第5話 Game Nexus タッグマッチの初戦
戦闘開始のゴングが鳴る。冷の意識は即座に『Gunner』へと接続され、仮想空間の戦場を俯瞰する。8マス×8マスのチェス盤のようなフィールド。自陣と敵陣に配置されたキャラクターたちが、ターン制のシミュレーションパートで動き出す。
(まずはセオリー通り、後衛から潰す)
冷は寸分の淀みもなく、Gunnerの射線軸上に敵の『Archer』を捉える。コントローラーのトリガーを引くと、Gunnerのアバターが構えたライフルから曳光弾が迸る。同時に、相手のArcherもこちらに狙いを定めて矢を放ってきた。だが、冷は敵の攻撃モーションを完璧に見切り、キャラクターを憑依させずに盤面をタップする「簡易駒操作」で、最小限の動きでGunnerを1マス横にスライドさせる。
シュンッ、と空気を切り裂く音が耳元を掠める。回避成功。一方、こちらの弾丸は、敵Archerの肩に着弾。僅かなダメージ表示が浮かび上がる。
(よし。Gunnerの射撃モーションはArcherより速い。このアドバンテージを活かせば、撃ち合いで有利を取れる)
冷は精密機械のように、射撃と回避を繰り返す。敵ArcherのHPが着実に削られていく。時折、前進してくる敵の『Warrior』や『Cat』にも牽制射撃を加え、足止めを図る。全ては計算通り。このまま後衛を無力化し、数的有利を築く――そのはずだった。
自軍のユニットに視線を移した瞬間、冷の整然とした思考回路に、明らかなノイズが混入した。
(なっ…!? なんだ、あの動きは!?)
パートナーであるScarletのユニットが、信じられない動きをしていた。SSRの『Holy Knight』を先頭に、なんとSRの『Cat』、そして同じくSRの遠距離型『Sniper』までもが、一団となって敵陣へと猪突猛進しているのだ!
(馬鹿か!? Sniperは遠距離キャラだぞ! なぜ前線に突っ込ませる!? しかも、あの密集隊形…範囲攻撃の的じゃないか!)
まるで将棋の初心者が、飛車角金銀全てを一直線に敵陣へ突っ込ませるような愚行。いや、それ以下だ。キャラクターの特性すら理解していないとしか思えない。
「おい、Scarlet! Sniperを下げろ! なぜ前に出す!?」
思わず、ボイスチャットで強い口調で指示を飛ばす。
「えー? だって、Holy Knightで全部倒す練習してきたもん! Sniperの操作? めんどいからZEROさんがやっといてよ!」
予想の斜め上を行く、悪びれない返答。冷のこめかみが、ピクリと痙攣した。
(この女…! まさか、本当にルールもキャラ特性も理解していない…? ノ、ノービスか…!? SSR持ちのノービスだと!? ふざけてるのか!? いや、マジなのか!? どっちにしろ最悪だ! Sniperを俺が操作しろ? タッグマッチは基本的に各自が自分のユニットを操作するんだぞ! 緊急時や特殊戦術ならともかく、面倒だから押し付ける!? しかも、あの突撃…! 敵の近接4体、Cat、Cat、Warrior、Ratに囲まれて集中攻撃されたら、いくらSSRのHoly Knightでも瞬殺されるぞ! どうするつもりなんだ!? いや、何も考えていないのか!? この状況で!?)
脳内で高速回転する思考が、焦りと怒りでオーバーヒートしそうだ。だが、ノービス相手に正論を説いても無駄だろう。ましてや、操作できるキャラクターは限られている。
(…仕方ない。プランBだ)
即座に思考を切り替える。ScarletのHoly Knightが敵に到達する前に、可能な限り敵の数を減らす。特に脅威度の高い、対人操作されているであろう敵の『Cat』、そして遠距離攻撃が厄介な『Archer』。最低でもこの2体を、Gunnerの射撃で早期に排除する。それが、この絶望的な状況を打開する唯一の道だった。
冷は再びGunnerの操作に集中する。精密な射撃を繰り返し、敵ArcherのHPをミリ単位まで削っていく。その間にも、ScarletのHoly Knightは敵陣へと突き進み、ついに敵の先頭にいた『Cat』(SR)と接触した。
VRアクションパートへと移行する。フィールド視点から、Holy Knightの三人称視点へと切り替わる。
(Holy Knightは攻防のバランスが良く、自己回復スキルもある。Catは素早いが高火力・低耐久。ステータス上はHoly Knightが有利だが…)
問題はプレイヤーの腕だ。いくらSSRでも、VRアクションに慣れていないプレイヤーが操作すれば、格下のRやSRにも容易く蹂躙される。ましてや相手は対人操作のCat。油断はできない。
画面の中で、Scarlet操作のHoly Knightが、ぎこちない動きで剣を構える。対する敵Catは、獣のような俊敏さで距離を詰め、鋭い爪を繰り出す。
「うわっ! はやっ!」
Scarletの素っ頓狂な声が響く。Holy KnightはCatの初撃をまともに食らい、体勢を崩す。続けざまに繰り出される連続攻撃。見ている冷が歯噛みするような一方的な展開。
(やはりノービスか…! 回避もガードもなっていない!)
