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俺様の巨乳  作者: 閑カナ
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メッセンジャー

 気配を感じて左を見た。知らない男だ。


「この映画すきなの?おもしろいよね」


 そう言う彼の視線は、エリの顔と胸をいったりきたりしている。彼もまたEカップの犠牲者なのだ…。無視するエリにめげずに彼は話しかけ続ける。


「それすきなんだったらさ、こっちのもいいよ。ロードムービーなんだけど家族の絆の話でさ…」


 この場を離れようかと思ったとき、彼の話が止まった。顔をあげると、また別の男が立っていた。シャツが盛り上がるほどの筋肉に、格闘技でつぶれた耳。その体にふさわしく、恐ろしく鋭い目つきを向けて、エリに話しかけた。てっちゃんだ。


「決まったか」

「まだ」


 てっちゃんは彼をちらりとも見ない。それでも彼はなにかもごもご言いながら、行ってしまった。てっちゃんのいかつい顔がいらついているのがわかって、エリはこっそり微笑んだ。


 てっちゃんの選んだ古いSF映画を借りて帰る。レンタルDVD店からてっちゃんちまで、歩いて10分だ。ビールと梅酒を用意して、明かりを間接照明だけに落とし、ソファに並んで座った。間もなくエリのまぶたが下りる。


「起きろ」


 起きない。うんともすんとも言わない相手を起こすのは諦めて、てっちゃんはエリに毛布を掛けてやった。




 エリが目を覚ますとすぐ前に、うさぎのぬいぐるみがあった。


 こんなのうちにはなかったはずだ…。下がるまぶたを必死に支えてエリは考える。

(誰かの家に泊まったんだっけ…。てっちゃんがくれたんだっけ?)


 まぶたが次第に下がっていく。そのとき視界の端に窓の外が見えて、エリはすべてを思い出した。ため息をつきたいが、窓の外のおだやかな景色にはなかなか価値があった。寝惚けた顔のまま近づいて、窓を開けてやった。


「おはよう…虎」


 きのう置いてきた虎が、エリを起こしにやってきていた。窓の桟にあごをのせて、ぐるぐる言っている。ぽんぽんと撫でたあと、朝ごはん食べるから、と奥へ引っ込んだ。


 願ったとおり。てっちゃんの夢が見れた。でも大失敗だ。すごく、会いたい。抱きしめて欲しい…。

 なんとか帰る手だてを探そう。エリはきつく目をこすった。


「神使さまが?いらっしゃっているのですか?」


 狭い食堂でストレッチをしていたファルカが言った。外ですればいいものを。カナリアのいる台所からはトマトのようないい匂いがする。


「こんなところまでいらっしゃるとは…。クスノキさま、どうぞ食事は運びますから、外でお待ち下さい」

「えー…。その前に顔洗いたい。着替えたい」


 食事後すぐ眠ってしまって、服は昨日のワンピースのままくしゃくしゃだ。買ったばかりだったのに。


「水は右奥、着替えは粗末なものしかありませんがカナリアのものでご容赦下さい。今日中には届きますので」


 エリの寝ている間に注文したのだろうか。

 さて、カナリアにとってはただのシャツだろうそれはエリにとってはチュニックだ。ハーフパンツは丈は長いものの、太ももより上はぴったりの太さだった。くそぅ…。


 ファルカが小さなテーブルを外に運び出した。エリの座るすぐ横に虎が座る。虎にエリが問いかけた。


「あんたは、なに食べるの?」

 エリの問いにファルカが答えた。


「神使さまは食事などなさいません。日の光があれば十分なのだそうです。水は多少お飲みになるようです」

「…光合成みたいだね」

「?」


 光合成、というのはこちらの世界にないのだろうか。エリが説明する前に、カナリアが料理を運んできた。

「さあ、いっぱい食えよ!クスノキさま昨日晩飯食いっぱぐれたからな。食ったら体操しよう!な!」


 ああ。すっかり忘れていた。

 カナリアはずいぶんご機嫌だ。ちらりとファルカを見ると、心の底から優しげな微笑みをカナリアに向けていた。万が一、カナリアが巨乳になってしまったらどうしようとエリは思った。


 パンの朝食は食べた気のしないエリに、このボリュームはありがたい。具のごろごろ入ったトマトスープにもちもちしたナンのようなパン。昨日と同じおにぎりに、甘酸っぱいピンク色のスポンジケーキもあった。

 ファルカの言ったとおり、虎は食べ物に興味を示さない。黙々と食べるエリのそばでその様子を見守っている。その耳がぴくりと動いた。カナリアが気づいて顔をあげ、言った。


「もう来たのか。はやいなあ」

 ファルカもそちらを見やった。

「朝なら神使さまにでくわさないと思ったのでしょう。…サインでよろしいですか?」


 いつのまにかTシャツにワークパンツの、いかにも現代ふうの服装をした青年が立っていた。スニーカーに太めのタイヤの自転車。大きなメッセンジャーバッグを背負っている。日本にいてもなんの違和感もない姿だが、その顔だけが異世界人であると主張していた。黒目がちのその瞳は光の加減で濃淡を変える紫。濃い灰色に見えた髪の毛もよく見ると紫色で、ワークキャップの下でふわふわ揺れている。きゅっと上がった一重の目は無表情。アジア系美人顔だな、とエリは思った。念のため喉仏を確認して、間違いなく男であると確かめておいた。


 青年は無言でうなずく。ファルカがサインをして荷物を受け取った。


「請求は八月さんに回しておいてもらえますか」

 また青年がうなずく。

「おい、クスノキさま。あんたの服が届いたぞ。見てみなよ」


 カナリアがそう言って、届いた荷物をエリに押し付けた。さっき今日中には届くって言ってたやつか。エリはそれを押し戻す。


「買ってもらうなんて、…いいよ、悪いよ」

「いいんだよォどうせ八月が金払うんだから。くさるほど持ってんだから代わりに使ってやらないと」

 そう言われても、見知らぬ人に買ってもらうなんて余計気が引ける。


「でも…。誰なの八月って」


 カナリアが大げさに顔をしかめて見せた。

「いやみな金持ちだ」

「止めなさい、カナリア。きちんと八月さんと呼ぶように。それにクスノキさま、遠慮なさることはないのです。神使さまにまつわる出費は八月さんがすべて支払ってくださることになっていますから」


 いいのかなぁ…。困り顔のエリの、脇腹に虎が鼻をすり寄せた。顔を向けるとじっと目を合わせてくる。…まあ、いっか。わたしだって来たくて来たんじゃないんだから。こんどお礼を言いに行かなくては。


「ついでに頼まれてくれますか?この手紙を八月さんへ…?」

 見ると、青年がじっとエリを見ていた。目が合う。青年はファルカに顔を戻し、無言で手紙を受け取ってからまたエリを見た。虹彩が、藤色からワインレッドへと揺らいだ。

 一歩、こちらへ踏み出す。虎が明らかな威嚇をむけた。


(なに?)


 軽く傾けた、エリのその頭を、青年の左手が包む。急に顔が近づいたと思ったら額に軽く口唇が触れた。それから、寝かせてあった自転車を起こし、後ろを見ることなく走り去って行った。


 ファルカもカナリアも、虎さえもなにも言わずにエリを注視した。



 …はぁ?

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