脱出
「あれは何だったんだ?」
「多分、核爆発。でも、あの方向だと本島が攻撃を受けている。本島までの距離は大体300㎞あるから、ここまで、見えるのは規模が大きすぎる。それに、そこまで侵入されているのも可笑しい。もっと早くに撃墜しているはず」
自問自答し答えを見つけるように、言葉を並べる。
一定の結論にたどり着くまで見守ってから、話しかける。
「あの爆音でよく無事だったな。僕も揺らされたから、死んでないか不安になったよ」
「言うじゃない。なんかリミッターがあったのよ。小さい音は増幅するけど、大きい音は制限がかかるみたいね。気分は悪くさせられたけどね」
「安全装置はあるのか」
「あるみたい。でも、そんなことは良いのよ。さっきの爆発、計画が楽になるかもよ」
「どういうことだ?爆発がなんで影響してくるんだよ」
「この鳴り響くアラームがその理由よ。検査なんて行っている場合じゃなくなったわ。恐らく防衛用、もしくは混乱鎮静用に船がくるはず。検査の為じゃないから、船に残る人も少ない筈。時間も事が収まるまでいるだろうから数日は猶予が出来るでしょうね」
数時間後には防衛部隊が到着し、全ての人が寮に戻される。
一度広間に戻るように全体通知が配信され、広間では携帯食が配られる。
同時に生存確認と集団を作って部屋での待機を命じられる。
正確な情報は通知で配信され、疑問返答用の専用通信室も作成されているようだ。
それでも、分からないことがあれば広間にいるから何でも聞いてくれと言われた。
急いで彼女の部屋に戻り、報告する。二度とない機会が訪れたと。
「今夜に決行しましょうか。その前に出来るだけ情報は集めておかないとね」
角が発光する。
纏う空気が変わる。
「この一週間、私が引き籠もっていただけじゃないことを見せてあげる」
「それ大丈夫なのか?」
「喋らないで。至近距離だと煩すぎるから。角は大丈夫、もう隠す必要もないし。あなたは動けるように寝ておいて。良い時間に成ったら起こすわ」
降って湧いた好機に気分が高揚し、眠れる訳がなかったのに、眠気が襲ってくる。
「それは卑、」
「起きて、行くわよ」
「言霊を使っただろう。止めてくれって言ったよな」
朗らかな笑みを浮かべ、水筒が入った重い鞄を渡される。
「行くわよ」
「次は使わないでくれよ」
「必要だったからよ。まだ時間を見てないと思うから言うけど今は一時。あなたが健やかに生きられる為なら、何度反対されても使うから。先に謝って置くわね、ごめんなさい」
二言と告げず、ただ付いていく。
呆気なく寮から出、月明かりに照らされた道を行く。
既にアラームは鳴り止み、静寂に支配されている。
五年は過ごした場所の初めて見せる顔、そして最後となる姿に胸に迫るものを感じる。
「さっきから、くねくねと回り道してるけどどうして真っすぐ行かないんだ?人影はないだろ」
「監視装置よ。少ないとはいえ所々にはあるもの」
「どうやって分かるんだ、覚えてるのか?」
「一番は目ね。電波か冷却用の駆動音みたいなのも聞こえるわ」
「邪魔しないように黙っておくよ」
口を閉ざせば、私達の足音しか聞こえない。
この見掛けは無音の空間で彼女は何が聞こえているだろう。何が見えているのだろう。
もう、来たことのない港周辺だ。それでも足取りに迷いはなく、迂回路の選択にも淀みがない。
呆気なく停泊中の船が見える位置まで到着する。
海上に見える分だけで建物二階分はあるだろう。
入口として使えそうなのは一本。昇降路の場所だけだ。
だが、人はいないようで乗っても見咎められることはなかった。
側面に付けられている小型船を降ろして乗り込む。
「何をしているんだ?」
彼女が斧で、一つのモニターに殴りかかる。
壊し、さらに剝がすと海に投げ捨てる。
「さっきのはGPS。あれがあればどこに逃げても見つかるわよ。船の位置も判らなくなるんだけどね」
