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俺の隣のアイツの隣

 なんだこの状況。


 俺はすぐさま現状を把握しようとして維月の隣に立つ立嶋を観察する。こいつは高校になって知り合ったばかりだから家は遠いはず。なのに早朝からこの場にいるということは即ち奴がストーカーだということを意味している。まあ冗談だ。おそらくな。

 俺のいぶかしむ視線に気づいてか、立嶋の表情に変化が灯る。得意げな顔だ。

「僕西側の出身だから小中と顔を合わせることはなかったけど、こっちの高校に入学してからはここも通学路の一部になったんだ。よろしくね」

 立嶋の厭味ったらしい紹介に眉根を寄せながら、俺はフンと鼻を鳴らす。なにをどうよろしくしろというんだ? 俺とお前が手を取り合って学校へ行こうとでも? ハッ、さすがコメディアンだな。笑いのとり方からして違うぜ。

 俺の住む町の構造は大きく分けて二つ、西側と東側がある。東西を分け隔てるものは特に何もないが、西側には西側の小学校や中学校があり、東側もまた然りだ。しかし高校だけは西側になく、西側で地元の高校へ行くと決めた連中は東側にある高校へ通うことになっている。

 維月の家と俺の家は隣接しているが、そこは西側から東側の高校へ通う高校生がよく使用するルートにあり、それを立嶋は利用したのだろう。

 だが、この場で維月と一緒に俺を待つ理由にはならない。

「なんか用か?」

「いや? 僕はただ浅田さんと一緒に登校しようと思い立っただけだよ」

「本人の許可は?」

「『あいつがいいならいいんじゃない?』だそうだ」

「じゃあ遠慮なく断ろう」

「わぁひどいなぁ、どうしてさ?」

「俺と維月はカップルで誰にも邪魔されたくないからだ」

「邪魔はしない程度について行くよ」

「ストーカーという渾名を付けられたくなかったら止すんだな」

「僕は君がそんなことをする人だと思っていないから」

「思っているだけだろ、先入観だけで人を決めつけない方がいいぞ。人生のいい勉強になったな」

「あ、ちょっと!」

 俺はこれ以上何か言っても、不毛なキャッチボールになるだけだと判断してさっさと歩き出す。維月が急な進行に抗議の声を上げたが、それでも俺は苛立ちからか歩を進め続けた。

 のんきな鼻歌が後方から聞こえてくる。なんだこの澄んだ鼻歌は。一種の嫌がらせか。

「あんたまた遅刻したわよ!」

「今何回目だ?」

「えぇーっと……、八回目くらい?」

「そうか、あと二回で記念すべき二桁へ突入だな。俺は頑張るよ」

「ふ・ざ・け・ん・な!」

 ぎゃあ、足を踏まれた。しかもやや早足に歩いていたから無様にもつんのめる。その様子に爽やかな笑い声が鼓膜を震わせたが、なんとかバランスを取り戻したときに地面を思い切り踏んで沸々と込み上げる感情を発散した。でも今度は足が痛い。イライラするなぁオイ。

 そんな俺の精神状態など露ほども気にかけていないらしい維月が続いて声を掛けてくる。

「もう遅刻しないで」

「わかったよ」

「本当? 一回目のときから何回も言っているけど今日でとうとう八回目なのよ?」

 ほぉ、よく覚えてるなあ。俺はそんなこと言った記憶が全くないんだが。まあこいつが覚えていることは大体あたっているから特に何も言及しないが。

「遅刻はいけないことだよ」

 鼻歌が唐突に止み、俺の神経を逆撫でする声が後ろから届いた。音の受け取り拒否をしていたため、反応をすることができない。ハハハ、これはストレスなく登校できるな。

 その後何十分か歩いた。

 校門の前まで来た時、すでに俺の額には青筋が幾本も引かれていたことを報告しておこう。

 なにせ後ろから会話に無理やり入ってるKY野郎がいるものだからな。

 俺がここまで我慢できたのは隣で無難な会話ばかりをしてくれた維月のおかげと言えよう。


 ♡ ♥ ♡ ♥ ♡ ♥


 教室に入ると、まず最初に視線が集った。

 壊すように強烈な音をたてて扉を開けたせいだろう。

「うるさい」

 平坦な調子で文句を垂れるのは維月くらいのもので、朝川はともかく他の連中は間違いなく俺を『危険物』として見ていた。……確かに俺は危険物だ。なぜなら混ぜるな危険だからな。おもに爽やか系統の奴とな!

