第6話 護衛は元王女、国を売った理由はお菓子の恨み
田中健太は、森の中で三度目の夜を迎えていた。
あれから、彼は何も口にしていない。
空腹は限界に達しているが、それ以上に「死の記憶」が彼を苛んでいた。
(ダメだ……あの生水を飲めば腹を下し、そこらへんのキノコを食えば毒に当たり、結果、女神のヤローにゴブリンの炭を食わされる……!)
死に戻りの記憶は、健太の行動を完全に縛り付けていた。
下手に動いて死ねば、またあの屈辱と苦痛を味わうことになる。餓死か、屈辱死か。究極の二択に、健太の精神はすり減っていく一方だった。
「クソッ、どうすりゃいいんだよ……」
力なく地面に座り込み、天を仰いだ、その時だった。
背後から、一切の感情が乗らない、鋼のような声がした。
「貴様が、田中健太か」
「うわっ!?」
健太は心臓が飛び出るかと思うほど驚き、転がるように振り返った。
いつからそこにいたのか。
黒い全身鎧に身を包み、背中に身の丈ほどもある大剣を背負った女が、仁王立ちで健太を見下ろしていた。
兜のスリットから覗く瞳は、氷のように冷たい。
「だ、誰だあんた!?」
「名はフィーリア。我が主の命により、貴様の護衛を務める」
「護衛!? 主って誰だよ! アスタルトか!? あの駄女神の差し金か!」
健太が食ってかかると、フィーリアは心底迷惑そうに首を横に振った。
「女神……? 知らんな。我が主は、もっと紳士的なお方だ」
(女神じゃない……? じゃあ一体誰が、何のために……?)
健太の混乱は、次の瞬間、殺気によって中断された。
◆ ◆ ◆
ヒュッ、と空気を切り裂く音が連続し、健太の頭のすぐそばの木に、数本の矢が突き刺さった。
「なっ!?」
健太が悲鳴を上げるより早く、フィーリアが動いていた。
彼女は大剣を抜くこともなく、矢が飛んできた方向へ向かって、砲弾のような速度で突進する。
森の闇から、黒装束の男たちが五人、音もなく現れた。
彼らの動きは常人のものではない。明らかに、暗殺の訓練を積んだプロだ。
だが、彼らは健太には目もくれず、全員がフィーリア一人に狙いを定めていた。
「フィーリア! 裏切り者め! 我らが王国の恨み、ここで晴らさせてもらう!」
暗殺者の一人が叫び、刃を煌めかせて斬りかかる。
健太は(やばい!)と身を固くした。しかし、フィーリアは冷静だった。
「雑魚が」
その一言と共に、フィーリアは迫りくる刃を鎧の腕で弾き、がら空きになった暗殺者の胴体に、重戦車のような勢いの拳を叩き込んだ。
ゴシャッ、と肉が潰れる鈍い音が響く。
暗殺者は「ぐ」という声すら上げられず、くの字に折れ曲がって森の奥へ吹き飛んだ。
残りの四人が怯んだ隙を、フィーリアは見逃さない。
地面を蹴って跳躍し、二人まとめてその屈強な足で蹴り砕く。
残る二人の首を掴むと、まるで木の実でも割るかのように、互いの頭を激突させた。
戦闘は、ほんの十数秒で終わった。
健太は、その圧倒的な光景に、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
(つ、強ぇ……! なんだこいつ、人間か!?)
返り血を浴びたフィーリアは、何事もなかったかのように健太のもとへ戻ってくると、無表情に告げた。
「これで静かになった。話を続けよう」
「いや続けられるか! 今の何なんだよ! なんであんた、あんな手練れっぽい奴らに狙われてるんだ!?」
◆ ◆ ◆
健太の剣幕に、フィーリアは少しだけ面倒くさそうにため息をついた。
彼女は近くの倒木にどっかりと腰を下ろすと、重々しい口調で語り始めた。
「……私は、元王女だ」
「は……王女!?」
「そうだ。そして、国を…民を…この手で売り払った、裏切り者なのだ」
その告白は、あまりに重かった。健太はゴクリと唾を飲む。
(国を売った……? 民を救うための、苦渋の決断だったのか…? それとも、国を乗っ取った悪徳大臣への復讐のためとか…!?)
健太の脳裏に、悲劇のヒロインの物語がいくつも浮かび上がる。
彼は、意を決して尋ねた。
「な、なんで、そんなことをしたんだ……?」
フィーリアは、兜のスリットから、遠い目をして夜空を見上げた。
「すべては……3つ上の兄上が原因だ」
「兄上……?」
「そうだ。あれは私が3歳の時だった。兄上は、私のお気に入りの玩具だった木馬を、その剛腕で破壊した」
「……え?」
「5歳の時には、楽しみに取っておいた食後のプリンを、私の目の前で横取りした。8歳の時には、けものフレンズごっこで、私がサーバルちゃんなのに、無理やりカバンちゃん役を押し付けた……!」
徐々に、話のスケールが小さくなっていく。
「私は悟ったのだ。この世は力だ、と。兄上を屈服させる絶対的な力がなければ、私のお菓子も、人権も、未来永劫守れないのだ、と…!」
健太の全身から、力が抜けていく。
(お菓子……? プリン……? けものフレンズごっこ……?)
「そして私は、あるお方……頭が羊の、とても紳士的なお方と契約した。我が国と、そこに住まう民の全てを対価に、兄上を凌駕する絶対的な力を授かったのだ」
フィーリアは、己の拳を握りしめ、誇らしげに言い放った。
「力こそパワーだ。これでもう、誰にも私のおやつを奪うことはできない」
健太は、天を仰ぎ、魂の底から絶叫した。
「理由がちっちぇえええええええええええええええええ!!」
ツッコミは、声にならなかった。声帯が仕事をしてくれない。
(プリンと玩具の恨みで国を滅ぼしたのか、この女は!? 民の命よりお菓子が大事なのか!? ていうか、頭が羊の紳士って、絶対悪魔だろそれ!)
健太は、頭を抱えてその場にうずくまった。
駄女神に、そして今度は、お菓子の恨みで国を売った脳筋元王女。
まともな奴が、一人もいない。
田中健太の異世界ライフは、頼もしい(?)仲間を得たことで、さらに混沌の度合いを深めていくのだった。




