14.春が来て
無事学年末試験が終わり、テスト返却もされた。結果は上々。母も納得の成績を収めることが出来た。終了式を終えれば、春休みを楽しむだけとなった。
そして、今日がその終了式。桜も大分咲き、4月に入ることには満開だろう。それを眺めながら桜の下でお弁当食べたら美味しいだろうな、と想像する。
「花見したいよね、柏木さん。」
突然隣から聞こえた声に紫央はびくり、と肩を震わせる。登校途中で声をかけられるとは思わなかった。
「本当に神出鬼没ね、高槻。」
七瀬の登場に驚かされるのは何度目だろうか、驚きに鼓動を早める胸に手を当て、深々とため息をつく。そんなこととはいざ知らず、七瀬は人懐っこい笑顔で、おはよう、と言ってくる。あんまり嬉しそうな彼に毒気を抜かれ、紫央も素直におはよう、と返す。
「嬉しそうね、高槻。」
「明日から春休みだからね。」
「その前に成績表返ってくるけど大丈夫?」
「……………。花見したいね。」
長い間の後に七瀬は白々しい笑顔でそう言った。春休みにばかり意識が行っていて、完全に成績表のことは忘れていたらしい。七瀬らしいといえばらしい。サボりの常習犯の七瀬のことだ、成績はあまりよくないのだろう。可哀そうなのでこれ以上突っ込むことはせず、紫央はそうだね、とだけ答える。
「すっごい、可哀そうなものを見るように俺を見たよね。」
「…………………。………気のせいじゃないかな。」
「間が長いよ。」
肯定しているようなもんじゃんか、と唇を尖らせて拗ねる七瀬に紫央はあはは、と声を上げて笑う。まるで幼い子どものようだ。
「でも、お花見したいと思ったのは本当だよ。桜の下でお弁当食べたら美味しいだろうね。」
「食い気!?柏木さんって意外と食いしん坊。」
「何それ。お花見といえばお弁当でしょ?」
三段くらいの重箱でさ、と話せば、どんだけ食うだよ、と笑って突っ込まれた。あくまで想像なので、本当に重箱で食べようとは紫央だって思っていない。けれど、大きな弁当箱を友達と突き合うのは楽しいかもしれない。
「じゃあ、柏木さんも一緒に花見する?」
「高槻と?嫌だよ。」
「即答!………円華もいるよ。」
「じゃあ行く。」
円華の名前を聞いて即返事を変えれば、本当に円華のこと好きだね、と七瀬が呆れたように言う。もちろん円華は大好きだが、七瀬と一緒に花見をしている所を同級生に見つかったら面倒だと感じたのだ。しかし、円華もいれば大丈夫だろう、と判断しての結論だった。
「あ、でも邪魔かな。」
「何が?」
「だって、高槻と円華の2人でのお花見だったら私邪魔でしょう?」
円華が七瀬を好きだと知っている紫央としては至極当然のことを言ったまでなのだが、七瀬は目を見開いて驚いていた。何かおかしなことを言っただろうか、と紫央が首を傾げると、そっか、柏木さんは知ってるんだ、と七瀬が苦笑いを浮かべる。
「知ってるって、何を?」
「円華が俺を好きなこと。」
表情を変えることなく言ってのける七瀬に紫央は少なからず驚く。七瀬のことだ、円華の気持ちを知っていたとしてもおかしくない。けれど、あまりにもあっさりしすぎている気がした。好意を寄せられているのに、まるで他人事のようだ。
「円華が、自分は高槻の一番にはなれないって言ってた。」
「うん。」
「高槻の一番は別の人のものだからって。」
「うん、そうだよ。」
揺らぐことのない、真っ直ぐな瞳で告げられる答えに何故か胸が痛む。
「やっぱり、お花見には行かない。」
「円華に気を遣ってるの?」
優しいね、柏木さんは、そう言って笑う七瀬の口調はこちらを嘲笑うかのようで、唇を噛みしめる。
「でも残念。花見は俺と円華だけじゃないんだよ。」
「え?」
「俺の兄貴とー、その婚約者も一緒。俺達幼なじみだから。」
初耳だった話に俯けていた顔を上げ、七瀬を見る。口元には笑みが浮かんでいるのに、その瞳は何処か遠くを見ていて、空虚だった。そんな表情を初めて見て、紫央は目を瞠る。何故彼がそんな表情を浮かべるのかわからない。それでも彼を繋ぎ止めたくて必死に言葉を探す。
「幼なじみ?」
「そう。俺と、円華、兄貴とその婚約者。………もうすぐ結婚するんだ。」
浮かべられた笑顔は穏やかで、悲しくて。あの時と同じだと思った。
夕暮れの図書室で紫央は七瀬に聞いたことがある。今でもその人が好きかと。七瀬は好きだと答えた。瞳を悲しげに揺らしながら、穏やかな表情で。
ひとつの仮定が組み立てられる。でも、もしそれが当たっていたら、悲しすぎる。
彼の好きな人が、彼の兄の婚約者なんじゃないかなんて。