 強く握りすぎて真っ白になっていた拳を開いて、自分の椅子を引く。そしてどっかりと座って気持ちを落ちつけようと奮闘してみた。あ、無理だわ。なんか内なる自分を覗いてみると魔王みたいな幻影が見えた。しかもやたら瘴気を放っている。

「浅田さん、今日の昼一緒にどう?」

 プチッといった感覚。でも一応理性という勇者が怒りという魔王を落ちつけてくれた。でも多分他人から見た俺は本当に瘴気を放っているように見えただろう。

 にしてもなんだあの気安い調子は! その様子だと腰から尻まで軽そうだな! あれ、それってあんまり変化ないんじゃね?

「私はあいつと食べる」

「じゃあ僕もご一緒するよ」

 握りこぶしの握力が大変なことになってきた。今なら100キロ出せる。

 お前がいるだけで空気が悪くなんだよ! 気づけ!

「おいおい大丈夫か、と一応聞いてみる」

 俺を宥めようとしてくれているのか、苦笑しながら眼が笑っていない朝川が俺の隣席に腰掛ける。勿論大丈夫なわけがないが、一応微振動する握りこぶしの親指を立てておいた。頬が引きつっているのが感じ取れるが、今は気のせいということにしておこう。俺は暴力は振るわない。

「あいつ性格悪いな」

「そうだな」

 頭に熱が集中して、熱中症にでもなったような錯覚を起こす。視界には維月と立嶋しか入ってこず、思考は生まれた瞬間に溶解液で溶かされるようにドロドロしている。視神経が痙攣したようにピクピクと節操無く、それに触発されたように俺の脚が貧乏ゆすりを開始した。ダダダダダと高速で地面をドラムに見立てて打ち鳴らし、少しでも気を紛らわせるように努力する。

 立嶋は確かに性格が悪い。俺と維月が付き合っているのを知っていて引き裂こうと目論んでいるのだ。そのための布石をここ一ヶ月間は行っていたらしく、今になって行動が伴ってきた。

 俺が維月といれば乱入し、会話だって成り立たなくする。

 なんだアイツ。最低じゃないか。

 維月が怪訝そうな顔をしている。あいつにしてみれば立嶋の行動が不思議で仕方がないのだろう。

 彼氏でも幼馴染でもないのに一生懸命に話しかけてくる立嶋は、維月の目線からものを言うと『何この人』レベルなんだと思う。だからあの体育のときから警戒を解いていないし、ずっと人間観察をするときの眼でいる。俺と初めて出会ったときの眼と一緒だ。

 なんだか、それが無性に腹立たしい。

 なんで切り捨てないんだ? いい奴かもしれないから? 何言ってんだよ、カップルの関係を揶揄するだけならともかく、引き裂こうとしてくる奴にいい奴がいるもんかってんだ。

「暴力沙汰にはならないようにな」

 朝川の気を遣った助言。わかってるよ。

 俺は機嫌が斜めどころがひん曲がっている状態で予鈴を聞いた。それを機に立嶋が維月の席から離れて自席へと向かう。俺は大きな溜息が洩れるのを我慢できなかった。

 維月をとられそうなことに焦っているわけじゃない。あいつはもともと誰かのモノじゃない。

 何が俺をこんなにイラつかせるか。理由は二つあった。

 一つは単純に、立嶋が気安く俺たちの間に割って入ってくること。俺は昔から邪魔をされるということが大嫌いなので、あいつの行動は一々俺の逆鱗に触れる。朝の会話の中に何度も参加してきやがった時、何度拳がブーストして飛んで行くのを抑えつけたかわからない。

 二つ目も複雑じゃない。

 俺はなんで動かないんだ、と自分に憤っているのだ。

 立嶋が維月に近づいているというのに、俺はまるで面倒臭いと投げ出しているかのように身動き一つすらしない。そんな俺の態度にも怒りの矛先が向けられている。

 いっそ、立嶋を殴れば少しはそれも解消されるだろう。

 でもそういった行動に、面倒臭いと素直に理由を述べて遠ざかっているのではなく、その行動になんらかの難癖をつけて言い訳しながら逃げているのが特に気に入らなかった。

 俺は言い訳する俺が嫌いだ。奪うのも、奪われるのも嫌いだ。

 嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い、大っ嫌いだ!

