第4話 悪魔ベルフェゴールの憂鬱と、魔王の召喚
薄暗いオフィスに、蛍光灯の心許ない光が点滅している。
窓の外は広大な荒野が広がり、時折、遠くで炎が上がるのが見える。
しかし、ここは地獄の底ではなく、この世界エルデ・ガディールの裏側――悪魔ベルフェゴールの執務室だ。
ベルフェゴールは、立派なスーツを着こなし、ネクタイを締めているが、首から上は堂々たる羊の頭である。
彼は巨大な木製デスクに突っ伏し、羊の額を書類の山に押しつけていた。
「ハァ……まただ」
ベルフェゴールは重々しいため息をついた。
その声は尊大で、悪魔らしい響きを伴っている。
「アスタルト様はまた無駄なリソースを消費なされた。異世界召喚した勇者(笑)の、ごく短時間での強制リセット(リザレクション)。ログが派手に飛び散っておるぞ。あの男がトラックに轢かれたのは、せいぜい一週間前のことだというのに」
彼は、光を放つ板状の端末を操作し、田中健太の『嘔吐→下痢→ゴブリン炭→死亡→巻き戻し』のループ記録を眺めた。
「まことに不憫な男よ。あれが世界を救う『勇者』だと? 滑稽千万。教会の連中にこのログを見られたら、また『悪魔が世界の勇者を苛めた』ことにされて、わが輩の業績シートにマイナスをつけられますぞ。まったく、人間の悪事は全て悪魔のせいとは、他責思考もいいところだ」
ベルフェゴールの役割は、世界の創造主である女神アスタルトが暴走しないよう、陰からシステムを管理すること。
教会の腐敗も、女神の不安定さも、全て彼が尻拭いをしてきた。
教会が勝手に決めた「悪魔は悪の権化」という教義すら、彼は世界の安定のために演じてきたのだ。
「世界を救うのは、勇者ではない。女神の機嫌を取る者だ」
ベルフェゴールは、疲労の滲んだ目で断言した。
アスタルトはすでに限界だ。
いつフリーズし、世界を道連れにリセットされてもおかしくない。彼女の気を逸らし、満足させることが、世界の安定への最短ルートなのだ。
「やはり、魔王を立てるしかあるまい。派手でわかりやすい敵役がいれば、アスタルト様も満足なさるだろう。ついでに、教会の奴らの権威も少しばかり落とせるかもしれん」
◆ ◆ ◆
ベルフェゴールは新たな端末を操作した。
アスタルトが喜びそうな人選の条件は明白だ。
「よし。召喚者。ニートで、童貞か処女。できれば、アスタルト様が好きそうな『ゲームの主人公然とした』者。……おや?」
彼の視線が、一人の人物のプロフィールで止まった。
【 姫川 麗奈 】
・年齢:20代後半(女性)
・職業:無職(大学中退)、ネトゲ廃人
・特記事項:ネット弁慶。リアルの対人スキル皆無。処女。
「完璧ですな。ネトゲ好き、しかも『処女』。アスタルト様がお喜びになる『選ばれし者』の要素を兼ね備えておる。多少、性格に難があろうとも、派手な『魔王』を演じてくれればよろしい」
ベルフェゴールは即座に召喚の準備を進める。
そして、ふと田中健太のログに戻った。食中毒で苦しみ、汚物にまみれた姿が目に浮かぶ。
「しかし、あの『肉壁』を、このまま野放しにするのは危険だ。すぐにエラー落ちされては困る。女神の気を逸らすための『勇者ごっこ』を、最低限のラインで続けさせねば」
ベルフェゴールは、羊の首を振った。
「保険をかけよう。わが輩の配下を一人、護衛役として送る。あの男には、『肉壁』として頑張っていただかんと……」
彼は、黒い甲冑を身に纏った一人の女を呼び寄せた。
元王女であり、力を求めるあまり国と国民を売り払った過去を持つ、冷酷な戦士。
「貴殿には、田中健太なる男の護衛を命じる。決して死なせるな。そして、奴の『死に戻り』を最大限に利用するのだ」
「御意」
女戦士は冷ややかに一礼し、影の中へと消えていった。




