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17.お花見

 春休みもあと1日という今日。何処に出かける気にもなれず紫央は部屋で本を読んでいた。

 今日に限らず、ここ最近の紫央は引きこもりがちだ。遊びに行こうと誘ってくれる円華にも断りのメールばかりを返しているし、七瀬からのメールは無視している。そうやって自分の殻に閉じこもり、必死に心に砦を作っていた。

 七瀬を好きだという想いを心の奥底に押し込めるために。

 そうやって朝から読書に没頭し続け、昼を過ぎた頃、家のチャイムが鳴った。その音が耳に届いてはいるが、ほとんどが親への要件なのだ。出る必要もないだろう、と無視する。

 しかし、暫くしてまたチャイムが鳴る。2度3度と鳴らされれば、さすがに出ないわけにはいかない。腰を上げ、リビングに設置されたインターホンの画面を見て紫央は固まる。

 カメラを覗きこむようにこちらを見ているのは間違いなく七瀬だった。その後ろには円華もいる。通話ボタンを押せずに固まっていると、再びチャイムが鳴らされた。完全に紫央がここにいることはバレているらしい。

 一瞬躊躇して、通話ボタンを押す。


「はい。」

「おー!やっと出たよ~。俺だよ~、七瀬くんだよ~。」

「知ってるよ。頭沸いてんの?」

「めっちゃ不機嫌!?」


何やらテンションの高い七瀬に頭が痛くなってくる。眉間に皺が寄っているのを感じて、それを揉みほぐす。インターホン越しでは面倒になり、紫央は玄関のドアを開ける。

 突然空いた扉に外にいた2人は驚いたようだったが、ほっとしたような顔を浮かべる。しかし明らかに機嫌の悪い紫央に表情を引きつらせた。


「あ、あの、紫央。突然来て、ごめんね。」

「大丈夫だよ、円華。どうせそこの莫迦に無理矢理連れて来られたんでしょう?」

「莫迦って俺!?」

「無駄に大声出さないでくれるかな、高槻くん?」

「久しぶりに見たよ、委員長スマイル。」


怯えた表情を浮かべて黙る七瀬に呆れたようにため息をつき、視線を成り行き見守っている円華に向ける。


「それで、用件は何?」

「えっと、紫央の生存確認とお花見のお誘いに……。」


生存確認とか聞き捨てならない言葉が混じっていたけれど、それは置いておくとしよう。突っ込むのも面倒だからだ。それより紫央が気になるのは………。


「お花見?」

「幼なじみ4人でやっているんだけど、紫央も一緒にどうかなっと思って。」

「へ~、本当にやってるんだ。」


好きな人と、その婚約者と自分を好きな人と顔を見合わせてよく花見が出来るものだ。呆れを通り越して感心する。


「棘のある言い方だね。」

「気のせいじゃない?」


実際棘のあるような言い方をしたのだが、それは紫央の内包する意味に気付けばこそだ。七瀬は紫央の言いたいことをわかっているから棘のある言い方だと思うのだろう。

 眉を潜めて紫央を見ながらも七瀬はそれ以上何も言ってこなかった。だから紫央もそれ以上は何も言わない。

 2人の間に漂う以前とは違う険悪な雰囲気に円華は戸惑うばかりだ。自分の知らない間に一体何があったというのか。不安そうな円華に気付いて、紫央が笑みを浮かべる。


「高槻の顔なんて見たくもないけど、円華と芽依さんとお花見なんて魅力的なお誘い、私が断るわけがないでしょう?」


支度してくるから少し待ってて、と円華の頭をひと撫でして紫央は家の中に入る。

 出かける支度を整えながら、紫央は頭を抱えたくなった。

 本当は、花見に行くつもりなど全くなかったのだ。でも、気付けば自分は行くと言っていて、こうして出かける支度をしている。紫央は自分で自分の行動がよくわからなかった。


◆   ◆   ◆   ◆


 公園までの道すがら、今向かっているそこで芽依さんと会ったことを円華に話せば、彼女はとても驚いていた。


「そっか、芽依さんに会ったんだ。」

「うん。高槻のお兄さんにも会ったよ。」


瀬衣さん、だよね、と七瀬に振れば、こくり、と頷き返された。そしてまた沈黙。先ほどから七瀬はこんな感じだ。いつもなら円華と一緒にしゃべり続け、紫央が相槌を打つ所を何故か今日は七瀬が相槌を打っている。考え事をしているらしく、大して聞いていないだろうが。


 「しーおちゃーん!」


公園に到着すると、こちらを見つけた芽依が満面の笑顔で手を振ってくる。それに苦笑しつつ、手を振り返した。


「こんにちは、芽依さん、瀬衣さん。」


2人の所へ辿りつき、ぺこり、と挨拶すれば瀬衣もぺこり、とお辞儀を返してくれた。芽依に至っては抱きついて来て久しぶり、と大喜びだった。


「芽依さん、あんまり締め付けたら紫央が死んじゃいます。」

「おおっと、失礼!」

「………三途の川が見えた……。」


 そんなやり取りをしながらそれぞれシートの上に腰を下ろす。どうやらみんなまだお昼を食べていなかったらしく、ちょうど食べ始める所で紫央を呼びに来たのだと言う。

 広げられた憧れの重箱弁当に紫央は瞳を輝かせる。色とりどりの料理に涎が出そうだ。


「これ、誰が作ったんですか!?」

「高槻兄弟。」

「瀬衣さんはともかく、高槻料理とか出来たんだね。」

「………柏木さんの俺への言動ひどくない?」

「気のせいだよ。あれ?芽依さんは作ってないんですか?」


芽依と出会ったあの日の彼女の大量の買い物の理由はこの花見の弁当作りのためと聞いていた紫央は首を傾げる。一方の尋ねられた芽依はうん、あのね、と言葉を濁していた。


「芽依は料理できないから。あの日も殆ど味見で終わってた。」

「何でバラしちゃうのよ、瀬衣!あのね、でもね、この卵焼きは私が作ったんだよ!」


自信作だよ、と指差されたそれは黒い塊だった。その場を沈黙が支配する。とりあえず、食べ始めましょう、と言う円華の言葉でみんなが動き出す。全員で手を合わせ、いただきます、と食べ始めた。


 「紫央ちゃん、是非食べてみて!」


箸に挟まれて差しだされた黒いそれ、芽依曰く卵焼きに紫央の表情が引き攣る。しかしすぐに笑顔を浮かべ、それを食べようと口を開く。しかしそれは紫央の口に納まる前に方向転換し、芽依の反対隣りに座るその人の口に納まった。

 自身の手首を掴み、卵焼きを無言で咀嚼し飲み込んだその人に芽依は頬を赤く染める。


「ちょ、ちょっと、瀬衣!」

「………まずい。」


げんなりとした表情で言いながらも瀬衣は黒い卵焼きを全て食べつくす。そして芽依の頭をぽんぽん、と撫でた。


「ごちそーさん。」


瞳を細めてそう言う瀬衣に芽依は文句を言いながらも嬉しそうに頬を緩めていた。仲睦ましい恋人同士のやりとりを苦笑しつつ、紫央の視線は自然と七瀬へ向く。彼は、微笑ましいその光景を穏やかな笑顔を浮かべて見つめていた。それを見て、ああ、やはり来なければよかった、と紫央は思う。

 好きな人が、別の誰かを想って浮かべる嘘の表情など、見たくはなかった。


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