 シャーペンの芯が何度も飛んで行ってしまうほど強い力で何度もそう書きなぐった。机の上に何度も何度も気持ちを吐き続け、授業が始まった時には机が真っ黒になっていた。

 消しゴムで消すのも面倒だったが、なによりも消しゴムで消えないのが一番面倒だった。


 ♡ ♥ ♡ ♥ ♡ ♥


 屋上で俺と維月が食事を摂っている。実に平和だ。空にはイルカなのかシャチなのか区別がつけにくい雲が浮かんで、俺たちはそれを楽しそうに指差しながらお互いの意見を述べる。いつもなら意見の食い違いがあると言い合いに発展する俺たちだが、この時ばかりは二人ともお互いの意見を尊重したうえで自分の主張もするという謙虚な姿勢だった。

 なんだこの幸せそうな空間。え? これ俺たち? え、あ、ハハ。

 思わずニヤけてしまう自分がいる。維月はそれに気づいて何笑ってんのもう、とか笑顔で俺を突っついてきた。くすぐったくて、ニヤつきが笑顔へと進化する。

 あぁ、幸せだなぁ。

 そう思って何気なく階段の方を見てみる。

 背筋が凍りついた。

 無表情で俺たちを目線で射抜く男がいた。


「起きなさいってば!」

 

 研ぎ澄まされた刀が空を切るような鋭い声がして、俺が意識の海底へ沈没していくのをサルベージしてくれた。のそりと顔を上げるとそこには維月の腹部があり、出張っていないスレンダーで小柄な体躯に思わず見惚れてしまう。

 ……何言ってんだ俺。

 俺が寝ぼけ眼で見る世界は確かに現実で、記憶がおぼろげな夢が幻想であることを強調する。

 同時に時計を確認するともう昼の時間帯だった。

「あんた三時間目から微動だにしなかったわね」

 いつもと変わらない調子の維月が単調に俺の状態を説明する。説明を受けると確かになんとなくながらそうだったような気がする。たしか三時間目後半から意識が遠退いていったんだ。

「ほら早く昼御飯用意しなさいよ。屋上までいくわよ」

「……おう……」

 朦朧として輪郭のぼやける頭を振って覚醒を促す。しかしどうしても失敗してしまうので、俺は鞄の中から財布を取り出した。俺は基本的に購買で昼食を購入するのだ。

 俺がふらふらと左右の定まらない歩き方をしながらも教室を出ると、そこで朝川に出会った。

「お、お目覚めか。ほら、買っといてやったぞ。感謝しろ」

「うお?」

 朝川が呆れたような笑い方で俺に何やらパンを渡してきた。えぇと、タマゴカツサンドにツナサラダサンド、さらにフレッシュベジタブルサンド。全部俺の命名だがなんとなく雰囲気は掴めると思うので自分でも納得。ただ焼きそばパンがなく、すべてサンドイッチ系統だというのが不思議だ。しかも飲み物がない。まあ朝川が好意で買ってくれたのだから文句は言わな「おい待て金返せコラ」お、俺の肩ぁ! 捕まるくらいならなくなれ! 本気で怖いこと思ってしまった!

