第1話 トラックに轢かれたと思った瞬間、疲れた顔の美少女が「女神」と名乗った
はじめまして! 本作を開いていただき、ありがとうございます。
異世界転生といえば「チート」と「ハーレム」。
そんな夢を見ていた元社畜SEを待っていたのは……あまりにも理不尽で、あまりにもポンコツな仕様でした。
※本作には、重度の勘違い、理不尽な仕様、そしてIT用語が少々含まれます。
頭を空っぽにしてお楽しみいただける異世界コメディ、いよいよ開幕です!
午前零時。
田中健太(28)は、慣れた重い足取りでオフィスビルの出口を潜り抜けた。
冷たい夜の空気に、深く重いため息が溶けていく。
「ふぅ……」
終電に間に合ったところで、自宅で待っているのは次の日の始業時間だけだ。
彼の趣味は、世に言う「小説家になろう」で異世界転生モノを読むこと。
布団の中で、チート能力で悪役令嬢を懲らしめ、奴隷美少女とハーレムを築く主人公たちの活躍を読むのが、彼にとって唯一の癒やしだった。
(あー、俺も異世界行きてぇな……)
スキル『残業耐性MAX』とかいらねぇから、『無限魔力』とか『全属性魔法』とかくれよ。
そんな現実逃避をしながら、駅前の横断歩道に差し掛かった、その時だ。
――パァァァァァァァン!!
突如、健太の視界の端を、巨大な質量と鼓膜を破るような警笛が支配した。
「え?」
思考が停止する。
目の前には、赤信号を無視して交差点に突っ込んできた、白く巨大なトラックの姿。
強烈な衝撃。
まるでスローモーションのように見えた、暴力的なヘッドライトの光。
健太の人生最後の認識は、恐怖ではなく、ぼんやりとした『期待』だった。
(……やべぇ。これ、まさか、本当に――)
そこで、健太の意識は途絶えた。
◆ ◆ ◆
次に健太が意識を取り戻したのは、ふわりとした、柔らかな光の中だった。
身体に痛みはない。
さっきまで感じていた疲労感や空腹感も消えている。
起き上がると、そこは清潔な白い空間だった。
まるで高級ホテルのスイートルームのようだが、調度品は一つもなく、ただ白い光が満ちている。
そして、健太の目の前に、一人の美少女が立っていた。
年の頃は十代後半。
真っ白な法衣のような服を纏い、白銀の長髪と、人形のように整った顔立ち。
あまりに神々しい出で立ちに、健太は思わず言葉を失った。
(……神、なのか? 噂通りの完璧な美女じゃねぇか!)
しかし、次の瞬間。
健太の目の前で、完璧な美女の顔が突如カクカクのローポリゴンへと乱れた。
そしてまた数秒後、まるでCPU使用率が急低下したかのように、再び滑らかな美貌に戻る。
その不気味な動作を、数秒で二度繰り返した。
美少女は、口元だけを優しく微笑ませて、丁寧な口調で語り始めた。
「ごきげんよう、田中健太様。この世界の創造神、アスタルトと申します」
健太は、慌てて正座した。
「あ、あ、あの、えっと、俺は……どうなったんですか?」
「トラックに轢かれ、完全に死亡なされました。ですがご心配には及びません」
アスタルトは、疲労を隠しきれない声で続けた。
「わたくし、最近、貴方がたの世界で『異世界召喚・転生』という事象が頻繁に記録されているのを確認しました。これは世界の理に基づく、大変重要な救世イベントです」
「は、はあ……?」
「その記録によりますと、トラックに轢かれた者こそ『選ばれし勇者』に違いないと確信し、多大なリソースを割き、貴方を蘇生し、わたくしの世界に招聘いたしました。おめでとうございます。これで、貴方は世界を救う者となるのです」
健太は、自分の頭がフリーズする音を聞いた気がした。
(待て待て待て! なんだその短絡的な発想は!?)
『異世界召喚・転生』の小説を、現実に起こった真実の記録だと思ってやがるのか!?
