01.委員長と問題児
真冬の中にも比較的暖かな日というのはあるもので、そんな日は裏庭で日向ぼっこをしながらお弁当を食べるのが柏木紫央の楽しみのひとつだった。自分で作ったお手製のお弁当をつつきながら紫央は平穏な一時を満喫するのだった。
しかし、平穏というのは総じてとても脆いものである。
「紫央~、先生が呼んでるよ~。」
大好物の唐揚げを口に運ぼうとした所で友達の草津円華から声がかかった。2階の廊下の窓から呼ばれ、不愉快そうに円華を見上げる。この平穏を壊したのも、担任からの呼び出しの原因も円華ではないのだがどうしたってこれから起きる面倒事への嫌悪感が表情に出てしまう。そんな紫央に円華も苦笑するしかない。
「今すぐ?」
「今すぐ。きっと七瀬を探せ、だと思うよ。」
円華の口から出た“七瀬”という名前に紫央は自身の予想が的中したことを悟り、自然ため息が出る。
「高槻のことなら私より他の女子の方が知っていると思うんだけど。」
「頼りにされてるってことじゃない。」
その頼られ方は嬉しくない。そう文句を言いたいのを我慢して唐揚げを口に放り込むと手早く弁当を片付ける。
「円華。これ鞄に仕舞っておいて。」
「え?わっ!」
突然跳んできた弁当箱に驚きつつ円華はなんとかそれを受け止める。
普段は品行方正を絵にかいたような人物の紫央だがその実態は結構ガサツである。そうでなければ弁当箱を中庭から2階にいる円華に弁当箱を投げたりはしないだろう。
円華が弁当箱を受け取るのを見届けると紫央は校内へと戻り、担任のいる職員室へと入室する。
「先生、何か用事ですか?」
「ああ。高槻を探して職員室に来るように言ってくれるか?」
「……はい。」
やっぱり、とため息を吐きたいのを我慢する。そして礼儀を欠かぬように職員室を後にしてまずは自分のクラスに向かう。教室にはいないだろうが誰かが居場所を知っている可能性が高いからだ。
教室に入ってすぐ、彼の居場所を知っていそうな女子生徒を見つけ声をかける。
「水口さん。」
黒くて長いストレートヘアが印象的な水口京子はこのクラス内では一番彼と仲が良い。さらに他のクラスに顔が効く。そのため情報収集には打ってつけの人物なのだ。
「何、委員長?」
「高槻くんがどこにいるか知っている?」
「七瀬?そう言えば3限が終わってから見てないわね。」
当てが外れたようだ、と紫央は困ったように眉を下げた。まあ、実際困っているのだが。早く彼を見つけなければ貴重な昼休みが終わってしまう。そんな紫央の様子を見て京子はにこり、と微笑んだ。
「大丈夫だよ、委員長。大抵、七瀬は屋上にいるよ。」
「ありがとう。行ってみる。」
「にしても、七瀬のお守とは、委員長も大変だね。」
本気で同情した目を向ける京子に紫央は苦笑いを浮かべる。もう一度京子にお礼を言って紫央は教室を出た。向かうは屋上。
他の教室よりもやや重さのある扉を開けるとそこに探し人はいた。
高槻七瀬。紫央のクラスメイトで学年内でも指折りの問題児。喧嘩などの騒ぎを起こすわけではないが遅刻・欠課・無断早退の常習者で女子にもだらしなく、噂では既に五股していると聞く。いつもやりたい放題やっている紫央の大嫌いな相手だ。担任から捜して来いと言われなければ関わりたくもない。
「高槻くん。先生が呼んでるよ。」
にっこり、効果音がつきそうな笑顔でそう言えば、七瀬は振り返り同じくにっこりと笑った。
「何?」
「さあ?用件は先生に聞いてくれる?」
どうでもいいけどさっさと行け。言外にそう込めて言うが七瀬は素知らぬ顔で、その視線を再び空へと向けた。
「人の話し聞いてる?」
「聞いてるよ~。でもさ、お説教聞くくらいなら空眺めてた方がいいじゃん?」
「私も高槻くんと同じ空間にいるより中庭で本読んでいた方がいいな。」
「……委員長ってさ、俺に対して冷たいよね。」
「気のせいじゃないかな。どうでもいいけど、早く職員室行ってくれる?私の貴重な昼休み潰さないで。」
扉の側の壁に背を預け、腕を組んで睨みつければ、降参、とばかりに七瀬は両手を上げてこちらに歩いてきた。そして扉の前で立ち止まるとその横に立つ紫央に視線を向けた。
「委員長ってさ、嘘つきだよね。」
「嘘?どこら辺が?」
「ん~、周りに対する態度。俺相手にしている時の方が本性っぽい。」
「ご想像にお任せします。それより、早く行って。」
もうひと睨みしてやれば、彼は、はーい、と間の抜けた返事をして屋上を出た。紫央もそれに続く。職員室に行くのを見届けるまでが紫央の仕事である。
何がそんなに楽しいのか、鼻歌交じりに先を歩く七瀬に紫央はため息を吐きたくなる。教室を通りかかった際に見えた時計は間もなく昼休みが終わることを告げていた。そして、七瀬を職員室に送り届けた時、無情にも昼休み終了のチャイムが響き渡ったのだった。
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