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13.大きくなる存在

 「え!?お兄さん、結局出て行っちゃうの!?」


穏やかな昼時の中庭に円華の驚きに満ちた声が響く。


「住み込みで働くんだって。」

「でも、折角仲直りしたのに……。」


しゅん、とまるで自分のことのように落ち込む円華に紫央は眉尻を下げて笑う。困ったような笑みを浮かべている紫央に円華の反対隣りに座っていた七瀬が心配そうにこちらを覗きこむ。


「まだ何かあるの?」

「う~ん……。あると言えばあるし、ないと言えばない。」


曖昧な紫央の言葉に七瀬も円華も首を捻る。けれど紫央が浮かべるのは困ったような、けれど嬉しそうな笑みだから、悪いことではないのだろう。


「やっぱり、みんな大人だから、頑固なんだよ。」


 家族それぞれ、2年間の間に抱え込んできた物があるわけで、例え家族でもそれを一夜でなしにできるわけじゃない。だから、昔のように笑い合った家族に戻るのはきっと、とても難しい。それでも、向き合うことができたから、2年間止まっていた家族の時間は動き出す。そのための第一歩を兄は踏み出すのだ。


「お兄ちゃんは、まず自分の足で立つんだって。過去に縋るんじゃなくて、今の自分に出来ることを見つけるんだって言ってた。」

「寂しくない?」

「寂しいよ。でも、お兄ちゃんが後ろ暗い気持ちで出て行く訳じゃないから、応援してあげたいの。」


そう言って笑う紫央はやっぱり寂しそうだけれど、それでも穏やかな笑みを浮かべていた。以前のように悲しみを内包した切ない笑みではない。そのことに七瀬は密かに安堵し、紫央の頭を髪をかき乱すように撫でた。


「わゎ!?」


七瀬の突然の行動に紫央は驚き、抗議をしようと彼の方を向く。だが七瀬があんまり優しく微笑んでいるから、喉元まで出かかった抗議の言葉を飲み込む。

 そんな2人の様子に円華が驚きに目を瞬かせる。


「七瀬、随分紫央に懐かれたね~。」

「これ懐いてくれたの?」

「うん。紫央が珍しく大人しいもん。」

「2人して私を珍獣のように言うのやめてくれる?」


 そんな他愛もないことに怒って、笑って。以前は煩わしかったそんなやり取りを楽しいと感じている自分が紫央は嫌いじゃなかった。


◆   ◆   ◆   ◆


 「最近、七瀬と仲がいいのね、委員長。」


それでもやっぱり女子同士のいざこざは面倒だな、と紫央は目の前で作り笑いを浮かべている水口京子を見て思った。

 昼食を終えて教室に戻ってきた紫央を待っていたかのように席までやってきた京子にご苦労なことで、とため息が出る。そんなに七瀬と仲良くなりたいのなら、自分の所などに来ず、七瀬の所に行けばいいのに、と内心思いながら、そんなことないよ、と京子の言葉を笑顔で否定する。


「まあ、七瀬は誰にでも優しいから、クラスで浮いてる委員長のことを気にかけたんじゃないかしら。」


にこやかに話しながら嫌味を言ってくる辺りが本当に面倒だ、と思う。牽制のつもりなのだろうが、生憎そんなほんのりした嫌味で傷つくような精神は持ち合わせていない。

 そもそも、七瀬はクラスで浮いている人に気を遣うようなタイプの人間だろうか、と教室後方の自分の席でお昼寝タイムに入った七瀬を横目で見る。

 絶対、違うだろう。そんな優しさを持っていたら、今の自分の状況を見て助けてくれる優しさがあると思う。何故七瀬の所為で自分がこんな無駄な時間を取られなければいけないのだろう、と紫央は隠すことなくため息を吐く。


「水口さん。そんなに七瀬が好きなら一緒にいたら?邪魔しないから。」


だから私の残り少ない休み時間を邪魔しないでくれ、と言外に込めながら微笑めば、嫌味が全く効いていないことに対してか、京子は不快そうに顔を歪めた。


(美人の不機嫌って迫力~。)


呑気に思って京子の顔を見ていれば、ふん、と鼻息荒く京子は背を向けて七瀬の方へ行ってしまった。ようやく嵐は去ってくれたらしい。

 弁当を鞄にしまい、代わりに本を取り出す。栞を辿って続きのページを開く。読み始めようとして、ふいに浮かぶのは先ほどの京子の言葉。

 確かに七瀬との関わりが増えたのは事実だ。クラス委員などやっているせいで何だかんだ七瀬と無関係の生活は送れていなかったが、関わりたくないと思っていただけに極力接触のないように過ごしてきたつもりだった。それが最近では昼食はほとんど円華も含めた3人で食べているし、共に帰宅組のためか用事がなければ一緒に帰ることもある。紫央から声をかけることもあるし、七瀬から声をかけてくることもある。随分、共に過ごす時間が増えた。

 全ては、七瀬が夕暮れの教室で涙する所を目撃してから。

 過ごす時間は増えたけれど、紫央は未だ、七瀬の涙の理由を知らない。何があったのか、知りたくないと言ったら嘘だ。

 七瀬のおかげで、紫央は変わることが出来た。問題は山積みだけど、七瀬が紫央を紫央として認めてくれて、心に寄り添ってくれたから、自分の中に余裕が出来た。出来ることなら、七瀬の力になりたいと思う。でも……。

 授業のチャイムが鳴り、紫央は一度思考を中断する。午後の授業が始まり、意識をそちらに集中させる。けれど、やはり何処かで七瀬のことを考えていて、そんな自分に呆れたようにため息を吐く。

 七瀬が何かに悩んでいるなら、力になりたいと思う。でも、理由を尋ねたら七瀬は眉尻を下げて、困った顔で笑うのだろう。そんな優しい拒絶を受けたくはない。

 何より、知ってしまったら今のままではいられない気がして、怖かった。


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