「どうするんだ?南に800㎞って言ってたよな。陸みたいに真っすぐ進める訳ではないだろ」
「もう北斗七星と北極星を忘れたの?何で北の字を冠していると思う?私が方角を示すから、あなたは舵を取って」
始めは舵を反対に動かしたりもして忙しない蛇行運転をしていたのだが、三十分もすれば慣れて暇になる。
「なぁ、島に近づいたとして、見えるのか?」
「北極星の高度は目印にもなるし、見えるはずよ。明るく成れば薄っすらとだけど雲に反射して見えるの。普通に立って見るより広範囲が判るわよ。だから私を頼ってね」
「頼るしかないんだけど、角を光らせてたのって何だったの?」
「これの使い方が分かってきたのよ」
彼女は角を撫で、点滅させる。
「切替えと集中と言ったらいいかしら。嫌なものは気にせず、見たいものを見れるようになったの。暗いところも任せてね」
「集中?雲からの視界もその一端か」
「そう。カメラを見つけたのもそれね。心音なんかも分かるから嘘を吐いてるかも判るかも」
話しを続けるうちに空は白ばみ、柔らかな琥珀色の光が零れ出す。
太陽が昇り、空腹感を覚える頃、水平線の先に小さく島が見え始める。
「あの島か?何もなさそうだけど」
「あれは流石に小さすぎるわよ。もう一つ向こうね」
通り過ぎていくと、大きな島が見える。
近づくと、小さな町が見える。
ただ、塗装は所々剥がれており、閑散としている。
「住む場所を決めましょ。拠点には頑丈で水を採取しやすい所が良いわよね」
「彼処なんてどう?柵で囲まれてて、雨水貯水槽も付いてそう。広めの庭もある」
「止めておきましょ、軍の施設みたいに見える。何かが来た時に真っ先に見つかるし、攻撃されるわ。昨日の爆発もあることだし。あちらの三本、柱が建っている建物にしましょう」
「目立たないか?一番大きい建物だろ」
「奥の四角い建物なら同じような部屋が多くて、中で生活すれば見つかりにくいでしょ。頑丈そうだし」
海風に曝され硬化素材が罅割れている。
所々鉄筋が露出し、崩れている場所もある。
しかし、奥の建物はまだ無事で防風林の効果が見える。
中に入ると埃が積もり、足跡が残る。
開けている方の部屋では窓ガラスが殆ど割れてしまっているが、反対側は白く曇っているだけで部屋として機能するだろう。
「ここにしましょうか」
彼女が一つの部屋の前で立ち止まり、扉を開ける。
他の部屋よりは半分程度の大きさで、一つの大きな机が置かれている。
「校長室か。もっと大きな部屋もあるけど良いのか?」
「むしろここしかないわね。見た目は大丈夫かもしれないけど、いつ崩れるか分からないわ。一階の小さい部屋が最も頑丈だろうからね。先は掃除しましょうか」
崩壊を恐れながら、掃除用具を探し、建物を回る。
理科室のような部屋には多くの物があり、鋏や実験用の浄水装置など良さげなものが見つかる。
箒を使って埃を払い、見つけた布を使って油を塗り込む。コンクリートの粉を防ぐらしい。
雨水確保用に瓶やビーカーを外に置く。
崩れ落ちかけの椅子に、部屋で見つけた防火布を被せて寝具代わりにする。
「今はこれでも良いけど、秋までにどうにかしないといけないわね」
「ここもいつ崩れるか分からないなら、家も作らないとな」
「役には立たないけど面白いものもあったわよ」
彼女は掃除用具と一緒に持ってきた木箱を見せてくれる。
重く詰まった木箱の中には紙の本が詰められている。
「本か、良く残っていたな」
「風化したものや虫に食われているものが多かったけどね。しかもこれは歴史書みたいよ」
「歴史?外の世界が知れるのか」
「今私達がいるのも外の世界よ。縛る者はいないけど、生活を自分で組み立てないといけない世界。一緒に頑張りましょう」
「なんか楽しそうだね」
「あなたと一緒だからよ。話し相手が一人いるだけで全然違うもの。明日は無事な雨水タンクを探して水を確保しましょ」
「食料確保に釣具とかの狩猟具も見つけられたら良いな」




