『馬鹿』
すんでのところで自殺が止められたおかげで今日の俺はいる。昨日の俺ホントダメ人間だったなと思い返すとネガティブな方向へ方向へと思考が流されていくが、今の自分の呼吸音を聞いていると安心することができた。生きているって素晴らしい。
五月も終盤にさしかかったあたりだが、眠気と倦怠感を誘い込む独特の空気に何ら変わりはない。どちらかというとそれらの勢いが一割増しになったと思えるくらいだ。しかし。
今日の俺は一味違う。
だって、隣にいつもいるはずの人がいないんだもの。一味どころか二味も三味も違うぞ。味噌汁で喩えるなら具と出汁を抜いた状態のようなものだ。ほとんど味噌だけだな。でも本来の意味での味噌汁ってそんなもんやん? とか思えたので良しとした。
いつもはそこで俺を待っているはずの維月は、今日は見当たらなかった。立嶋の姿もそこにはなく、特に感慨を抱いたわけではなかったが強いて言うのなら朝日のせいで目が眇められた。
俺は待ち合わせ場所だった家のすぐ前にある道路反射鏡の真下で棒立ちになりながら、そこで昨日維月が言った『別れよう』の意味を実感する。維月はどんな思いでその言葉を吐いたんだろう。考えても詮無いことだが、どうしてもその疑問が付きまとってくるのだ。鬱陶しいことこの上ない。
それから、予告通りに届いた昨日のメール。内容など語るほどもなかったが、敢えて述べるとするのなら英語でホースと……、デール? いや、ディアーかな。あぁめんどくさい! とにかく『馬鹿』とだけ書いてあった。にしても俺、本当に英語ダメだな、文法とか以前に単語が危うい。
あいつとのメールはほとんどなかったと言ってもいい。まあお互い窓を開ければ顔を合わせられる距離感だったので、メールを使用する必要性がなかったのだ。
で、維月からのメールには単純明快な罵倒の二文字だけがあったわけだが、わざわざメールで伝えてくる意味もわからなかった。あいつの性格上、そういう感情的な部分では直接たたきこんでくるタイプだからだ。以前あいつが俺の家で夕飯を摂っていた時、あいつの苦手というか嫌いな食べ物である椎茸(そもそもあいつは茸が嫌い)が天ぷらに加工されて出てきたことがあったのだが、俺がそれをあいつに食わせようと頑張ったところ、俺が頑張って家じゅうを飛び回る羽目になってしまった。何があったかはその日の俺のキノコに聞けば一発だが、おそらく「吹っ飛ぶかと錯覚するほどの蹴りが炸裂した」などとは言わないだろう。トラウマというのはああいうのを指すのだなと思ったくらいである。
話が大きく逸れたので閑話休題。俺が今悩みの種としているのは以上の二つの疑問なのだということを言いたかった。
俺は呆けてここで突っ立っていても何にもならないので、通学路を歩きだす。
あいつが病気の時以外に一人で登校するだなんて、と最初のうちは思っていたが、しばらくするうちにそれも思考の深海へ沈没していった。
俺はいつもこんなものだ。
どんな現実でも受け入れて、「そういうものだ」として認識する。そうすることで精神的な健康を保ち続けている。一種の適応規制のようなものである。
維月と別れたのも、仕方がないこと。立嶋が維月の横に立つようになったのも運命的な力が働いているから。死にたかったのに思いとどまったのも神様の思し召し。俺たちが偽物だったのも、どうしようもない事象。
そういうものだ。
世界が存在しているのはなぜですか? そういうものだからです。これが答え。
この解答は、テストだったら丸を貰えるだろうか。まあおそらくバツを頂戴することになるだろう。でも、それでいい。
