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俺様の巨乳  作者: 閑カナ
11/17

夕焼けを二人で見ましょう

 いつもいつも、寝るのも起きるのもエリがはやい。てっちゃんは遅寝遅起き。だから、てっちゃんがエリを起こしてくれたことなんて一度もなかった。起こすのはいつもエリの仕事。


(だからこれは夢だ…)


 その腕の中にやさしくエリを抱きとめて、つむじにキスを降らす。


「起きろ」


 そうだ、起こしてくれるときもあった。映画を見ながら寝てしまったとき。結局起きることはできなかったんだけれど。


「起きろ」


 もうちょっと、待って…。もう起きるから。

「てっちゃん…」

 そう呟いてその胸に深くすがりついた。てっちゃんの匂いだ。すごく好き。本当に安心する。


(あれ…)



「気がつきましたか?」


 一気に目が覚めた。

(夢だってわかってたのに!)

 赤い髪、飴色の瞳。目の前にいたのはてっちゃんでなくイズだった。その胸にしっかりと、エリを抱きしめている。

(ってことは頭にキスしてきたのもこのひと!?)


「あのっ!?」


 慌てて離れようとするが、がっちりつかまえられていて離れられない。もがくエリをイズがにこにこして見ている。

 これは…危険。


「離して、もらえます?」

 刺激しないようにゆっくりと言う。

「女性の頼みなら聞いてあげたいのは山々なんですが。あなたをこんなにも近くに感じる栄誉をみすみす失うつもりはありません…美しい人よ」


 よくもまあ口が回るものだ…。悪寒に震えたエリをいっそう抱きしめる。顔をさらに近くに寄せて、ささやくように言った。


「それに危険ですから」


「えっ」


 危険なのはあんただよ!

 と思ったとき、下から吹き上げる風を感じた。驚いて振り向く。そしてそのまま、硬直して動けなくなってしまった。


「大丈夫ですよ、龍はもういませんから。親子で帰っていってしまいました。…美しいでしょう?でもあなたのほうが」


 延々しゃべるイズの言葉は耳を右から左へすりぬけた。

 エリの下にはイズのひざ。そのイズが腰掛けているのは指いっぽんで軽く折れてしまいそうな小枝だった。二人は、遥か眼下に広がる森につきでた山の、そのまた中腹からつきでた木の天辺の小枝に座っていた。

 高所恐怖症でなくてもこの高さは、というよりこの不自然なポジションはこわいだろう。エリはおもいきりイズにしがみついた。ふんわりとイズが笑う。


「愛しい人よ…そう怯えないで。見てください、美しい景色でしょう。もうじき日も沈みます。夕焼けを二人で見ましょう」

「い、や!なにをのんきな…!おっおろしてください~おりる、落ちる…!いやーっ落ちるー!」


 あくまで小声でわめきたてる。目にはうっすら涙も浮かんでいた。そんなエリを愛しげにイズが見つめる。


「あなたは本当に愛らしいかただ…夕焼けと言わず朝まで一緒に過ごしたい」

「ふざけんな!」


 にやにやと歯の浮くようなことばかり話すイズにエリが切れた。口よりはやく手が出ていた。頬を張るため勢いよく引いた手が、イズの体から離れバランスを崩す。驚いたイズの顔がスローモーションで見え、体が仰向けに落ちていくのを感じた。


(落ち―――)


 る、と思った瞬間。

 強く腰を抱きしめられて、エリは宙に浮かんでいた。驚きと恐怖に固まったままの顔を見上げると、焦りを見せるイズの顔。


「あっぶねえ…。暴れんなら場所を考えろよ、な?」


 ぽかんと口を開けたままうなずきを返す。


 エリをしっかり抱きしめて、イズは空を飛んでいた。


 鼻の触れ合う距離に、イズが顔を近づける。

「驚いたか?空飛ぶことならおれは鷲にだって負けねえんだぞ」

 にっと笑う顔がすぐそこにある。


「それで…助けてくれたの?さっき龍に飛ばされたときも…」

 イズがあからさまにしょげかえる。

「ああ…ごめんな。巻き込むつもりはなかったんだ。あいつの母ちゃんがあんなにおっかないとは思わなかったんだよ」

「…ほんとに誘拐じゃなかったの?」

「迷子を拾っただけだって!」


(…家出したのを拾ったって言ってなかったっけ?)


「それより痛いところないか?どこもぶつけてないはずだけど…」

 腰にまわされたイズの手がエリの体を遠慮なくまさぐる。思わずぎゃっと声をあげたが今度は逃げるわけには行かない。この手が離れてしまったらこのまま地面へまっさかさまだ。


「ないですないです!ないからはやくおりませんか!?」

「ええーもう…?」


 なんで不満なのだ。ナントカと煙は高いところがすきってことか。

 どうしてもとエリが突っ張る。イズは不満たらたらだった顔をふいに輝かせた。


「よし。じゃあ名前を教えてくれたらおりよう」


「楠、エリです」


 最近よく言う台詞だ。

 イズは口の中でなんどもエリ、と呼ぶ。


「エリ、エリ」

「はい」

「エリ」

「なんですかイズさん」


 イズの顔がぱぁっと輝いた。不憫なほどわかりやすい人だ。仮にも親分と呼ばれていたのに…と思って、顔が青ざめた。カナリアやファルカ、虎はどうなっただろう。


「イズさん!」

「なんだエリ!」

「ファルカやカナリアは!?」

 精一杯きりっとさせていた顔が八の字眉になった。なんなのその顔!?どういう意味!?


「カナリアさんなら心配いらない。ファルカはどうなったか知らないけど…けど…どうせカナリアさんが助けてるんだろうなー。子分どもも無事だろ、あれしきでやられてたらおれの子分はやってけないからな」

 あっさり言う…。ほんとに大丈夫なんだろうか。


「じゃああの、虎は…?」

「虎?」


 イズが一瞬いぶかしげな顔をした。考えこむような素振りを見せたあとけろっとして言った。


「まっ大丈夫だろ。ただの虎じゃないんだろ?」

「そうらしい、けど…」

「大丈夫大丈夫。万が一怪我なんかしててもファルカの野郎がすぐ治してくれるから」


 エリは頬に指先で触れた。そう。あのとき、かすり傷をファルカが治してくれたんだった。

「それならいいけど…そういえば」


「ん?」


「口調全然ちがいますね。さっきと」

「おっと…。すまない、エリ。常に女性にはやさしくあれと思ってはいるのだがいかんせん慌ててしまうと乱暴な口をきいてしまうのだよ、それもこれもあなたの仕草ひとつひとつがわたしの心をかき乱し」

「いやいいです普段のままでほんとにもう、ええ」


 そうか、と言って顔を崩したイズがおでこにキスしてくるのを、エリはなすすべもなく受け入れた。

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