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12.家族で踏み出す一歩

 家の中は静かで、紫央の玄関のドアを開けた音がやけに響いた。

 父の圭一はともかく、紫も圭太も今の時間であれば家にいるはずだ。だというのに、家からは物音がしない。リビングからも明かりが漏れていない。

 嫌な予感が胸に過り、このまままだ外にいてくれているだろう七瀬達の元へ駆け戻りたい衝動にかられる。それを両手を握りしめることで抑え、ゆっくりと進んでいく。リビングの扉を開け、中に踏み込む。やはり電気はついていなくて、けれど人の気配は感じた。

 手探りでスイッチを探し、明かりをつける。リビングの中央で座りこんでいる紫とソファに座って頭を抱え込んでいる圭一の姿があった。


「……お兄ちゃん、は?」

「ここ。」


背後から声が聞こえて振り返ると疲れ切った表情を浮かべた圭太が大きなボストンバッグを片手に立っていた。どう考えても少し出かけてくるといった格好ではない。


「どこ、行くの?」

「出て行くんだよ。俺がいると父さんにも母さんにも紫央にも迷惑をかけるからね。」


弱々しく笑みを浮かべた圭太は紫央の頭をぽんぽん、と撫でる。その手が後頭部に周り、引き寄せられた。そのまま紫央は圭太の胸に顔を埋める。


「ごめんな。……ごめん。」


(どうして、お兄ちゃんが謝るの?どうして、お父さんもお母さんも止めようとしないの?……どうして!?)


紫央は勢いよく圭太を突き飛ばした。


「な、んで、お兄ちゃんがあたしに謝るの!?どう、して、お、お兄ちゃんが責められて…!何で!出て行くの!?」

「し、お……。」


自分を突き飛ばした妹の瞳に涙が浮かび、零れ落ちる。涙を流す紫央を見るのは何年ぶりかと、驚いている一方でやけに冷静な自分が言っていた。

 圭太を睨むようにして叫んだ紫央は今度はリビングで塞ぎこんでいる両親に向けられる。2人も紫央の泣き叫ぶ声に驚きの表情を浮かべていた。


「な、んで止めないのよ!自分の息子が、出て行こう、としてるのに!何で、ただ見てるのよ!」

「紫央、お前……。」

「わ、私が、おに、ちゃんに、怪我、させたのに……!全部、私……、悪いのに……!!」

「紫央、もういいから。紫央。」


子供のように泣きじゃくり、私が悪いのだと言う紫央の腕を掴み引き寄せ、抱きしめた。紫央は大きな腕の中で首を横に振り、抜け出そうとする。抱きしめられる資格などないのだと、慰められる資格などない、というように。


「わたし、が……、事故にあえばよかった……!!」


そう叫んだ瞬間、圭太ではない別の人の手が紫央の腕を掴んだ。引っ張られたと感じたのと頬に衝撃を受けたのは同時だった。


「二度とそんなこと言わないで!」

「おかあ、さん……。」


鈍い痛みを訴える頬に手を当て、呆然と目の前で涙を浮かべながら震える母を見つめた。

 紫央の頬を叩いたのは紫だった。


「ごめんね。」


紫は紫央を抱きしめた。ごめんね、と何度も言いながら、強く、強く抱きしめた。


「ごめんね。そんな風に、私たちが思わせてたんだね。ごめんね、紫央。ごめんね……。」


お母さん、お母さん、と子どものように何度も母を呼びながら紫に縋るようにして泣いた。泣き声を上げて自分に縋る娘を抱きしめながら、紫は圭太に手を伸ばした。その頬に優しく触れ、ごめんね、と涙を流す。


「ちゃんと、向き合ってあげられなくて、ごめんね。誰よりも、圭太がつらかったはずなのに。強がらせてごめんね。」


頬を撫でる母のぬくもりに圭太の瞳からも一筋、涙が流れる。それを隠すように圭太は肩腕で目元を覆った。


「母さんと、父さんの期待に応えられなくて、ごめん。ごめんなさい……。」

「違うよ、圭太。圭太はちゃんと、父さんと母さんの期待に応えてくれてた。いつだって精一杯。自慢の息子だわ。……ねぇ、あなた。」


紫の言葉に紫央と圭太が顔を上げると、いつの間にかすぐ傍に父が立っていた。圭一は圭太の頭に手を伸ばすと、自分よりも随分と大きくなった息子の頭を少々乱暴に撫でた。


「自慢の息子だよ。そして、自慢の娘だ。」


少し潤んだ瞳を細め、穏やかな笑みを浮かべた圭一が紫央にも手を伸ばし、優しく撫でた。


「本当は、こう言うべきだったんだ。……生きててくれて、ありがとう。」

「……うん。」


流れる涙は止まることなく、でもみんな何処かほっとした顔をしていた。


◆   ◆   ◆   ◆


 玄関のドアを開けると、壁に持たれるようにして立っている人物を発見した。この寒空の下、ずっと此処にいてくれたらしい。


「円華は?」


声をかけると、びくり、と肩が震え、勢いよくこちらを振り向いた。寒さのせいで頬も鼻も赤くなっている。明日風邪を引かなければいいのだが、と心配になった。


「腫れてる!!」

「腫れてるだろうね、全体的に。」


あれだけ泣いたのだ、目は確実に腫れてると思うし、母に結構思い切り叩かれて、頬も腫れてることだろう。


「で、円華は?」

「寒いし、暗くなるから帰した。」

「そう。あとで電話しよう。」

「あの、さ……。」


言い辛そうに口籠る七瀬に紫央は瞳を細め、口元を緩める。


「全部吐き出したよ。ちゃんとみんなで話した。」

「じゃあ!」

「2年分あるからね。そう簡単にはわだかまりは解決しないよ。」

「そっか……。」


まるで自分のことのように一喜一憂する七瀬に紫央は苦笑いを浮かべる。でもその心は温かい気持ちが溢れていた。


「これから、色んなことを話すよ。」

「え?」

「この2年間思ってきたことも、これからのことも。たくさん話して、喧嘩して、笑うよ。……家族だから。」


ふわり、と淡い微笑みを浮かべて幸せそうに紫央は言う。それは初めて見る紫央の心からの笑顔だった。

 七瀬に歩み寄り、紫央は冷えきった両手を包む。紫央の体温などあっという間に奪ってしまいそうなその冷たい手をぎゅっと握る。


「ありがとう。……ありがとう、高槻。私を、ここまで連れて来てくれて。味方でいてくれて、ありがとう。」


微笑めば、七瀬は少し戸惑った様子を見せた後、笑みを返してくれた。そして、何かを飲み込むようにこくりと頷くと、ただ一言言った。


「頑張ったね。」


優しい微笑みと共に言われた優しい言葉に紫央は目を見開き、泣き笑いのような笑顔を向けた。


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