適当に生きていられればいい。存在の理由はそれが答えだから。
学校に到着したとき、ふとした拍子に維月の姿を探している自分がいることに呆れ半分感心半分。
でも最後には心が、生きることに贅沢を求めてんじゃねぇぞと叱咤することで体は前方を向いた。
おぼろげに記憶に巣を張るあの夢のキラキラの正体も、あいつの心情や行動の理由もこれからどうすればいいのかもまるで皆目見当がつかない。理解不能だった。
あいつを泣かせた原因がどこにあるかも、わからない。
謝ればいいのか? 今更どうやって。
知るかそんなの自分で考えろ。今やってる。
俺の中で思考がぐちゃぐちゃになって、目の奥で屋上から見上げた景色や公園の景色などが無茶苦茶なスピードで回る。目を閉じているとそいつらに酔って吐き気を催しそうだったので、極力目を開けていることに努めた。
ふと一滴だけ目から落ちたのは、きっと目が渇いたせいだろう。
♡ ♥ ♡ ♥ ♡ ♥
授業の終わりを伝えるチャイムが耳の中で管を巻くようにずっと響いていた。それに呼応して俺の体が起き上がる。どうやら寝てたみたいだ。
周囲を確認すると購買部へ向かおうとする連中や、すでに弁当を開けている奴らが教室内を混沌に導いていた。他のクラスからやってくる名前も知らない生徒達もそれに拍車を掛けている。
あ、昼休みか。じゃあ、屋上行かないと。
俺は鞄から財布を取り出して立ち上がる。維月がこちらに向かってきてい、た、ので。
あれ、そういえば別れたんだった。
維月の方も俺の急な表情の変化に気づいてか、ハッとしたような表情になって進路を別の方向に変更していた。どうやらお互いに癖は抜けないみたいだな。一カ月とはいえ、一緒に昼食を摂ることはずっと続けてきたことだから、な。
「よぅまた寝てたな不良。おら買っておいてやったぞ」
俺が横目であいつの行く先に立ちふさがる妖精さんの動きを追っていると、目の端にやや膨らんだナイロン袋が現れた。朝川だ。
「あ、あぁ、悪い、サンキュな」
「おう、今日お前どこで飯食うの? ここでだったら一緒に食おうぜ」
朝川には昨日の晩に別れたことを伝えた。親友にこういうことを伝えないのはどういうわけか悪い気がしたからこその行為だったが、行為が厚意に代わってくれるとは思いもしなかった。今の俺に朝川のような気遣いは素直にうれしい。特に普段通りに接してくれるのは有り難かった。
朝川は俺の返事も待たず、俺の前の席が空いているのをいいことにそこへ腰を下ろす。
「今日は焼きそばパンあったぞ良かったな」
「……イチゴミルクがないぞ」
「お前は糖分摂りすぎだ。自重して烏龍茶でも飲んでろ」
とか言ってる割に入っている飲み物が緑茶なんですけど。何この矛盾。しかも「おいおい焼きそばパンがないぞどういうことだ」と俺がさらなる矛盾に気づいてそう問い質すと、「『あった』と言っただけだろ、買ったとは言っていない」とか屁理屈こねやがる。
「ここの焼きそばパンは味付けが濃いから健康に悪いぞ。良かったなそんなものを食べなくて」
「入ってるものが全部メロンパンで統一してあるのは嫌がらせか?」
「俺の厚意を嫌がらせと言うのか、お前は捻くれた男だな」
「お前さっき俺に糖分摂りすぎとか言ってただろうが!」
朝川は摂りだしたサンドイッチを齧りながら高らかに笑う。それに釣られるように俺まで頬が緩むのだから笑いの魔力はすごいものだ。
しかしながらメロンパンオンリーはさすがに笑えない事態だ。今更購買部に駆け込んだところであるのはパンクズだけだろうから、俺は渋々ながらも自分の席に腰を落ち着ける。そして手つきも鈍くメロンパンを包装しているナイロンを開けて一口頬張った。んー、サクサクふわふわ。
