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第1話 初登校からの出会い事故

【近未来 ゲームで稼げる世界】




西暦204X年。


世界は、仮想現実(VR)技術とブロックチェーン技術の融合によって、劇的な変貌を遂げていた。


かつて「ゲーム」と呼ばれていたものは、単なる娯楽の域を超え、現実経済とシームレスに繋がる巨大なエコシステムへと進化していたのだ。


特に、世界最大のソフトウェア企業『マクロソフト』が提供するプラットフォームは、その中心にあった。


彼らが展開するフルダイブ型VRオンラインゲームでは、プレイヤーのランキング、クエスト達成度、レアアイテムの獲得といったゲーム内でのあらゆる成果が、リアルタイムで評価され、独自の仮想通貨としてプレイヤーのデジタルウォレットに直接振り込まれる。


トッププレイヤーともなれば、その収入は一流企業のサラリーマンを遥かに凌駕する。リアルマネートレードなんて言葉は、もう化石に近い。ゲームで稼ぎ、ゲームで生活する――それが当たり前の時代になっていた。




青野あおの れい、16歳。


彼もまた、その時代の申し子――いや、その世界の寵児と言っても過言ではなかった。




小学生の頃、VR研究の第一人者だった両親を不慮の事故で亡くした。


家族という温もりも、守られるべき日常も、一瞬にして失った。


深い喪失感と、世界への漠然とした不信感。彼が心を許せる場所は、もはや無機質な電子の世界だけだった。


幸か不幸か、彼には類稀なるゲームの才能があった。両親が遺した最新鋭のVRデバイスと、有り余る時間。それらすべてを注ぎ込み、彼は仮想空間の戦場へと没入していった。




ハンドルネーム『MOZE』。




その名は、彼が主戦場としていた戦略シミュレーションゲームやMOBAマルチプレイヤーオンラインバトルアリーナにおいて、絶対的な”零敗”――すなわち無敗――を誇る伝説のプレイヤーとして、世界中のゲーマーに知れ渡っていた。


彼のプレイは芸術と評され、その戦術分析は専門サイトで日夜議論されるほど。もちろん、彼のウォレットには、その名声に比例した額の仮想通貨が常に流れ込んでくる。生活に困ることは、まずない。




だが、そんな彼も、最低限の社会生活というものは送らなければならない。


いや、”送らされている”と言った方が正確か。


保護者代わりの遠縁の親戚との約束、そして何より、人間としての最低限の生活リズムを維持するため――彼は高校に通うことを選択した。


もっとも、彼にとって学校とは、「栄養バランスの取れた給食を食べ」「適度な運動をし」「静かな環境で自習(という名のゲーム情報収集や読書)をする」ための場所に過ぎなかったが。




友達?


リアルにはいない。必要ない。


ゲーム内で、利害が一致するギルドメンバーや、実力を認め合ったプレイヤーと、必要最低限のコミュニケーションを取るだけだ。


それで十分。それが、青野冷の世界のすべてだった。




その日――春休みが明け、


彼がとある進学校の高校1年生として初登校を迎える朝のこと。


新たな戦場を求めていた冷は、昨夜、正式サービスが開始されたばかりの新作VRアクション&戦略ゲーム『Game Nexus』に没頭していた。


『MOZE』としての活動は一時休止し、新たなハンドルネーム【ZERO】を登録してのテストプレイ。予想以上の没入感と戦略性の高さに、気づけば窓の外は白み始めていた。




(…マズい。完全に寝不足だ)




脳内CPUがアラートを発する。思考速度は鈍り、視界には僅かなノイズが走る。睡眠不足は、ゲーマーにとってパフォーマンス低下に直結する致命的なエラーだ。特に、彼のIQの中でもPSI(処理速度)は120と、他の偉人クラスの驚異的な数値(VCI 言語知性 180, PRI 非言語知性 150,ワーキングメモリ WMI 160)に


比べて唯一「凡人」レベル。


睡眠不足は、この弱点をさらに増幅させる。




(まあ、いい。今日のミッションは登校し、クラスを確認し、給食を食べ、午後は自習。難易度はEASYだ)




冷は重い体をベッドから引き剥がすと、無頓着に選んだよれよれのTシャツと、サイズの合っていないようなパンツを身につけた。ファッションへの関心はゼロ。彼にとって衣服とは、体温調節と外部環境からの保護機能を持つだけのものだ。


味気ない栄養バーを口に放り込み、最低限の身支度を済ませると、彼は玄関のドアを開けた。





【バイク事故と出会い】




桜の花びらが舞う、穏やかな春の朝。


住宅街を抜ける通学路は、新しい制服に身を包んだ生徒たちで賑わいを見せていた。


冷は、周囲の喧騒には一切意識を向けず、イヤホンでノイズキャンセリングを最大にし、昨夜プレイした『Game Nexus』のログデータを脳内で再生・分析しながら、ほとんど無意識に歩を進めていた。




(…あの局面での最適解は、やはり側面からの奇襲だったか。だが、敵プレイヤーのエイム精度を考慮すると、リスクリターンが見合わない可能性も…いや、待て)




思考が深淵に潜り込もうとした、その瞬間。


ノイズキャンセリングを突き破って、奇妙な音が彼の聴覚モジュールにインプットされた。




『……キィィン!…ガガガッ!』




金属質な摩擦音。そして、チェーンが空転するような甲高い音。


一般人なら「何かあったのかな?」で済ませるだろう。だが、冷の脳は違う。


瞬時に音源の分析を開始する。




(…駆動音じゃない。エンジン音もモーター音も検出されず。摩擦音の周波数から推測するに、軽金属とアスファルトの接触。チェーン音?だとしたら…二輪車か?電動アシストではない内燃機関搭載型、しかしエンジンは停止状態。推進力は…慣性のみ?位置は後方、距離約15メートル、相対速度…時速30キロ前後。衝突予測コース…現在の進行線上)




