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10.真夏の悲劇

すみません、久しぶりの投稿です。

 心の何処かで、期待していた。家族が元通りになることを。けれどそれはきっと、ひとりよがりな考えだったのだろう。


◆   ◆   ◆   ◆


 図書室にいながら、本を読むことも勉強をすることもせず、紫央はただ窓の向こうに広がる夕陽を眺めていた。けれどその瞳には何も映ることはなく、頭の中は昨夜の兄の言葉で一杯だった。

 圭太が出ていけば、家族の修復は絶望的だろう。もう、あの頃のように笑って食事をとることも、みんなで出かけることもない。それを悲しむことすら、もうしてはいけないのかもしれない。

 心の中に色々な思いが渦巻いて、暴れ出しそうだった。それを押さえつけるように、紫央は掌を強く握り込む。これ以上もう何も考えたくなくて、紫央はテーブルに突っ伏した。顔を横にして、再び窓の向こうを見つめる。いつもとかわらないはずの夕陽が今日は、何だか少し寂しい色をしている。そんなことを思いながら紫央はゆっくりと瞼を閉じた。

 それからどれくらの時間が経っただろう。隣に人が座る気配がして、ふと意識が浮上する。なんだか温かいものに包まれているような気がして、紫央はゆっくりと顔を上げた。


「あ、起きた?」


目の前には見知った顔。肩にかかるのは、彼のコート。どうして七瀬がここにいるのかわからず、紫央は何度も目を瞬かせ、それが現実かを確認する。


「柏木さん、寝ぼけてる?」

「高槻?」

「そうだよ。……やっぱり寝ぼけてる?」


再度問いかけられ、紫央はふるふる、と首を横に振る。それでもまだきょとん、としている紫央に七瀬は小さな笑い声を零しながら読んでいた本を閉じた。

 紫央が知っている頃よりも夕陽は沈みかけ、辺りは薄暗くなっている。どうやら自分は眠ってしまったらしい、と理解して、再び首を傾げる。


「どうして高槻がここにいるの?」

「そりゃ、柏木さんを捜していたからね。」


私を?紫央は自分を指差しながら首を傾げる。そのあどけない仕草に微笑みながら七瀬は頷く。そう、君だよ。そう言って紫央を指差す。


「えっと、何か用事だった?」

「ううん。様子がおかしかったから捜していただけ。」

「おかしかった?」

「うん。今日ずっと、泣きそうな顔をしていた。」


紫央は目を瞬かせ、困ったように眉尻を下げて微笑んだ。どうして、彼にはわかってしまうんだろう。

 今日1日、いつも以上に気を張って、いつも通りを心がけた。円華だって気付かなかったというのに、何故七瀬にはわかってしまうのだろうか。


「私ね、3つ上の兄がいるの。」


ぽつり、と紫央が呟くように話し始めた。


「お兄ちゃんは高校の時、期待のサッカー選手、なんて騒がれていて、家族のヒーローだったの。お母さんもお父さんもお兄ちゃんの将来にすごく期待してた。何の取り柄もなくて、両親に見向きもされなかった私には、それが少し、羨ましかった。」


両親の期待を一身に背負うというのがどれほどの重圧だったか、その頃の紫央はわかっていなかった。だから兄を妬ましく思うこともあった。


「でもそれ以上にサッカーをして楽しそうに笑うお兄ちゃんの姿が大好きだった。」


ボールを蹴る圭太はいつも楽しそうで、そんな圭太を見ているのが紫央好きだった。そんな圭太の姿を家族で見守ったり、時々蹴り方を教えてもらったり、ボールを蹴る圭太の姿を絵に描いたり。毎日が、本当に楽しかった。


「けど、2年前の夏の日、全てが壊れてしまったの。お兄ちゃんは、試合に向かう途中、車に轢かれたの。」


 車に轢かれ、おもちゃのように跳ねあがり、地面に叩きつけられた兄の体。尻もちを着いてそれをただ茫然と見ていた自分。今でも、鮮明に覚えている。

 圭太は試合に出ることは叶わなかった。けれどそれ以上に残酷な現実が待っていた。


「お兄ちゃんは、二度とサッカーの出来ない体になってしまったの。」


日常生活に問題はない。不幸中の幸いだ、と医者は言った。サッカーが兄にとってどれだけ大切なものか知りもせず、そう言ったのだ。


「お兄ちゃんは暫く、死人のようだった。それから少しずつ部屋から出てくるようになったけど、顔は死んでるみたいだった。」


話しかければ笑いかけてくれる。優しくしてくれる。けれど、全部以前とは違う。以前のようにはならない。両親も圭太を叱咤激励したが、それは圭太を追い詰めるばかりだった。そうやって少しずつ、家族は壊れていった。


「全部、私の所為……。」

「何で、柏木さんのせいなの?事故だったんじゃないの?」

「お兄ちゃんは、私を庇って轢かれたの……。」


俯いていた顔が上がる。紫央は瞳一杯に涙を溜めていた。それを零さないように、唇を噛みしめる。


◆   ◆   ◆   ◆


 あの日。紫央は圭太が忘れて行った弁当箱を届けるために彼を追いかけていた。そして、交差点の前で圭太の姿を見つけた。


「お兄ちゃん!」


呼びかければ、圭太は驚いたように振り返った。忘れ物、と弁当箱を掲げて見せれば、圭太は自分の鞄の中を確認して慌てて駆け寄ってきた。紫央も交差点に足を踏み入れた。そこに、車が突っ込んできたのだ。


「っ!!」


恐怖に体が硬直し、襲い来るだろう衝撃を覚悟して目を瞑った。しかし、やってきた衝撃は想像より小さく、驚きに目を開ければ、圭太の体が宙に浮いている所だった。紫央はただ尻もちをついているだけだった。圭太が、紫央を突き飛ばし、代わりに轢かれたのだ。

 あの日。圭太は夢も生きがいも一気に失い。両親は自慢の息子を失った。


 「私が、壊した……!!」


兄の心からの笑顔。家族思いだった父。優しい母。笑い合った家族。その全てを壊したのだ……。


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