しかも、全知全能の創造神が疲労困憊ってどういうことだ? なんで神が『リソース』なんてPC用語を使うんだ!?
健太は、恐る恐る尋ねた。
「アスタルト様、あの、俺に、その……チート能力とか、特殊なスキルとかは、あるんでしょうか?」
それは、トラックに轢かれた者が当然のように手に入れる「権利」のはずだ。
アスタルトは、ふむ、と顎に手を当てた。
「チートですか。ええ、当然お与えすることはできます。わたくしは創造神ですから」
健太の顔に、希望の光が差した。
「ですが、教会の承認が必須なのです」
「……はい?」
「わたくしの世界では、教会が全てを司っています。教会の決定は、わたくしの神性をも凌駕するのです」
アスタルトは真顔で、極めて丁寧に、全くの理不尽を告げる。
「チート能力? 高位の権限に該当しますね。それには教会の承認が必須です。多額の献金(お布施)というライセンス料を支払って、正式なアカウントを取得していただかないと。それがこの世界の基本規約です」
(待て。全知全能の神が、なんで人間が作った教会の許可が必要なんだ?)
しかも、お布施って! 俺の知ってる神様の権威ってそんなに安っぽいのか!?
これじゃチートじゃなくてただの『有料DLC』じゃねぇか! ていうか、神様が教会の教義に縛られてるって、本末転倒にも程があるだろ!
健太の常識が、根本から崩れていく。
◆ ◆ ◆
「と、とにかくだ」
アスタルトは、少し苛立ちを覚えたように、急に口調を変えた。
彼女の顔が再び一瞬、棒人間のようなローポリへと劣化する。
「マジ無理! リソース不足! 細かい説明は後! 貴方はこのまま、わたくしの世界、エルデ・ガディールに赴くのです。そこで力をつけ、魔王とやらを倒し、世界を救えば、わたくしの面目も保てるというものです」
「いや、でも、俺、チート無しですよね? サバイバル経験もないただの元サラリーマンですよ?」
「心配はいりません。わたくしが読んだ記録によれば、異世界に行きさえすれば、なんとかなるのです!」
アスタルトはそう言い切ると、唐突に目の前に、黒い渦のゲートを開いた。
「さあ、行ってらっしゃいませ」
「待ってください! 俺、何も準備してないし、せめて装備や金だけでも――」
健太の懇願は、無意味だった。
アスタルトは、ハイキックにも似た美しいフォームで、健太の尻に渾身のドロップキックを叩き込んだ。
「行け! そこで待っているのは、貴方の望んだ世界です!」
健太の身体は、物理的に蹴り飛ばされ、ゲートの黒い渦の中に吸い込まれていく。
最後に聞こえたのは、アスタルトの、どこか上擦った声だった。
「それに、安心しなさい。異世界に行けば、奴隷の美少女が5秒で股を開くと、わたくしは信じていますので!」
健太は絶叫した。
「本当ですか!? そんな仕込みとか、本当にやってるんですか!? だったらチートよりそっちをくれええええええええ!!」
――もちろん、女神はそんな仕込みなどしていない。
アスタルトは、ただただ自分の読みかじった記録の知識が真実だと、本気で信じているだけだ。
健太の意識は、トラックに続いて、今度は全知全能のバカ女神によって、強制的に異世界へと放り込まれたのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
期待に胸を膨らませて異世界に飛んだ健太ですが……もちろん、5秒で股を開く奴隷美少女なんて用意されているはずがありません。
次回、健太を待っているのはチートではなく「容赦ない洗礼」です。
次回:第2話『これが俺のチートか?いいや、ただの食中毒だ』
「クスッ」と笑えた、
「健太の胃腸が心配になった」
「女神がポンコツすぎるだろ!」
……など、少しでも楽しんでいただけましたら、ページ下部にある【ブックマークに追加】や、【☆☆☆☆☆】の評価(星)を押して応援していただけますと幸いです!
皆様の応援が、健太の胃痛を和らげ……作者の執筆モチベーション(CPU使用率)を100%に引き上げてくれます!
引き続き、理不尽だらけの異世界デスマをお楽しみください!




