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15.驚きの遭遇

 目覚まし時計の音に意識を浮上させる。けたたましく鳴り響く目覚ましを止め、うーん、と体を伸ばす。

 現在時刻は7時。春休みに入ったとはいえ、生活リズムを崩したくない紫央の起床時間は普段と変わらない。

 寝ぼけ眼のままリビングのドアを開けると香ばしい匂いとコーヒーの香りが漂ってくる。


「おはよう、紫央。」

「おはよう、お兄ちゃん。」


台所で丁度朝食の準備をしている兄と挨拶を交わし、食卓に座る。テーブルにはベーコンエッグにこんがり焼けたトースト、コーヒーが並んでいる。


「お母さん達は?」

「仕事。紫央洗い物お願いな。」


俺、これから引っ越し用の買い物行くから、と告げる兄にああ、もうすぐだもんね、と素っ気なく返す。それが寂しさを押し隠すためだとわかっているのか、圭太は苦笑しながら紫央の頭を撫でた。


「なるべく週末は顔出すよ。」

「うん。」


 圭太の引っ越しは今月の終わり。その日はもう、3日後に迫っている。日々寂しさの募るこちらとは裏腹に、新たなる門出を圭太は楽しみにしているらしい。まあ、不仲だった両親に頑張りなさい、と背中を押されれば、これほど嬉しいことはないだろう。

 圭太との朝食を済ませ、出かけて行く彼を見送りながら紫央は朝食の後片付けをする。黙々と食器を洗いながら、自分はどう過ごそうかと考える。読みかけの本を読んで過ごすのもいい。けれど、折角の良い天気に室内で過ごすのも少し勿体ない気がして。

 散歩に出かけるのもいいかもしれない。本を持って、公園で読書というのもいい。そう思い立ち、紫央は朝食の後片付けを終えると、出かける準備を始めた。

 日に日に暖かくなり、桜の蕾も次々と開花している。特に公園内は桜の木で埋め尽くされており、花弁が舞う様はとても綺麗だ。

 ベンチに腰を下ろし、舞散る桜を眺める。暖かな陽気のおかげもあってか、とても穏やかな光景だ。眺める紫央の頬は自然と緩み、口元には淡い笑みが浮かんだ。

 景色を満喫した紫央はさて、そろそろ読書を始めようか、と鞄から本を取り出そうとする。するとその時、視界の端に何か動くものを捉え、そちらに顔を向けた。


「やっちゃた~。」


泣き出しそうな若い女性の足元にはスーパーのビニール袋が破けて零れ落ちたらしい品が散らばっていた。泣く泣くしゃがみ込み拾ったものをもう片方のビニール袋に入れているが、そちらも既にかなりの量が入っている。全て入れるのは無理だろうし、今度はそちらも破けそうだ。

 はらはらと彼女の様子を見守っていた紫央は、ふと自分の鞄に帰りに買い物をしようと思ってエコバックを入れてきたことを思い出した。それを鞄から取り出し、彼女に歩み寄る。


「あの、よかったらこれ使ってください。」


控えめに声をかければ、え、とその人は驚いた様子で顔を上げ、紫央とエコバックを交互に見る。そして慌てて首を横に振った。


「そ、そんな、申し訳ないです!もう片方の袋に詰め込むから大丈夫ですよ。」


そう言って笑う彼女はこちらの申し出を受けるつもりはないらしい。紫央は気付かれない程度にため息を吐いてしゃがみこむと、落ちている物を自身の持つエコバックに入れていく。紫央の行動に彼女はあ、あの、と戸惑った声を上げる。


「こんなにたくさんその袋には入らないと思いますよ。だから使ってください。」


無事な袋まで破けちゃいますよ、と窘めるように言えば、彼女はすみません、ととても申し訳なさそうな顔をする。ころころと変化する表情が愛らしくて、思わず紫央は笑みを浮かべてしまう。


「困った時はお互い様ですよ。」


ね、と笑みを浮かべて言えば、ありがとう、と彼女もようやく笑顔を見せてくれた。

 2人で散らばった物をエコバックにしまっていく。全てを詰め終わるとエコバックはぎゅうぎゅうになっていた。改めてすごい量だと感心していたら、彼女がねぇ、と声をかけてきた。


「これから時間あるかしら?よかったら家でお茶していかない?」


たいしたおもてなしは出来ないけれど、お礼がしたいわ、と美人に微笑みかけられてしまい、紫央はさっきとは打って変わりたじたじになる。だめかな、と少し寂しそうな顔でだめ押しされ、じゃあ、お邪魔します、と結局承諾した。瞬間、花が開花するような柔らかな笑みを浮かべられ、同性でありながら頬が熱くなる。


(美人の笑顔ってある意味凶器かも………。)


◆   ◆   ◆   ◆


 彼女、楠木芽依の自宅は公園からわりと近い場所にあるのだと言う。芽依の荷物のひとつを持って彼女の自宅までの道のりをゆっくりと歩く。


「あの、ごめんね。荷物持たせて。」


申し訳なさそうにこちらを窺い見る芽依に紫央はふるふると首を横に振る。


「私が言いだしたことですから。」


今にも破れそうなビニール袋を抱え直す。どうも芽依に持たせていると途中で破れてしまいそうな気がしたのだ。最初は渋っていた芽依だったが紫央の押しの強さに渋々荷物をひとつ持たせてくれたのだった。


 芽依の自宅は5階建ての綺麗なマンションだった。セキュリティもしっかりしているようだし、結構良いマンションなのではないだろうか。そんなことを考えながら、芽依に案内されるがまま、マンション内に足を踏み入れる。

 最上階でエレベーターが止まる。部屋の前まで来ると芽依はインターホンを鳴らす。少しして玄関に向かってくる足音がしてきた。どうやら同居人がいるらしい。鍵をはずす音と共にドアが開けられた。


「おかえり、芽依さん。遅かった、ね………。」

「……………。」

「たっだいまー、七瀬くん。ちょっとハプニングがあってだね~。」


互いに目を瞠って固まってしまっている少年少女に気付かぬまま芽依が先ほどの公園での出来事を話す。それに対して、へえ、そうだったんですか、と答える彼は未だ呆然としている。


「ほらほら、紫央ちゃん入って。」


紫央の背中を押して半ば無理矢理部屋に押し込む。そして紫央から袋を受け取るとお茶の準備をしてくるね、と意気揚々と部屋の奥へと消えて行った。

 取り残された2人は未だに硬直したままだ。


「……………。」

「…………こんにちは。柏木紫央です。」

「いや、知ってるよ!?」

「あ、うん、そうだよね。えっと、こんにちは、高槻。」

「うん。こんにちは、柏木さん。」


目の前に立つのが七瀬であることに驚いたまま、紫央はとりあえず挨拶をすれば、彼も明らかに動揺した様子のまま挨拶を返してくれた。


(………うわ~、気まずい。)


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