 俺がペコリとお辞儀だけして遁走しようとしていると、それを見越したように朝川の手が俺の肩に引っかかったのだ。

 俺はそこで観念し、しぶしぶながらも財布から野口英世を抜き取る。

「おつりはいらないぜ」

「いやそれ俺のセリフな」

 今度は立場が逆転した。俺がクルリと背を向ける朝川の肩をつかむ。

「うわあああああっ! 俺の肩ぁ! 捕まるくらいならなくなれ!」

「こええなオイ! おんなじこと考えんな!」

 すげぇ、俺と朝川の思考がシンクロしたとしか思えない。

 俺がわずかな感動を覚えていると、最初から計算していたのか朝川は財布からちょこっと小銭を取り出して俺の手のひらに落とした。

「ハハハ、じゃな」

「おう、サンキュな」

 朝川は満足そうに口元をゆるめて教室に入っていく。あぁ、やっぱりああいう奴が友人でいてくれると本当に助かる。精神的にも肉体的にも。

 おそらくあいつは立嶋のことでイライラしている俺のことを気遣ってくれたのだろう。あいつは中学校で出会ったころからそういう部分がある。

 俺は朝川に感謝しながら、後ろについてきていた維月を一瞥する。

「あんたと朝川のやりとりって、誰かの一人ジャンケンみたいね」

「どういう評価だよ」

 似た者同士って意味か。ドングリの背比べってか。五十歩百歩とでも言うのか。俺とあいつは似ているようで違うぞ。たとえば……、ほら、運動面とか。

 考え出すと結構時間がかかりそうだったので俺は早々に屋上に上がることにした。立嶋の動向が気になったが、今のところ付いてきている気配はないので安堵のため息をつく。

 あいつは疲れる。イラつく。

 あの爽やかな声を聞くたびに脳をぐしゃぐしゃにしたくなるくらいに激情が暴れ出し、理性を少しずつ蝕んでいく。顔を見ればたちまち殴り殺したい衝動に駆られるし、その場しのぎのような拙い笑顔を視界に入れると豚の糞でも喰らわせてやりたくなる。でも俺手を汚すのいやだな。

 思い出すだけで沸騰してくる感情をとりあえず落ち着かせながら階段を登りきって、俺と維月は屋上へとたどり着いた。

 そして俺は、先着者に愕然とする。

 いや、まあ予想はしていたけども。

「やあ、お目覚めのようだね」

 俺は手で視界を遮り、俯いて大きな溜息を吐きだした。側頭部の脈拍が加速する。

「なんで、お前がいるんだよ」

 俺が舌打ちしながら恨めしげに言うと、立嶋は爽やかな笑みに磨きをかけた。そして食事をいったん中断して俺のもとまで歩いてくる。おい、食事中に歩くな行儀悪いぞ。

「今日は浅田さんと話をしに来たんじゃないんだ」

「あ?」

 じゃあ飛びおりでもしてくれるのか?

「今日は君と話をしようと思ってね」

 ……あぁ?

 テメェ俺の表情が見えねぇわけじゃねぇだろうが。おい、しっかり俺を見てみろ。お前と暢気に恋の在り方についてとか哲学的なことについて話し合えるような穏やかな眼か? 少しは人の様子を窺って会話することを学んだ方がいいぞマジで。

 とか言いたかったが、それを言うと拳まで飛び出していきそうだったので止めておく。

 ただでさえ頭に血が上っているのに、これ以上となると理性がぶっ飛ぶ。


「浅田さんのことについての話だ。君にとっても重要だろう?」


 立嶋は愛想のない爽やかな笑みで、さらに俺を苛立たせた。


 ♡ ♥ ♡ ♥ ♡ ♥


「浅田さんと別れてくれないか?」

「お前はコメディアンに向いていると今俺のインスピレーションが告げた。よかったなー、将来は芸能人か? ひとつ言っておくが俺の名前は出すなよ恥ずかしいから。お前の友人だとか恥中の恥だ」

「僕はここ一カ月間、君と浅田さんの関係を見ていて別れることに特に感慨を持たないだろうと考えたんだ。特に君の方は浅田さんのことをまるで考えていないようだしね」

「ハハハ面白い冗談を言うなぁ、さすがだ。道化だって度がすぎると悪ふざけとして疎ましがられるから程よい加減でやめておけよ」

「浅田さんだって君みたいなちゃらんぽらんな人間と暇な時間を過ごすより、有意義に青春の瞬間を味わいたいんだ。君はそれを理解していない」

「ひとつ言っておくが維月はお笑い番組で笑ったことがないぞ。お前ごとき三流がどれだけのことをしてもあいつは笑わないだろうよ」

「君はかわいそうだな。浅田さんを笑顔にできないのは気持ちが足りないからだ。僕は偽りない気持ちだから彼女に笑顔を取り戻すことができる」

「それなんて役のセリフだ? 今言っちまうとお前が出演する映画を観るときに新鮮度が激減するぞ? 発言には気をつけるんだな」

「大体君は浅田さんと本当に交際しているのか? 僕の眼には『ただ一緒にいるだけ』のような気がするんだが。君の独りよがりじゃないのかい?」

「おいおい嫉妬はよせよ。照れるじゃねぇか」

「これが嫉妬だって? 君は心理に疎いな。そんなだから君と浅田さんの交際は淡々としているんだ」

「お前は顔に悪趣味な装飾を付けてるんだな。目玉の装飾かよ。ところでお前、本物の眼はどこに付けてるんだ? 背中とかだったら面白いな。きちんと見えていない部分にも納得がいくが」

「言わせてもらおう。君たちの関係は『偽物』だ」

「言わせてもらおう。俺たちの間柄は『本物』だ」

 むしゃくしゃする。なんだコイツ。なんで俺にこんなに食ってかかる? 俺はイラついて仕方ないぞ本当マジで。そろそろ拳の方も限界だ。

 爽やかな笑みで見下したような顔もかなり腹立たしい。

 俺たちの関係が偽物? そんなことはとうに知ってるっつの!


