第7話 主人公と魔王、エンカウントする
じゅう、と肉の焼ける香ばしい匂いが、健太の鼻腔をくすぐった。
目の前の焚き火では、巨大な猪のような魔物の分厚い肉が、エキスパートリーに炙られている。
それを調理しているのは、黒鎧の女戦士フィーリアだ。彼女は巨大な魔物を、まるで薪でも割るかのように、大剣の一振りで仕留めてみせた。
「……うまい」
健太は、数日ぶりに口にするまともな(?)食事に、思わず涙しそうになった。
死に戻りの恐怖から何も食べられずにいた健太にとって、フィーリアの存在は、少なくとも餓死と雑な死からは救ってくれる命綱だった。
(戦闘力だけは、本当に頼りになるな……)
健太がそんな安堵を覚えたのも束の間。
フィーリアが兜のスリットからじっと肉を見つめ、ぽつりと呟いた。
「この肉の、滴る脂の輝き……思い出すな」
「ん? 故郷の料理でも思い出したか?」
健太が尋ねると、フィーリアはゆっくりと首を横に振った。
「いや。兄上に奪われた、五歳の時の誕生日ケーキに乗っていた苺の輝きをだ」
「……」
健太は、口の中の肉の味が急に消え失せるのを感じた。
「あの苺さえ奪われなければ、私は国を売ることもなかったかもしれん。全てはあの苺から始まったのだ。私の、力への渇望は……」
「もうやめてくれ!」
健太は思わず叫んだ。
「せっかく美味い肉を食ってるんだから、料理に失礼だ! 苺の恨みで話が壮大すぎるんだよ!」
「む。失礼な話ではない。私にとっては世界の真理だ」
真顔で返すフィーリアに、健太はこめかみを押さえた。
(ダメだこいつ、話が通じねぇ……!)
駄女神に続き、仲間になったのは脳筋の元王女。
健太の異世界ライフは、空腹は満たされても、精神的な飢餓感は増すばかりだった。
◆ ◆ ◆
気まずい沈黙と共に食事が終わり、二人が森の中を進み始めた、その時だった。
ピカッ!
突如、森の遥か前方が閃光に包まれ、数秒遅れて、大地を揺るがす轟音が響き渡った。
ドゴオオオオオオオン!!
衝撃波が木々を激しく揺らし、健太は思わず地面にへたり込んだ。
「な、なんだ今の!? 核爆発か!? 隕石か!?」
健太の脳内に、ありとあらゆる最悪の事態が駆け巡る。
彼の社畜生活で培われた危機管理能力が、全力で警鐘を鳴らしていた。
(やべぇ! 絶対やべぇヤツだ! 逃げるぞ! 今すぐこの場を離れるんだ!)
健太が全力で踵を返そうとした、その時。
「……む」
フィーリアは爆心地の方角を睨みつけ、兜の下で低い声を漏らした。
「この凄まじい力……脅威だ。護衛対象である貴様を危険に晒す可能性がある以上、これを排除する」
「は!?」
言うが早いか、フィーリアは爆心地へ向かって、躊躇なく歩き始めた。
健太は慌ててその後を追う。
「おい待て! なんで危険に自ら突込んでいくんだよ!」
「護衛なら俺を安全な場所に連れて行くのが仕事だろ! セオリーが逆だろ!」
「黙れ。脅威の芽は、早期に摘むのが最善だ。それが私のやり方だ」
聞く耳を持たないフィーリアに、健太は泣きそうになりながら抗議するが、無駄だった。
それどころか、フィーリアは健太の首根っこをひょいと掴むと、まるで荷物のように脇に抱え、歩く速度を速めた。
「あああああ! やめろおおお! 俺はそっちに行きたくねえんだよおおお!」
健太の悲痛な叫びは、不気味な静けさを取り戻した森に、虚しく響き渡った。
◆ ◆ ◆
強制連行の末、健太たちがたどり着いた場所は、地獄のような光景だった。
直径五十メートルはあろうかという巨大なクレーターが、森にぽっかりと大穴を開けている。
木々は根こそぎ薙ぎ払われ、地面はガラス化し、そこかしこから白煙が上がっていた。
そして、その破壊の中心に、二人の人影があった。
一人は、うっとりとした表情で胸の前で手を組む、女性と見紛うほどの美少年。
そしてもう一人は――
「うわー、エフェクト派手すぎ! でも今のボス、レアアイテム落とさなかったなー、マジでドロップ率絞りすぎだろ、このクソゲー!」
上下青のジャージに身を包んだ、黒髪の少女だった。
健太は、その姿に目を疑った。
見慣れた、あまりにも見慣れた服装。そして、流暢な日本語。
(日本人!? なんでこんなところに!? 俺以外にも召喚された奴がいたのか!?)
健太が混乱していると、少女――姫川麗奈が、健太たちの存在に気づいた。
彼女は目を輝かせ、まるで友達にでも会ったかのように、気軽に手を振りながら近づいてきた。
「お、新規NPCか! 見たことない顔だね。もしかして、次のメインクエストのキーパーソン? そっちの甲冑の人、なんか強そうじゃん! レア装備?」
麗奈の口から発せられたのは、健太の常識を遥かに超越した言葉だった。
「NPC…? クエスト…?」
健太は呆然と呟く。
「何を言ってるんだ君は! もしかして、君も日本から来たのか!?」
必死に問いかける健太に、麗奈は「へー、そういうロールプレイなんだ、凝ってるね!」と感心したように頷いた。
全く話が噛み合っていない。
健太の隣で、美少年神官が「魔王様に気安く話しかけるな、不敬であるぞ!」と敵意を剥き出しにしてくる。
(魔王!? このジャージの子が!?)
情報量が多すぎて、健太の脳のCPU使用率が100%に達しようとしていた。
その時だった。
グルルルル……!
クレーターの向こうの森から、一体の巨大な熊の魔物が姿を現した。
その体長は5メートルを超え、鋭い爪と牙が剥き出しになっている。
「うわっ!」
健太が身構え、フィーリアが大剣に手をかける。
しかし、麗奈は不敵に笑った。
「お、ちょうどいい。私の実力を、この新規NPCたちに見せてやるか!」
麗奈は一歩前に出ると、ビシッとポーズを決め、厨二病全開で叫んだ。
「万象凍てつく絶対零度の息吹! くらえ! エターナル・フォース・ブリザード!」
その瞬間。
麗奈の背後の空間が、まるで極地のオーロラのように揺らめいた。
森の木々が消え、代わりに現れたのは、凍てついた銀河を背景に、ダイヤモンドダストの翼を広げた巨大な白鳥の幻影が、雄大に羽ばたくという、あまりにも意味不明な光景だった。
そして、その荘厳な光景に合わせるかのように、謎のナレーションが響き渡る。
『見よ、あれは絶対零度の化身、嘆きの氷鳥……! その羽ばたき一つで星々は砕け、銀河は永遠の氷河と化す……!』
健太が「なんか色々混ざってて、元ネタが渋滞してるぞ!」とツッコむよりも早く、麗奈の手から放たれた冷気の奔流が、巨大な熊の魔物を一瞬で包み込んだ。
巨大な熊は断末魔の叫びを上げる間もなく、天を仰ぐポーズのまま芸術的な氷の彫像と化す。
やがて風が吹き、氷像はキラキラと輝きながら、粉々に砕け散った。
その常軌を逸した光景と、どこかで聞いたことのある技名、そして意味不明のビジョンを前に、健太が絶句した。
「……なんだ、こいつ……!?」




