『アットホームしすたー』 1
月曜日 午前八時半
「ん……」
朝日が完全に昇り、高校生では遅刻になる時間に僕は起床した。
学校がある日では焦って布団から跳ね起きていたであろう。 春休みに入り、終盤に近づいたころになると、時間の感覚が大きくに狂ってしまったかも。
「気が抜けちゃってるかな……」
そう考え、とりあえず起きようと身体を起き上がらせたときだった。
「……ん?」
なにか違和感。脇腹あたりに……まさか。
予感がした僕は布団をめくった。
「…zzz」
子猫のように身体を丸めて眠る幼女が一人。
いつの間に僕の寝室へ潜り込んだのだろうか。
「……んー……」
めくられた布団によって、当たらなかった朝日が入り込み、彼女は目を覚ます。
「おはよう、さき」
「んあーおふぁよー」
どうやらまだ覚醒にはいたってないようで。
まぶたをこすり、おおきなあくびまでこぼすさき。
さきはたまに寝つけが悪いときがあるらしく、その時はいつも僕のベッドにもぐりこんでくる。
最初は繭やデス子さんの部屋に行った方がいいと諭したりしたが、まったく効果がでなかったので、もう諦めている。
「んー……えい」
身体を密着させてくるさき。
「あの……そろそろ起きたいんだけど……」
「だめー」
「だめですか」
「うん、もっとぎゅーっとさせてー」
「……」
これは犯罪的な可愛さだ・。
寝ぼけているときのさきは甘えん坊で子供らしい行動をとってくる。
この可愛さには抵抗なんてできるわけがない。
「しかたないなぁ、もうちょっとだけだよ」
「えへ~」
甘えん坊状態のさきにはどうにも逆らえない。
年の離れた妹がいたらこんな感じなのだろうか。
デス子さんにはまた甘やかしてるっていわれるかも。
「妹、か」
「んー?」
そういえば、僕には妹ができたんだった。しかも昨日のことだ。
長い前髪で顔半分が隠れてしまって、ちょっと会話下手な女の子。
たしか、種族が獏とか言ってたっけ。
獏といえば、悪い夢を食べて、収入を得るという、一風変わった人達である。
夢食い(ゆめくい)は立派な職業として、店舗を出している街もあるとか。
そんな彼女がどうして僕の妹として、楠元の姓を得ることになったのだろう。
気にはなるけど、軽々しく聞けることではない。
そのうち親から説明されるだろう。
「どうしたの、たつみ?」
僕が考え込んでいると、さきは密着させてくるのをやめ、顔を近づけてくる。
「ん、なんでもないよ」
僕の妹、夢姫菜のことはまだほとんど知らない。
彼女のことをもっと知ってからでいい。
そう思うことにした。
コンコン
「・・・・・・ん?」
ドアのノックが聞こえる、誰かが起こしにきたのかな。
「お、おはようございます。 起きていますか?」
この声は夢姫菜だ。 どうやら起こしに来てくれたらしい。
「起きてるよー」
「あ、よ、よかった。 じゃあ入ってもよろしいですか?」
「いいよー・・・・・・あ」
しまったー! これはきっと勘違いされる!
繭とデス子さんはいつものこととわかってるから気にしないでくれるけど、夢姫菜は……まずい。
「あ! ちょ、ちょっと待って!」
僕の叫びもむなしく、部屋のドアは開けられた。
「し、失礼しますね、おにいちゃ……ん」
終わった。
タイミングも最悪で、さきが僕の顔を見つめている状態だった訳で。
「……」
「……」
少しの沈黙。
夢姫菜にはどうみえているのだろう。
幼女といかがわしいことをしている鬼畜野郎、とかだったら洒落にならない。 兄になったばかりというのに一日にしてその尊厳が消滅してしまうかもしれない。
「あ、これは……ね」
「お、お兄ちゃん」
「は、はい!」
「ご、ごめんなさい」
「……え?」
なんか謝られたー!
謝るのはこっちじゃないの!?
「わ、私……もっと年下の方が……よ、よかったです……よね……」
そうだったー! この子は想像の斜め上をいく子だー!
「いやいや! どんな発想したらそうなるの!?」
「だ、だって、ここに住んでいる人はお綺麗な方がいますし……でも、お兄ちゃんは誰ともお付き合いしてないから……も、もしかして……」
「いいえ! 僕は決してそうのうな性癖は持ち合わせておりません!!」
「あ……そう、なんですか?」
「はい!!」
「そ、そうですか……よかった……」
「ん?」
「いいい、いえ! なんでもありません!」
「そ、そっか……ん?」
「むー」
先程まで会話に入っていなかったさきが、僕の袖をつかんでむっとしている。
「どうしたの、さき?」
「……わからない」
どうしたのだろうか。 まだちょっと寝ぼけているのかな。
「あ、あの、もうすぐご飯できると……言ってたので、そろそろ下に……」
「あーそうだったのか、呼びに来てくれてありがとう」
「い、いえ……」
「じゃあ行こう、さき」
「……うん!」
いつものさきの笑顔だ。 やっぱりちょっと寝ぼけていたんだな。
こうして僕たちは朝食をとることにした。
今日の朝食は、デス子さんと繭の二人が担当している。 目玉焼きや焼き魚、味噌汁など、いかにも日本の朝食というものである。 形が崩れて両面焼きになっている目玉焼きはきっと繭が作ったものだろう。 デス子さんが変わって手を加えた姿が目に浮かぶ。
「そういえばさ、目玉焼きに何かけるって話題があるじゃない?」
箸を止め、ふとそんなことを言い出した繭。
「まぁ、あったねそんなのも」
「それでさ、自分がかけるものが一番美味しいって言い争うのを漫画で読んだんだけど、そこまで争うことじゃないよね」
「......きっとその作者さんには目玉焼きに情熱を注いでるんじゃない?」
あるいはネタがなかったらとか、とりあえず選択肢をつくれるとかそんな感じだったりして。
「まー、うちはみんな醤油かけるから争うまでもないもんねー。 ちなみに夢姫菜ちゃんはなにをかけるの?」
「え?......えっと......前のところではこういう食事はできなかったので......」
「......」
予想外の返答に僕たちは黙ってしまった。 ここにやって来る前の夢姫菜ってどんな生活をしていたのだろうか。
「あ......すすす、すいません! つまらない話をしてしまって......」
「い、いやいや! お前が気にすることじゃない! ......なぁ旦那?」
「そうだね! 気にすることじゃあないよ!」
「は、はい......」
それでも会話は続かない。 さっきまで楽しげな朝食は沈黙に変わってしまっていた。
話題をふった繭自身も何をいっていいかわからずうつむいている。 無言が続くなか、ただひたすら食べいるだけであったさきが救いの手を差し伸べた。
「はい、あーん」
「ほぇ......?」
目玉焼きを箸で食べやすいようにわけ、それを夢姫菜の方へ持っていくさき。
「めだまやきはね、おしょうゆがあうんだよー! ほら、あーん」
「あ、あーん......」
「おいしい?」
「......はい」
「えっへへー!」
悲しそうな表情だった夢姫菜が笑顔に戻る。 それを見て僕はほっ、と心の中で息をはいた。 他の二人も同じ気持ちだろう。
さきのナイスプレーにより、妹との初めての朝食は明るい気分で終えることができたのである。