「偽物カップル、君は特に、浅田さんに対して特別な感情を抱いているわけじゃない」


 だから俺はイラついてんだろうが! テメェがいなくてもそれくらい自覚できてる!


「君は浅田さんのことが好きでもないのに、カップルという関係を築いた。これは女性の真摯な気持ちへの何よりの侮辱だと思わなかったのか?」


 カップルになろうが振ろうが、俺の勝手だろう! テメェがとやかく言うな!


「浅田さん、つらい言葉だろうけど、これが彼の言葉だ。『俺たちは偽物カップルだ』、ってね」


 そうだよ俺たちは『偽物カップル』で何をしたって本物のカップルにはなれない幼馴染なんてクソ煩わしい距離感背負っているからこんなに淡白なんだそんなのを一番深くから自覚してんのはほかでもない俺と維月自身でこんなカップルらしくない日常送って本物に憧れているのはお互い一緒だがどちらも行動が伴わないからいつまで経っても変化が見られなくて俺だって正直飽き飽きしていたところだし維月の態度を見ていてもそんなの分かり切っているしでもだからといって俺が何か行動する理由にはつながらなくてそれが俺が維月に対する思いの底を証明しているんだ人にわざわざ声を大にして指摘されなくても最初の最初からそんなこと分かり切っているし他人の目から見た俺たちがどんなに冷めきっているように見えるかも自覚している維月だって何も言わないながらそれを悟っているし今更それを言う必要なんて全くなかったんだなのにテメェが出てきてちょっかい出してきてその点をわざとらしく掘り返してえぐり出して維月を奪おうと躍起になってくるから『偽物』の彼氏が最後のひと踏ん張り見せてんだろうが維月のことを知ったかそうにべらべら喋りやがってその舌は二枚どころじゃ済まされないらしいな五枚くらい重なってんじゃねぇのかエセ青春野郎俺はお前みたいに恋愛とかそういう青春ぽいモノを軽んじるクソ野郎は大嫌いなんだ俺と維月の関係が嘘っぱちだと指摘したのは褒めてやるが何も褒めるところがない哀れだな何せ俺たちはもうすでに気づいているんだから指摘されるまでもないんだよあれこれ言ったの何回目だまあなんだっていいがお前だけは気に入らない!


 俺は肩で息をする状態になり、弾んだ息遣いを落ち着かせようと努める。

 そんな中、俺は自分の息遣いに混じって聞こえる小さな音が聞こえた。


 え?


「ごめん、ね、ごめん……、あんたが、そうだとは、思わなくて……、私、…、私が独りよがりだった……、ほんとに、ご、ごめ……」

 維月の声。しかしいつものようなキレはなく、今その声は湿っていた。

 俺は少しずつ冷静になりながら、冷たくなりすぎて今度は逆にフリーズしていくのが感じられる。

 

 は? え? な、んだ?

 なんで泣いてるんだ? おい。


「知ったかそうにべらべら喋ったのは君の方だ」

 黙れ立嶋。テメェには何も聞いてねぇ。


「ごめん、ほ、本当に私のことを、好きに、なってくれたんだ、って、おも、思っ……て……。ごめん、ごめん、ね……。そうだよね、わ、私みたいなのを、好きになるはず、な、いよね……」

 両手の手首あたりで涙を眼のなかに戻そうとしているかのような仕草で、なおも震えた声。それは俺を混乱へと陥れるには十分すぎて。


 俺の思考がフリーズする。

 なんで、維月が謝りながら泣いているんだ?

 こんなのあいつらしくない。もっと、どっしり構えてろよ、なあ。

 俺はあいつの涙に吐き気のようにせりあがってくる不快感を肺中に感じながら、不可解なこの状況を見渡す。

 突き放したような冷酷な眼の立嶋。

 泣きじゃくる維月。


 もしかして、俺が泣かせたのか?

 維月を?



 え?




 

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