ハンター!
「おいおいおいおい、大丈夫か~?ったくひどいやつだな~いたいけな動物になんてことを」
(ろうそく…?)
へびの開けた穴から現れた男を見て、エリが思ったのはそれだった。
風にあおられ逆巻く髪はオレンジがかった赤色、生成の服に包まれた身体はひょろっと長い。遠い目に見るそれは、ろうそくそっくりだった。その男ははねるように近づいてへびが気絶していることを確かめると、こちらへ顔を向けた。髪がからんで顔はよく見えない。
「どなたか存じ上げませんが、あなたに動物愛護の精神があるとは存じませんでした」
武器をナイフに持ち変えてファルカが言う。
「動物だがおれの有能な子分であるからな!しかしまあ、タイミング悪いな、お前らもいたのか。虎めがけて来たんだけど。まいっか。久しぶりだなファルカ!元気そうでなによりだ!カナリアさんも今日もまた変わらず美しい」
「軽々しく妻の名を呼ばないでいただけますか」
「なんだよー器ちっちぇえな。なんでこんなのと結婚したんだか。おれのほうが万倍いい男だぞ」
よくしゃべるな…とエリは見ていた。どうやら旧知の仲らしい。カナリアは二人のやりとりにはほぼ無関心に弓は下ろしたままだ。続いて穴から二人の男が出てきて、へびの介抱をしたり先に出てきた男にまとわりついたりしている。
「誰なの?」
「神使さまを狙うやつだ。七年ずーっとしつこいのはこいつらくらいだ」
七年も顔を合わせていたらよく知り合うのも当然だ。カナリアはファルカほどは彼らを嫌っていないようだった。
「そりゃ悪いやつらだけどさ。ファルカはあいつらが精神的に受け付けないって言ってた。あたしにはわかんないけどな」
…たぶんあの軽薄そうなとこがきらいなんだろう。すっかり緊張を解いてカナリアが話すのに、男が気付いた。目が合ってしまった。
「おやおや!本日は二人も美女がいらっしゃるとは。そう怯えることはありません、わたしは女性の味方です!カナリアさんが大輪のバラならばあなたは可憐な百合の花だ!初めましてお嬢さん、わたしの名はイズ。あなたの心にこの名を刻む栄誉を与えてくれますか?そしてどうかあなたの名を……っとぉ!邪魔すんなよファルカ!人の恋路をぉ!」
「すみません。寒気がしたもので」
投げナイフが男の頬をかすめて飛んでいった。悪びれもせずファルカが答える、どころか次のナイフを用意した。
ようやく男の顔が見えた。緩やかなパーマのかかった髪は真ん中で分けられ肩につくほどの長さ。意思の強そうな眉に少したれ気味の目、瞳は飴色。個性派俳優のような面立ちだ。その顔が期待にあふれた。
「なんだ!?ケンカするか!?いいぞ、久しぶりだから楽しみにしてたんだ!その代わりおれが勝ったら彼女の名を教えてくれ」
「ケンカですか」
その言葉にファルカの目つきが変わる。覗くとカナリアまでもが目を輝かせていた。…武闘派夫婦め。同じく目を輝かせるその男、イズに、後から現れた男二人が泣き付いた。
「勘弁してください親分!おれらだけじゃ長次さんを連れ帰れないっす!」
「むだに体力使わないではやく帰りましょう、親分」
子分らしい二人は情けないことを言っている。しかしイズは眉ひとつ動かさず、そうだなと言った。あっさりした男だな、とエリは思った。ちょっと、てっちゃんと似ている。
思い出して軽く微笑むと虎がこっちをじろりと見た。なによ。
「そうだな」
イズが言う。
「長次はあとでおれが連れて帰る。だからお前らは先に帰ってろ。おれはこれから愛の決闘だ!」
イズが警棒を取り出した。
(全然あっさりしてない!)
「親分!」
声を揃えて子分が呼ぶのにも応えず、イズは一気に距離を詰めた。最初のひと振りをファルカに軽くかわされ代わりにナイフがその身をかする。体術ならどちらも引かない。その後ろでは、子分が二人で大騒ぎだ。まさか親分を置いて帰るわけにも行かず、かと言って連れ帰るなんてもっと難しい。カナリアはというと今にも飛び出しそうにうずうずしている。行かれたら困るからね、とその背中をぎゅっとエリが掴んでいた。
そのとき。
雲が出たのかとエリは思った。
ふいに空が暗くなって、辺りを影が包む。戦いに夢中な二人以外が空を見上げた。見えたのは銀色に光る、なにか。太く太くうねって、その先に尾びれのようなものがついているのが見えた。…尾びれ?
カナリアがすぐにエンジンをかけた。
「ファルカ!」
その声にファルカが振り向き、空を仰いだ。つられてイズも動きを止める。
「……まさか…龍を、さらってきたのですか?」
「人聞きの悪いことを言うな。誘拐じゃない、家出してたところを意気投合して連れてきたんだ」
誰もその場を動けない。
まさに天をつくほど巨大な龍が、空を覆っていた。
(…あれ、へびじゃなくて龍だったの!?っていうか龍までいるの?)
現実味がなさすぎて恐怖すらわかない。なにせ龍の眼球がエリの背丈よりも大きいくらいなのだ。その大きな顔が静かに降りてきて、動かないへびの様子をじっと見つめた。
「…なんとかしてください」
「そう言われてもなー。子供を奪われた母親ってのは見境なくなるもんだし」
「やっぱり誘拐したんじゃないですか!」
「いやいや、あっちの主観の話だって」
上空の龍がすっと身を引いた。逃げられる、今のうちに――!しかし龍が口を開く。
「あっやべ」
「カナリア!逃げ――」
次の瞬間、衝撃波とでもいうべきものがすべてを襲い、気付いたときにはエリは宙を舞っていた。きりもみになるなかで、虎がこちらに足をのばしているのが見えた。
(あ、死ぬ)
それを最後に意識は途絶えた。