コンマ数秒で結論に至る。


『回避可能』。




冷は、後ろを振り返ることなく、ただ身体を真横へ、最小限の動作で跳んだ。まるで、敵のノンターゲッティングスキルをステップで回避するように。計算通りなら、彼のいた空間を何かが猛スピードで通り過ぎるはずだった。




だが――。


世界は、常に計算通りに動くとは限らない。


特に、イレギュラーなパラメータが介入した場合は。




「きゃっ!?」




回避行動とほぼ同時に、女性のものと思われる短い悲鳴が、今度は冷のすぐ頭上から聞こえた。




(…なんだ?予測外パラメータ。質量、約50キロ。落下速度…自由落下に近い。ベクトル、進行方向に対してほぼ垂直上方より。発生源…不明。これは…隕石?いや、音波パターンから有機物…人間!?)




思考が追いつかない。


回避したはずの二輪車――小型のバイクが故障し、乗り手が慣性で放り出された?なぜ真上に?いや、そんな分析をしている暇はない!




ドサッ!!


衝撃。




肩に、そして背中に、柔らかくも確かな質量がのしかかる。まるで、空から降ってきた猫が背中に着地したような――いや、猫にしては重すぎる。


衝撃を吸収しきれず、冷の身体は前のめりによろめいた。踏ん張ろうとした足がもつれる。




(…まずい、重心制御不能。受身…!)




ゲームで培った反射神経が、咄嗟に受身を取らせようとする。だが、背中に乗っかった”何か”がそれを阻害する。バランスは完全に崩壊。




「うわっ!」


「きゃあっ!」




二つの短い声が重なり、冷は顔面から地面にダイブする羽目になった。桜の花びらが舞うアスファルトに、彼の整っているとは言いがたいが、それなりに知的な顔がめり込む。幸い、速度は出ていなかったため、痛みはそれほどでもない。しかし、屈辱感と不可解さが脳内を支配する。




「…いっ…てぇ……!ちょっとアンタ!


ひょろい癖に急に変な避け方しないでよ!」




頭上から、不機嫌そうな、しかし妙に張りのある声が降ってきた。


乱暴に肩を掴まれ、ぐいっと引き起こされる。


目の前に現れたのは――


太陽を背にして逆光になっているが、それでもわかる。


燃えるような赤い髪をサイドテールにした、活発そうな少女。


着ているのは、冷がこれから通う高校の真新しい制服。


やや吊り上がった大きな瞳が、苛立ちと焦りの色を浮かべて、冷を睨みつけていた。




「………」


冷は何も言わない。いや、言えない。脳内の情報処理が追いつかない。


なぜ自分は地面にキスをしていたのか。なぜこの少女は空から降ってきたのか。そして、なぜ危険を避けるなと責められているのか。




「見てよ!アンタのせいで泥ついちゃったじゃない!今日、入学式なのに!」


少女はプンプン怒りながら、制服のスカートについた僅かな泥を払っている。その仕草は、小動物のようで少し可愛らしい…などと、場違いな感想が冷の脳裏をよぎる。




「あーもう!時間ないんだから!ボーッとしてないで!」


少女は腕時計を確認すると、さらに焦ったように冷の手を掴んだ。




「え…」


「え、じゃない!アンタも新入生でしょ!?このままだと遅刻するんだから!ほら、行くよ!」




有無を言わさぬ力で、手を引かれる。


華奢な見た目に反して、その力は驚くほど強かった。抵抗する間もなく、冷は少女に引っ張られる形で走り出す。




「ちょ…待て…」


「待たない!男子でしょ、もっとシャキッとしなさい!それにしてもアンタ、ひょろいんだから、もっと鍛えなきゃダメよ!」




ぐいぐいと手を引かれながら、冷は混乱する思考の中で、いくつかの事実を断片的に認識した。


背後には、チェーンが外れて見るも無残な姿になった小型バイクが転がっていること。少女の片側だけのサイドテールが、走るたびに楽しそうに揺れていること。


掴まれた手から伝わる体温が、妙に熱いこと。


そして、微かに漂ってくる、汗と混じったシャンプーのような甘い香りが、寝不足の脳を妙にざわつかせること――。




(…なんだ、この…処理不能なエラーの連続は…)




訳がわからないまま、冷は赤髪の少女に引きずられるように、校門へと続く道を駆けていく。


彼の高校生活は、文字通り、予測不能なアクシデントと、強制的な他者との接触によって幕を開けたのだった。




靴箱の前で、ようやく少女は冷の手を放した。


「ふぅ…ギリギリセーフ!じゃ、アタシこっちのクラスだから!」


少女は自分のクラスを示す札を確認すると、それだけ言い残して、さっさと昇降口の奥へと消えていった。


後に残された冷は、乱れた息を整えながら、掴まれていた自分の左手を見つめる。


そこには、まだ少女の熱と、微かな感触が残っているような気がした。




(…赤井、温……か)


靴箱に書かれた名札が、偶然目に入った。


それが、彼と彼女――青野冷と赤井温の、最悪で、そしておそらくは運命的な出会いであった。




この時、冷はまだ知らない。


隣のクラスになったこの少女が、自分と同じく世界レベルのゲーマーであり、そして、これから始まる彼の日常を、良くも悪くも根底から揺るがす存在になるということを。


ただ、脳内の片隅で、一つの疑問がリフレインしていた。




(…なぜ、おんぶのような形で激突したんだ…?)


その答えが見つかるのは、もう少し先の話である。

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