だが、数秒後。攻撃を受けながらも、ScarletのHoly Knightの動きが明らかに変わった。猫の攻撃パターンを読んだのか、あるいは持ち前の反射神経か。紙一重で爪撃を回避し、カウンター気味に剣を叩き込む。
(…ん? 意外と動ける…?)
ノービスにしては、VR空間での身体の動かし方、咄嗟の判断力が妙に鋭い。まるで、リアルの運動神経がそのまま反映されているかのようだ。しかし、やはりキャラクターへの理解は皆無らしい。Catの持つ突進系のスキル攻撃には全く対応できず、何度も吹き飛ばされている。それでも、SSRの圧倒的なステータスとゴリ押しで、なんとか敵Catを撃破に追い込んだ。
戦闘終了。Holy KnightのHPは半分以下にまで減っていた。
「Scarlet! すぐにHoly Knightを後退させろ! HPが危険だ!」
冷は即座に指示を出す。連戦は無謀だ。
「えー? なんで? このCat、結構強かったけど、だいたい動き覚えたし、いけるっしょ!」
返ってきたのは、またしても危機感ゼロの返答。ScarletはHPが半減したHoly Knightを後退させるどころか、さらに奥へと進軍させ始めた。
ブチッ。
冷の中で、何かが決定的に切れる音がした。
(こ、この…! このポンコツぅぅぅぅ!!! 動き覚えた!? 半分死にかけて何を言ってるんだ!? 相手はまだ3体も残ってるんだぞ!? しかも対人操作のCatもWarriorもいるんだ! 囲まれたらどうする!? いや、囲まれるに決まってるだろうが! なぜそれが分からない!? ノービスにも程があるだろ! 少しは考えろ! 脳みそ付いてるのか!? いや、付いてないな! 断言できる! そもそも人の指示を聞け! チーム戦だぞこれは! ワンマンアーミー気取りか!? その実力が伴っていないことに何故気づかんのだぁぁぁ!!)
脳内での絶叫が止まらない。しかし、彼の指先は冷静だった。Scarletへの怒りをエネルギーに変換するかのように、Gunnerの操作精度はさらに研ぎ澄まされる。Holy Knightが次の敵と接触するまでの僅かな時間。敵Archerに最後の照準を合わせ、連射。
ドッドッドッ! ライフルの発砲音が響き、ついに敵Archerが光の粒子となって消滅した。
(よし、Archer撃破! これで遠距離の脅威は消えた!)
すぐさまターゲットを、HPが残り僅かとなっていた敵の『Rat』(N)に切り替える。この雑魚だけでも今のうちに処理しておけば、Holy Knightの負担が少しは減るはずだ。
だが、間に合わなかった。
冷がRatにトドメを刺すよりも早く、ScarletのHoly Knightが、敵の『Warrior』(R)、『Rat』(N)、そしてもう一体の対人操作『Cat』(SR)の三体に捕捉されてしまったのだ。
再びVRアクションパートへ移行。フィールドには、HP半分のHoly Knightが、ほぼ無傷の敵3体に囲まれるという絶望的な光景が広がっていた。
(…終わったな)
冷は内心で呟いた。この距離では、もはやGunnerの射撃による援護は不可能。下手に撃てば味方ごと撃ち抜いてしまう。できることといえば…。
冷は素早く簡易駒操作で、Scarletが放置していた『Sniper』と『Cat』をHoly Knightから離れた安全な位置へと後退させる。最低限、この2体が無傷で残れば、まだ勝利の可能性は…いや、Holy Knightが簡単に撃破されるとまぁまぁ厳しいか。
あとは、あのノービスがどこまでやれるかを見守るしかない。
敵の作戦は明らかだった。対人操作のCatがHoly Knightに突撃して動きを止め、その隙にAI操作のWarriorとRatが左右から襲い掛かる。数的有利を活かした、定石通りの包囲殲滅戦術。
(CatとHoly Knightは移動速度がほぼ同じ。完全に相手の術中だな…)
冷が諦観と共に戦況を見つめる中、敵Catが猛然とHoly Knightに突撃する。スキル発動のエフェクトが光る。先ほどHoly Knightを何度も吹き飛ばした突進技だ。
――その瞬間。
ScarletのHoly Knightが、まるで未来予知でもしたかのように、最小限のステップで突進を回避した。そして、空振りして体勢を崩したCatの脇腹に、流れるような剣閃を叩き込む! カウンターヒット!
