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16.芽吹く想い

 「へぇ、友達だったんだ。すごい偶然だね。」

「そうですね。」


にこり、と効果音がつきそうな笑顔を浮かべる紫央の隣で七瀬は顔が引き攣るのを感じた。芽依と楽しげに話している紫央が浮かべているのは、彼女が同級生たちに向けるのと同じ外向き用の顔だ。あの笑顔の下で何を考えているのかと思うと七瀬は恐ろしかった。


「ねえ、紫央ちゃん。学校の七瀬くんってどんな感じ?」

「遅刻魔、サボり魔、女たらしで有名ですよ。」


事実であるにしても随分と酷い言い様だ、と自分で言っておきながら紫央は思う。七瀬もあんまりだ、という顔して頭を抱えている。そんな彼にちょっとやり過ぎただろうか、と思わなくもないが、こうでもないと腹の虫が収まらないのだからしょうがない。

 まさか芽依の家から七瀬が現れるなんて誰が想像できようか。七瀬は女たらしで有名だが、まさか独り暮らしの女性の部屋に入り浸るほどとは思わなかった。


 「まんま瀬衣の学生時代だね。」

「瀬衣?」


くすくす、と楽しげに笑う芽依が呼んだ聞き覚えのない名前に思わず繰り返せば、芽依は紫央を見て瞳を瞬き、お兄ちゃん、と言った。


「七瀬くんのお兄ちゃんだよ。」


そこで初めて、紫央は彼女の左手薬指に輝く指輪に気付いた。何故今まで気付かなかったのかというくらいの存在感を持つ指輪。

 七瀬は言った。もうすぐ、兄と幼なじみの婚約者は結婚するんだと。

 もしかして、と紫央の胸に嫌な予感が沸き起こる。自然と膝の上の手を握り込む。


「兄貴と芽依さん、もうすぐ結婚するんだよ。」


決定打を打ったのは七瀬だった。正面で芽依が顔を真っ赤にして、な、七瀬くん、と言葉をどもらせて慌てている。それを七瀬が楽しそうに笑っている。何でもないことのように笑っている。そんなはずがないのに。


 「お客さん?」


リビングのドアが開く音がして、振り向くとそこにその人はいた。整った顔立ちをした、すらり、とした長身の彼。七瀬に、よく似ていた。


「おかえりさない。」


満面の笑顔で迎え入れる芽依に彼が高槻瀬衣なのだと思った。お仕事終わったの?と尋ねる芽依にああ、と短く返す瀬衣の声は素っ気ないけれど、芽依の頭を撫でる瀬衣の表情は柔らかく、初対面の紫央から見ても互いを大切に想っていることがわかった。


 「おかえり、兄貴。」

「ああ、七瀬も来てたのか。」

「花見の弁当作りに呼ばれたんだよ。芽依さんだけじゃ心配だから。」

「確かに。」

「ちょっと、2人とも酷いよ!」


何てことなく交わされる幼なじみのやり取り。微笑ましいはずなのに、作り物めいて見える。それでも、きっと七瀬は今のこの瞬間を大切にしているのだ。兄のものになってしまった好きな人と少しでも多くの時間を過ごすために、嘘の笑顔を張りつけて、ここにいる。

 胸が痛い。目頭が熱い。これ以上、ここにいるのがつらかった。


「芽依さん。私、そろそろお暇します。」

「え~、もう帰っちゃうの?」


残念そうな表情を浮かべて拗ねたように言う芽依に困ったような笑顔を浮かべながら夕飯の買出しもありますから、と言えばじゃあしょうがないね、と納得してくれた。


「また遊びに来てね。」

「はい。是非また。」


約束ね、と小指を差しだす芽依に笑顔を浮かべて小指を絡める。この約束が果たされることがあるのだろうか、と心の片隅で思いながら、笑顔は崩さない。嘘は得意だ。


「それじゃあ、お邪魔しました。」


瀬衣にも挨拶をして、じゃあまた新学期にね、と七瀬に言って紫央は玄関に向かう。

 マンションを出て、黙々と家を目指して歩き続ける。後ろから足音がするが聞こえないふりをして歩を進める。しかし徒歩が走りに勝てるはずがなく、腕を掴まれ、引き止められた。


「柏木さん!」

「どうしたの?」


なんとなく七瀬が追い掛けてくることは予想できたため、驚くこともない。笑みを浮かべながら首をかしげて見せれば、七瀬は眉を顰めた。わざとらし過ぎただろうか。


「俺に嘘ついてもすぐわかるよ。」

「私に嘘ついてもすぐにわかるよ。」


同じ言葉を返してやれば、七瀬の表情が強張った。やっぱり、嘘だったのだとわかる。芽依たちに向けていた笑顔は嘘だった。あの穏やかさを崩さないための七瀬の優しい嘘。

 どんなに言い訳したところで意味がないと思ったのか、七瀬は諦めたようにため息を吐いて紫央を真っ直ぐに見た。そして紫央も七瀬を真っ直ぐに見つめ返す。


「芽依さんが好きなの?」

「そうだよ。」

「お兄さんの、婚約者でも?」


一瞬答えに躊躇いながらも七瀬は眉尻を下げて、微笑みを浮かべてはっきりと頷いた。


「莫迦だなって自分でも思うよ。でも、好きなんだ。芽依さんだけが特別なんだ。」


紫央はそれ以上、何も言うことが出来なかった。送っていく、と言う七瀬の申し出を断ることも出来ず、2人並んで、歩いた。

 莫迦だな、と思う。兄の婚約者に恋をした七瀬は莫迦だ、と。でも、今この瞬間、彼への恋を自覚した自分はもっと莫迦で、愚かだ………。


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