誘いに来たんでしょう?」

「そうだよ。でも、本当に参加するとは思わなかった。」

「円華と芽依さんとお花見したかったから。」

「言ったよね。俺に嘘ついてもすぐにわかるって。………柏木さんに俺の嘘がわかってしまうように。」


自嘲するような笑みを浮かべる七瀬から気付かれない程度に視線を逸らす。嘘の仮面を外した彼はいつだって悲しそうで、胸が痛くなる。だから見ていられない。

 2人とも嘘つきだから、相手の嘘を見破れてしまう。似たもの同士の2人にとって相手は理解者であり、天敵だった。


 「お花見に参加した理由なんてわからない。気付いたら行くって言っていたんだから。」


自分で行くと言ったけれど、行きたいわけではなかった。寧ろ行きたくなかった。何が嬉しくて好きな人が他の誰かを想っている姿を見なくてはいけないんだ。


「柏木さんは、俺を莫迦だと思う?」

「何、いきなり。」

「もうすぐ結婚する人を想い続ける俺を莫迦だと思う?」

「………。」


問いかける七瀬の声は震えていて、すぐには答えを返すことが出来なかった。今にも消えてしまいそうなほど、儚い七瀬の姿に胸が締め付けられる。でも、答えなくては、と思う。だから紫央は真っ直ぐに七瀬を見つめて口を開く。


「莫迦だなって思うよ。」


自分の心を嘘で隠してまで、彼女を想い続ける七瀬は滑稽と言えるかもしれない。もう手の届かなくなる彼女を想い続けても苦しいだけなのに。そんな想い、早く捨ててしまえばいいと思う。


「でも、それが好きになるってことでしょう?」


簡単に捨てられない想いだから、恋は切なくて温かいのでしょう?そう言って瞳を細め、紫央は微笑む。

 一歩一歩、七瀬との距離を縮める。彼は呆然と紫央を見つめたまま動かない。そんな彼を紫央は力一杯抱きしめた。


「莫迦みたいでも、しょうがないじゃない。好きなんだから。」


きっといつか、七瀬の片思いにも紫央の片思いにも終わりは来る。それがどんな形かはわからない。だったらそれまで、精一杯恋をすればいい。


「私、高槻の味方でいるから。だから疲れてしまったなら私に甘えていいよ。高槻は高槻の思うように進めばいい。」


背中に回された腕の力が強くなり、七瀬に引き寄せられる。紫央の肩に顔を埋める七瀬の頭に頬を寄せ、片方の手で頭を撫でる。

 私は私の気持ちと向き合うことを決めた。だから逃げずにあなたとも向き合うよ。あなたと、あなたの気持ちと。


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