でもこれが三つも続くとさすがに吐き気がするゾっ☆
……自分で言っておいてなんだが、ぅおえぇ……。食事中に考えるんじゃなかった。
「なあ」
「ん?」
「まだそれが三つあるんだゾっほし」
ぐわぁああっ! 追い打ちかけるんじゃねぇ! しかも俺と似た思考回路してるし! ☆までわざわざ丁寧に発音しなくてもいいんだよ! あと妙に目をぱちくりさせるな普通に異常なくらい不気味だ。
朝川は俺の苦々しい表情をどう取ったか、一笑してからナイロン袋を漁る。中から取り出したのは……、おいそれ焼きそばパンじゃねぇかどういうことだオイ。
「ほれ」
え、あ、お? 俺は突然放り投げられたのでうまくキャッチできずに、机の上にそれを落としてしまう。朝川の笑い声が少し遠くに聞こえたが、すぐに俺の鼓膜は揺れを再開した。
「どんだけ落ち込んでるかと思ってたら、案外正常に機能してるじゃん」
俺はそこでようやく朝川という男がどういう人物であったのかを思い出す。
そういえば、こいつは自分より人のことを優先してしまうタチだったのだ。普段から「自己犠牲は良くないぞ」とか説教垂れている自分が、今はひどく恥かしく思える。
しかし、俺の口から出てくるのは素直な礼ではなかった。
「おいおい、さっき『買った』とは言ってないとか言ってなかったか?」
「言っていないだけで、それが事実を裏付ける理由には成り得ない」
朝川の微笑は、立嶋と違ってひどく心強い。
昼休みが終わってから、俺は急に体調が……とか朝川に分かり切った嘘をついて保健室へ向かった。朝川は仕方ねぇなぁと俺の行動の意味を理解したうえで快諾してくれ、本当に今日はあいつに感謝の念が絶えない。
俺が保健室へ向かう理由はごく単純で、ただ単に休みたいだけだ。しかし俺は不良生徒ではないので、保健室へ行ってきますとか言いながら他の場所へふらふらすることはない。
微妙に長い廊下を歩いて、保健室まっしぐらだった。
むしろそのつもりだったのだが……。
「あ、ねえそこの君! 手伝ってっ!」
何やら逼迫した声が俺の背後から響いてきて、俺は強制的に手伝いとやらをさせられることとなった。やってきたのが保健室の職員。押しつけられたのは、ボブカットに切り揃えられた髪型が愛らしさを助長する顔なじみ。ちっこい体躯だが、維月よりも豊かな胸が人目を引くドジっ子一号だ。
「相崎……」
何があったんだ一体。ここはマンガの世界じゃないんだぞ。
「外で男子がソフトボールしててね、その流れ弾が頭の側面に直撃したんだって」
「なんでそいつらは手伝わないんですか」
「副校長のクソハゲに説教喰らってんのよっ!」
おいおいアンタ職員だろうが。副校長の河童頭にそんなことを言ってもいいのか。せめて岩崎さんヘッドと言ってやれ。
俺は溜息をつきながらも、先生に脇から支えられている相崎に近寄る。どうやって受け取ろう。背負うか、いやそれだと相崎の爆弾が俺の背中に直撃ドカンする。脇から持つか? 俺は生涯平和に生きたいから犯罪者への道は排除しておこう。じゃあ足を持って引きずる……、これもダメだ。相崎が今日何色かを知ることになってしまう。しかもそれ以前に相崎本人が不憫だ。
俺があれこれ考えを巡らせていると、保険医の先生は手際良く俺の背中に相崎を押しつけてきた。せ、背中がドカンに爆弾の直撃っ! 何言ってんだ俺! とか普段慣れない女子の体にわずかな緊張を覚えつつ、盛大にガクガクブルブルしながら歩き出した。なんだこの嫌な感じの汗。
「ところで君そろそろ授業始まるよ?」
テメェが運ばせてんだろうが。
