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シャッターの向こう側  作者: 双鶴


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8/17

第7話 『来訪者』

【SNS投稿】


今日の一冊:『境界線の家』


郊外に建つ“誰も住んでいないはずの家”を巡る連作短編。

家具は揃っているのに生活の気配がない。

窓は開いているのに風が通らない。


“あるはずのもの”と“ないはずのもの”が交錯する、

静かな不安を描いた作品。


境界線の揺らぎを味わいたい人へ。


#DelusionAndDeduction #境界線の家 #静かな不安



【コメント欄】


@night_reader

「昨日の投稿、勇気もらいました。今日行けるかも。」


@city_shadow

「この本、ずっと気になってました。」


@shadow_reader

「境界線は、踏み越えた瞬間に意味を失う。」


@anonymous_13

「今日、行きます。」



【妄想(Delusion)】


“今日、行きます。”


その一行が、開店前の店内に異様な緊張を走らせた。


昨日の「経営ヤバいです」投稿を見て、誰かが来てくれる。

それは嬉しいはずなのに、

@anonymous_13 の言葉だけは、胸の奥に重く沈んだ。


どんな人だろう。

どんな目的だろう。

本当に“ただの読者”なのだろうか。


拓哉は、店内をいつもより丁寧に整えた。

棚の角を揃え、ガラスケースを拭き、

駄菓子屋の名残の木枠を指でなぞった。


開店時間になった。


扉のベルが鳴った。



【来店】


入ってきたのは、

黒いコートを着た、背の高い男性だった。


無言で会釈し、

店内をゆっくりと歩き始める。


写真集の棚。

科学本の棚。

映画原作の棚。

推理漫画の棚。

そして、地図の棚。


一つひとつを、

まるで“確認するように”見ていく。


拓哉は声をかけようとしたが、

喉がうまく動かなかった。


男性は、最後に『境界線の家』を手に取り、

レジに置いた。


「……これを」


声は低く、落ち着いていた。


会計を済ませると、

男性は本を袋に入れず、そのまま手に持って店を出た。


扉のベルが鳴り、

静寂が戻った。


レシートを見ると、

名前の欄には何も書かれていなかった。



【日記(Deduction)】


今日は客が一人だった。

売れたのは『境界線の家』が一冊。


あの人が @anonymous_13 なのかどうかは分からない。

でも、店内の歩き方、棚の見方、言葉の少なさ。

どれも、コメント欄の“影”と妙に重なって見えた。


怖かったわけではない。

ただ、何かを“見透かされた”ような気がした。


昨日の投稿をしてから、胸の奥がずっとざわついている。

弱さを見せたことへの恥ずかしさと、

誰かが来てくれたことへの安堵と、

そして、説明できない不安。


Delusion and Deduction。

妄想と演繹。

今日もその二つの間で揺れながら、シャッターを下ろした。


――売上は770円。数字は小さい。でも、今日の出来事は大きかった。


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