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第2話 これが俺のチートか?いいや、ただの食中毒だ


「奴隷の美少女が5秒で股を開く」


女神アスタルトの投げつけた言葉は、田中健太の意識を最後に支配した。

しかし、彼の目の前に広がったのは、美少女どころか、鬱蒼とした森と、乾いた土くれの地面だけだった。


「クソッ、女神のヤロー……! ここどこだよ!」


健太は思わず悪態をついたが、誰もいない。

周囲は木々ばかりで、時折遠くから獣の鳴き声が聞こえてくる。


健太は東京生まれ東京育ちの常識人サラリーマンだ。サバイバル経験など皆無。

あるのは、会社で配られた社章と、スーツの上着だけだ。


(異世界に来て、まずやることがサバイバル初級編かよ……)


「とにかく、水……」


喉がカラカラだった。

健太は近くを流れる小川を見つけると、考える間もなく、両手で水を掬い上げた。


(大丈夫だろ、異世界だし。綺麗な水に違いない! どうせ『浄化スキル』とか自動で発動してるんだろ!)


そう自分に言い聞かせ、健太はゴクゴクと水を飲んだ。

生臭く、どこかドロっとした重い水を胃に流し込む。一時の渇きは癒えた。


しかし、その安堵は、数時間後、地獄への入り口となった。


深夜。健太の腹の中で、異界のバクテリアたちが猛烈な勢いで働き始めたのだ。


「う、うぅ……っ、やべ、ぇ……」


激しい腹痛と共に、健太は口から、そして下の口からも、全てを吐き出し、垂れ流した。

吐瀉物と、水っぽい排泄物。体中の水分が奪われ、意識が朦朧としてくる。


「く、くそ……! これが、俺の異世界チートかよ……『生水で食中毒になる』ってか!」


健太は地面に倒れ伏し、下半身は汚物まみれだ。

熱と寒気に襲われ、もはや生きる気力すら湧かない。


(俺の異世界ライフ、嘔吐と下痢から始まるなんて……誰か、助けてくれ……)


その時だった。

夜空を切り裂き、上空に、強烈だがどこかカクカクとした光が降臨した。


◆ ◆ ◆


「田中健太! 何をしているのですか!」


光の中から降り立ったのは、白銀の髪を持つ創造神、アスタルトだった。


その顔は、第1話で会った時よりもさらにリソースが足りないらしく、完璧な美女から、乱れたポリゴン、そして細い棒人間へと、数秒で目まぐるしく姿を変えていた。


アスタルトは、吐瀉物と下痢にまみれて倒れ伏している健太を、無表情に見下ろした。


「わたくしは、貴方が魔王軍の斥候とでも戦っているのかと思い、多大なリソースを割いて降臨したのです。なぜ下半身を晒し、汚物を垂れ流しているのですか?」


その声には、一切の感情はこもっていないが、明確な苛立ちが込められていた。


「は、はげしい、腹痛で……! 生水、を飲んだ、せい、で……!」


健太は震える声で訴えるが、アスタルトの論点は全くズレていた。


「貴方は世界を救うべき勇者です! なぜ、世界の危機を前に、汚い生理現象に負けているのですか! 早く最初の村に行きなさい! そして世界を救いなさい!」


(お前のせいだろうが! お前がろくに準備もさせずに蹴り飛ばしたからだろうが!)


しかも、神様が「汚い生理現象」って、なんでそんなに世俗的なんだ!?