「俺保健室で休ませてもらおうと思って来ただけですから」
「あらそれは好都合ね」
どこがだよ俺の方はこの時間帯に動いたことが間違いだとしか思えない。指が柔らかく食い込む相崎の太もも……、とか描写が止まらなくなるから一旦スリープモードしたい。生まれ変わったらパソコンにでもなろう。きっとそうしよう。
俺は先生が楽をしたいがために相崎を押しつけてきたのだと確信しながら廊下を歩き切って、目的地へとたどり着いた。汗びっしょりで背に負う相崎に不快感を与えていないかが気になる。
先生がまたも手際よく相崎を俺から引きはがし、ベッドに寝かしつけた。
「はい、ありがとー。もう帰っていいよ」
どんな人生送ったらそんなに自由奔放になれるんだろう、と一瞬真剣に考えてしまったが、すぐさま要件を思い出して保険医を睨む。
「俺休みに来たんですって言いましたよ」
「あれそうだっけ?」
人の話を聞け。
「でもこの子をここまで送れるほどだったんでしょう? もう大丈夫なんじゃない?」
「うわー、俺今すっげぇ頭痛いー。腹痛するぅ、体の節々超痛むわぁ」
「じゃあ寝てれば?」
「了解ー」
よっしゃ了解得た。というわけで俺は相崎の「隣に寝れば?」「間違いを起こさせるような発言は慎みましょう」アンタ保険医だったよなっ!? まあ、まあ、まあ。とりあえず気を取り直して、俺は相崎が寝ているベッドの隣が空いていたので、そちらの方に寝転がった。
「あ、アタシちょっと用が残ってるからぁ、間違い起こしたら責任は取った方がいいと思います」
なんで感想文口調なんだよ。しかも俺はそんなことしねぇっつうの。
適当な返事を返しながら、俺はベッドに備わっている枕に後頭部を落とす。ボフッと包容力溢れる音と目に見えない埃が舞い上がった。それをきっかけにしたように保険医が部屋の戸を閉めて駆けていく音が聞こえる。
ふぅ、やっと落ち着いたか。
休みに来たというだけで、寝に来たのではないのだが枕に後頭部を預けてベッドに寝転がっているとどうしても睡魔がやってくる。昼を過ぎたくらいの曖昧模糊とした薄暗さを内蔵した部屋には電気が点いておらず、隙あらば俺の意識を乗っ取ろうと眠気はしきりに脳を蝕んでいた。
次第に瞼が落ち始め、意識に少しずつ途切れが入る。
そして……「うわぁ! ここどこ!」
空気を読んでほしかった。
♡ ♥ ♡ ♥ ♡ ♥
昏睡状態から覚醒した相崎が飛び起きて、突然の景色の移動にあわあわと焦っていたので俺は体を起こして事情を説明してやることにした。
「おい相崎」
「うわぁ! びっくりしたぁ! 浅田さんの彼氏さん……」
「お前は男子がソフトボールしてたところを歩いてて、奴らがヘマやった球に側頭部から直撃したらしいぞ。よかったな永遠の眠りにつかなくて」
「そ、そうだったんだ」
「それから俺はもう浅田維月の彼氏じゃないから、よく覚えとけ」
「あれ、そなの?」
「わけあって別れた」
「そ、そうなんだ」
相崎が申し訳なさそうに俯く。なーんーでーだーよっ! なんでお前が落ち込む!
朝川にも心配ばっか掛けて、俺は本当にロクデナシだ。
じゃあ、どうすればいい?
答えはいつだって同じ、知るか、だ。クソ。
「あの、悪いこと聞くけど、何が原因で?」
相崎が身を乗り出して、興味本位というよりも純粋に俺たちの仲を心配しているといった風情で俺の顔を覗きこんでくる。そんなの俺だって知りたいくらいだ。
「俺が維月を泣かせた、から? でも何が原因か全然わからないんだ」
女心がわからない俺には、あいつの涙の理由を突き止めることができない。だから、こんなにも悩んでいるんだ。
……ん?
女心?