(なっ…!? 見切っただと!?)
SRのCatは、SSRのHoly Knightからのカウンターダメージを受けて大きくHPを削られるが、まだ倒れない。すぐさま後方から、AI操作のWarriorが回転斬りを繰り出し、Ratが飛びかかってくる。
だが、Scarletの反応はそれを上回っていた。Warriorの回転斬りの初動を見極めると、バックステップで範囲外に離脱。同時に、飛びかかってきたRatを、すれ違いざまに一刀両断! ノーマルのRatはあっけなく撃破された。
体勢を立て直したCatが再度突撃し、Warriorも回転斬りの追撃を仕掛けてくる。前後からの挟撃。絶体絶命。
しかし、ScarletのHoly Knightは、もはや先ほどの危うさが嘘のように、冷静かつ大胆に立ち回る。Catの突進を、今度は完璧にステップで回避。返す刀で、回転斬りを繰り出し終えて硬直しているWarriorに鋭い一撃を見舞う。そして、再度突っ込んできたCatに対して、三度目の回避からのカウンター!
ついに敵Catが光の粒子となって消えた。
Holy KnightもWarriorの回転斬りを食らってしまい、HPは残り3分の1ほどになっていた。だが、残る敵はAI操作のWarrior一体のみ。
(AIのR程度なら、いくらHPが減っていてもSSRの敵ではない…が)
Scarletの動きは、単なるステータス差によるゴリ押しではなかった。初見のはずのWarriorの攻撃パターンを的確に見切り、回転斬りの合間に的確にカウンターダメージを差し込んでいく。まるで熟練の剣士のような立ち回り。無駄な動きが一切ない。
数合打ち合った後、AIのWarriorも沈黙した。
遅れて、相手プレイヤーが操作する最後のWarriorがHoly Knightに襲い掛かる。だが、結果は同じだった。Scarletは対人操作のWarriorの動きすら完全に見切ったかのように、回転斬りをことごとく回避し、
ミスの無いカウンターの連続でHPを削り切った。
戦闘終了。フィールドには、傷つきながらも悠然と剣を構えるHoly Knightと、後方に待機していた冷のGunner、温存のKnightとWolf、そしてScarletのCatとSniperだけが残っていた。1体もやられない圧倒的な勝利だった。
VRアクションでリアルでも激しく動いたせいか、彼女の休息の息遣いが聞こえてくる。
冷は呆然としていた。
(なんだ…今の動きは…? あの学習能力、反射神経、状況判断力…とてもノービスとは思えない…)
駒の動かし方は滅茶苦茶だったが、ひとたびVRアクションに入れば、まるで別人のような動きを見せる。一度見た相手の動きを即座に見切り、最適解を導き出す戦闘センス。
(もしかして…プロか…? いや、でも、だとしたらあの駒操作の下手さは…?)
混乱する頭で、パートナーに問いかけようとした、その時だった。
呼吸を1分未満ですぐに整えた彼女から、
「やったー! 勝ったー!いい運動だったわ! ZEROさん、サポートありがとね!
じゃ、私、宿題あるから落ちるね! またねー!」
勝利の余韻に浸る間もなく、一方的に捲し立てると、Scarletはあっという間にログアウトしてしまった。嵐のような女だった。
(…落ちるの早すぎだろ…)
呆気にとられながらも、冷の脳裏には、あの妙に耳に残る声と、独特の喋り方が反響していた。
全世界対応の5G規格に合わせた通信では、日本の超高速通信に比べて音質はどうしても劣化する。さらに、Game Nexusではプライバシー保護の観点から、プレイヤー本人の声に合成音声を混ぜてキャラクターボイスとするのが一般的だ。冷の優れた聴覚をもってしても、この断片的な情報だけで相手を特定するのは難しい。
(だが、あの喋り方…あの妙な自信と、どこか抜けた感じ…)
記憶の断片が繋がり、彼の脳裏に、夕暮れの校舎前で不毛な口論を繰り広げた、あの赤髪サイドテールの少女の姿が浮かび上がった。
(まさか…な…)
根拠はない。だが、奇妙な確信にも似た予感が、冷の胸をざわつかせていた。
天才ゲーマー「ZERO」としての新たなスタートは、予想だにしない相棒との出会いによって、早くも波乱の様相を呈し始めていた。初日の戦いは、こうして混乱と驚き、そして微かな疑念の中で幕を閉じたのだった。