健太はツッコミを入れる力すら残っていなかった。


アスタルトは、無言で健太の汚れた下半身に視線を落とし、そこでピタリと動きを止めた。

そして、まるで論文を読むような真面目なトーンで、こう告げた。


「田中健太。わたくしが読んだ記録には、ハーレムを築く勇者の話も多くありました」

「は、はい……」

「ですが、貴方のそれを見て、わたくしは確信いたしました」


アスタルトは、疲労困憊の目線を逸らさず、淡々と続けた。


「そんな粗末なもの(・・・)で、ハーレムを築けると本気で思っているのですか?」


健太の体力を超えた、精神への強烈な一撃だった。


「う……くっそ、神様が人様の逸物ブツをどうこう言うなよ! クソッ、誰が股を開くだよ! 腹痛で死にそうなんだよ!」


健太は泣きながら叫んだ。

アスタルトは、その叫びを完全に無視した。


「とにかく、レベルを上げなさい。村に行けばなんとかなるという記録もありますが、やはり強靭な肉体と武力こそ、勇者には必要です」


アスタルトは、森の奥に向かって、まるで生ゴミでも拾うかのように、片手を差し出した。


◆ ◆ ◆


アスタルトの手が森の闇をまさぐると、唸り声と共に、緑色の小柄な人型生物が引きずり出されてきた。


「グ、グギィ……?」


ゴブリンは、突然の召喚に戸惑っている。

どうやら、彼もまた不意打ちでこの場に引っ張り出されたらしい。


女神アスタルトは、そんなゴブリンの戸惑いを無視し、その足首を鷲掴みにした。


「さあ、戦いなさい!」


そう告げるや否や、アスタルトはゴブリンを豪速球で健太めがけて投げつけた。


「ひぃっ!」


健太は、腹痛と脱水で身体が動かないにもかかわらず、社畜の残存反射で横へ転がって避けた。

ゴブリンは、健太がいた場所を通過し、凄まじい音を立てて背後の太い木に激突した。


バキッ!


ゴブリンはそのまま地面に崩れ落ち、ピクリとも動かない。ゴブリンの頭からは微かに緑色の血が流れ出ていた。どうやら、打ち所が悪く、即死したらしい。


健太は全身の力を使い果たし、荒い息を吐いた。


「はぁ、はぁ……え、勝った……のか?」


ゴブリンは倒れた。

しかし、健太の身体に「レベルアップ」の感覚は訪れない。


「おかしいですね」


アスタルトは真顔で首を傾げた。


「記録によれば、敵を倒せばすぐにレベルは上がるはず。なぜだ? なぜ、世界が私に協力しないのです?」


アスタルトは、ゴブリンの死体を一瞥すると「もしかして、数が足りなかったのか」と呟いた。


「貴方がチートなしで召喚されたのは、大量のゴブリンを倒して一気にレベルを上げるためだったのかもしれません。わたくし、リソースの節約を考えすぎて、少なすぎたようですね」


そう言うと、アスタルトは再び森に向かって手を伸ばし、新たなゴブリンを召喚しようとした。


「では、次は十体ほど――」

「待て! 待ってください、アスタルト様!」


健太は、汚物まみれの身体で、必死に女神の足にしがみついた。


「た、確かに倒せましたが、これ、俺の力じゃありません! 完全に事故です! それに、十体なんて来たら、俺、食中毒で動けないまま殺されます! 勇者が死んだら世界が終わりだぞ!」

「ふむ……」


健太の必死の訴えと、「世界が終わり」というフレーズに、アスタルトは立ち止まった。

彼女は真面目な顔で、ゴブリンの死体と健太を交互に見つめる。


そして、ゴブリンの死体を見て、ある恐ろしい閃きを得た。


「もしかしたら、倒した敵を食べてその力を吸収するタイプのチートなのかもしれません」

「えっ」


次の瞬間。

アスタルトは動かなくなったゴブリンの足首に手をかざし、メリッという嫌な音と共に、足をもぎ取った。


「さあ、勇者よ。食いなさい」


生々しいゴブリンの足を、アスタルトは真顔で健太の口元に突きつけた。


「無理です! 食べられません! 勘弁してください!」


健太は泣いて謝った。

アスタルトは、ふむ、と納得したように頷くと、もぎ取ったゴブリンの足に手をかざした。


一瞬の閃光。

ゴブリンの足は、熱で焼き尽くされ、真っ黒な炭になった。


「生が駄目でしたか。これは失礼いたしました」


アスタルトは、炭になったゴブリンの足を掴み、力ずくで健太の口に突っ込みながら、丁寧な口調で、最も理不尽な命令を下した。


「くえ。わたくしのメシが食えないのですか」

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