「相崎っ!」
「は、はいっ!」
「お前彼氏いるか!」
「い、いないよ!」
「じゃあ仮定だ、もしも彼氏がいるとして、言われて嫌なことって何だ?」
「え、えーと、私と一緒にいることが煩わしいとか、言われると傷つく、な」
「他には?」
「んー、私はほかの子と一緒の扱いされるのはちょっと嫌、かな」
「ふむふむ」
「言われて嫌なことじゃないけど、ずっと手を繋がなかったりとかスキンシップがないと不安になるかもしれない」
不安、ね。そうか、なるほど。そして、思いだした。
俺が言ったこと。結構ひどいこと言ったもんだ。女の子の心じゃなくても普通に傷つくレベルだ。
とりあえず言葉を紡ぐので必死だったから、そこまで気が回らなかった。
なるほど、簡単な話だったんだ。
ただの、誤解。
俺があいつに特別な感情を抱かないのは、いつも一緒にいるのが普通だったから。特別なことじゃなくて、当たり前になっていたからだ。むしろ他の、たとえば朝川とか相崎といるときの方が特別だっただけ。あいつのことを好いていない理由じゃない。
幼馴染の距離感を煩わしいと言ったのは、カップルの距離感を掴みづらいから。俺だってなんの行動もなしじゃダメだなぁと常々思っていたのだ。だからその行為を妨げる距離感が疎ましかった。どうにかしたかっただけだ。そのモヤモヤした期間がお互いに淡白だと誤解し、疑念を膨張させる成長期間になった。でも実際はお互いのことを常に気にかけていて、ずっと思い合っていたんだ。
でも口に出して言えない捻くれた俺たちは、お互いに動こうとしない毎日に飽きを感じ始めていた。
まだ行動に繋がらなかっただけで、本当のところは違っていたんだ。俺が行動しないことが、俺の維月へ寄せる思いの表れ。自分にそう言って、そうじゃない! と否定したかった。
俺が維月のことを好いていないわけがない。
真実とは全く異なることをいう『偽物』の『カップル』だっただけ。
こんなことになったのは、誤解が生じたせいだ。
やっと思いだした。俺は維月のことが好きなんだよ!
「あの、どうかした?」
相崎が突然目の色を変えた俺を心配そうに覗きこんだ。確かに、今の俺の眼は危なかっただろう。
「いや、ありがとう相崎。おかげで誤解が解けた」
いやぁ、こんな気分久しぶりだよウン。
「サンキュな!」
バシバシと相崎の頼りない背中を叩く。相崎はそれにむせてしまい、少し罪悪感が芽生えた。
「ゲホッ、ェホッ! う、うん」
相崎が大丈夫そうだったので、俺は携帯を取り出す。
確認すべきことがあった。
俺たちは『偽物』だから、単純に面と向かって本心を言わない。
俺が、維月が単刀直入にものを言う性格が、この時ばかりは仇となった。何も全部を全部口から吐き出すわけではなかったのだ。
だから。
だからアイツはきっと本心を隠している。
受信ボックスを開いて、『馬鹿』と書かれたメールを再度チェックする。
ただし、今度のチェックはただ見るだけではない。
俺は携帯のボタンの一つ、『↓』を表すそれを一度、強く押す。
そして、俺の読みが正しかったことを証明してくれた。
馬鹿の二文字は上方に一段ずれ、下が続いていることを明らかにする。
下に、スクロールできたのだ。
どんどん上へと送っていく。地底を掘り進めるように、宝物を目指して。出てくるのはマグマか、光り輝く何かか……。
下ボタンを押しまくる手が痙攣でもしたかのように騒がしい。今はそれがなんだか楽しかった。
下へ、下へ、下へ。
あいつの『本物』をサルベージするために。
俺たちの『偽物』から一つ、取り出してみよう。
やがて、最下層の文字が見えてきた。
俺の眼は血走っているのがよくわかるほど、端からキリキリと紐で締められているかのように鈍痛を発する。
答えを見つける。
維月の、本心。
『あなたのことが本当に好きでした。 ごめんなさい』
これが、あいつの本音。『本物』だけをえぐりだした財宝。
ズルイ。
あいつだけズルイ。
俺だって、まだ本心を言っていない。
俺は携帯を閉じる。ポケットに突っ込む。保健室から出る。
「ど、どこ行くの?」
心配そうな視線を崩さず、相崎が俺の後に付いてきた。
どこ行くのって? きまってるじゃないか。
「ちょっと青春してくる」