表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺様の巨乳  作者: 閑カナ
1/17

寝ても覚めても

 つないでいた手がほどかれて、ひとりぼっちになっていた。

 瞬きをした間に、町も人も、てっちゃんも消え失せ、今エリの眼前に広がるのは一面の野原。コンクリートの歩道に踏み出したはずのパンプスは、柔らかな土を踏んでいた。


 振り向いても野原。

「あれ…?」


 てっちゃんと、デートしてたはず。本屋に寄って、映画を見ようとして、おなかすいたからとりあえず先にお昼にしようって、歩いてたはずだ。いつもの通りを。今の今まで。

 エリはぼんやり首をひねった。


(わたし…出掛けてたんじゃなかったっけ?夢見てたのかな、まだ起きてなかった、っていうかまだ夢のなか?)


 こんなリアルな夢見たことないな。夏用のボーダーワンピースの裾を風が揺らす。風はしめった春の匂いがして、すこし肌寒い。感触まであるなんて。

 起きないと遅刻するかな、と思ったが、気持のいい風に誘われて、深く考えず歩き出した。せっかくの気持ちいい夢だ。目安になる建物も、山さえも見えないから、ただ風の吹く方へ向かって。


(それにしても…てっちゃんの夢見たの初めてだなぁ)


 ここに来るまで見ていたデートの夢だ。いつも時間ちょうどに着くエリを、てっちゃんは十分ほど前から待っている。そしてせっかちに歩くエリを繋ぎとめるように、手をつなぐのだ。その感触を思い出して、少し頬が緩んだ。はやく起きて、てっちゃんに会いたい。でもこの気持のいい場所に、もう少しいたいとも思った。



 ずいぶん歩いた。心なしか陽も少し傾きかけている。気候に対して薄着だが、うっすら汗ばんできた。

 歩いても歩いても、草原、だ。

 エリはぴたっと歩を止めた。


「もうっいい加減飽きるっつーの!なんなのこの夢ぇー!疲れてきたし」


 足元はお出かけ用の華奢なパンプス。小指が痛むのだ。おまけに草地に向いてない。


 悪態をついて座り込もうとしたその時、目の隅で影が動いた。顔を巡らす、その目の前に影が落ちて、それが静かに唸り声を出した。それと、目と目が合った。


 虎だ…。

 エリと同じくらいの高さに顔がある、えらく大きな虎だ。金に近い輝く毛並に、口からはみだす牙。獣の匂い。

 しかしエリは、これは怖いなあと頭では思うものの、危機感薄く虎と見つめあうだけだった。だって夢だし。


 虎もただじっとエリを見つめる。だから食べられはしないだろう。そんな気がする。


 ふいに虎が目を伏せ、鼻をすり寄せてきた。ごく自然に、エリもその鼻先をなでる。


「思ったより柔らかい…。よしよし虎。かわいいねー」


 生来猫の好きな性分だ。がしがしなでてやっていると、虎もごろごろ喉をならしエリに甘える。ずいぶん人なつっこい。目の前のもふもふに、エリはぎゅうと抱きついて、獣臭さを胸いっぱいに吸い込んだ、と同時にはらがきゅるんとなった。

「そういえばお昼食べるとこだったんだっけ…。おなか空いた。夢なのに…はやく起きて朝ごはん食べたい…」


 ぎゅうぎゅう絞められて不快だったのか、虎が体をゆすってエリを引きはがした。そのままどこかへ歩きだすので、なんとなくエリも後をついていく。しかし、何歩も進まないうちに歩みを止めてしまった。明らかに様子の変わった虎が、一点を見つめたまま動かなくなってしまったからだ。


 エリは、初めて金縛りを体験した。と思った。


 なにかが怖くて、身動きが取れない。


 突然、風を切る音がそんな空気を引き裂いて、それに反応して虎が地を震わす唸りをあげる。草ばかりの視界に二人の男が現れた。

 エリは頬に手を当て後ろを見た。飛んできた矢が刺さっている。頬から離した手には血がついていた。


 威嚇する虎に、男たちが近づいてくる。

 エリは呆然と手についた血を見つめていた。




 …痛い。

 ……もしかして、夢、じゃない…?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