最悪の選択
今日もまた、アティマを慰めることになるのかと少し重い足取りで歩く。
だが、扉を開けた時、より酷い状況を見せられた。
アティマが泣いていた。
大粒の涙を溢し、声を無くして泣いていた。
机の上には一通の手紙が乗っている。
「どうしたんだよ、アティマ? 何があったんだよ?」
アティマを来るだけ刺激しないようにゆっくりと近づいて、声をかける。
ゆっくりとこちらを振り向くが、その目に生気はなく、パクパクと口を開け閉めするも音はない。
一言断って手紙を覗く。
そこに多くの文はなく、簡潔に今後レヴァンシアの名を名乗ることを禁ずるという一文が書かれている。
文末には謎の数字が並び、暗号文の様にも見える。
「何かの間違いじゃないのか? 実はこの数列に意味が隠されていたりしないのか?」
「な、なかったわよ」
相変わらず生気のない目で涙を溢しながら、途切れ途切れに話す。
弱々しいアティマはもう見慣れていたが、これは、痛々《いたいた》しい。
触れればそこから崩れてしまいそうだ。
日光に当てられても灰になって消えてしまいそう。
「暗号文、かもしれない、と思って、RSAとか、換字、座標も、考えた。他にも知る限りの、暗号方式を、考えて、組み合わせて、でも何も見つからなかった。意味ある文にはならなかった。これだけ考えて、見つからない方がおかしいと思える程に探したの」
段々言葉が繋がり始める。
涙も収まり、目がこちらを向く。
「お父様もお母様も私を捨てたのよ。最後に解けない問題を私に投げて、嘲笑っているのよ。私はもう、化け物なのよ」
角が妖しく光り、目に見える速度で伸びていく。
これ以上は生活が危うくなる。アティマを抱きしめ、安心させるために言葉を紡ぐ。
「大丈夫、アティマはアティマだ。無価値なんかじゃない、勿論化け物でもない。1区の特待生で、5区にモデル生徒配置プログラムによって来ている。アティマは僕に勉強を教えてくれて、僕は賢くなれた。アティマのおかげだ。僕にはアティマが必要だし、感謝している」
「私は角が」
「角なんて関係ない。むしろかっこいいよ。あっても無くても僕らの関係性は変わらないし、欲しいくらいだよ。僕は少しくらい知覚が広がるくらいが丁度良いと思うんだよ」
「なによそれ」
アティマが笑ってくれる。
目に生気が宿る。
「貴方は落ち着くわね。規則正しい心音に、支給されてるシャンプー通りの一定の匂い。こうやって貴方の胸に抱かれていると何も見なくていい。何か隠していることもないし、素直に話してくれる」
「それは褒められているのか、貶されているのか」
「褒めてるのよ。受け取る時も素直でありなさい」
「そ、それで、その角どうする?」
光は収まり、成長も止まっているが、縮むことはなく髪から突き出てしまっている。
ヘアバンドをしても隠しきれるかどうか、帽子もその微妙な生える角度から被るのすら難しいだろう。
よく見るとこれどうやって隠すんだ?
3㎝? 4㎝?
角に触れ、撫でる。
「ちょっと」
硬い感触が返ってくる。
曲げてなんとか出来る硬さじゃない。ツルツルしており、骨が見えてるような感覚を覚える。先端から1㎝程のところに黒い線が入り、成長線のようだ。
「待ってと、言っているのよ」
手を払い落とされる。
泣いたせいか瞳が赤く、目元も頬も耳まで赤く染めてこちらを見ている。
「もう一度言うわ。ありがと」
「アティマも最近は素直だよな」
「言葉を借りるけど、それは褒めてるの、貶してるの?」
「受け取る時も素直にな。で、それどうやって隠す?」
手紙のことに触れないように、頭上を向かせて手紙を横にずらす。
多分、アティマの広がった視野だとそれも見えているのだろうが、何も言わない。
「どうしよ? もう完全に髪から出ちゃってるよね」
「うん。もうそういう飾りとして見せないといけないぐらいバッチリと」
はぁ。大きなため息を付き、机に伏せる。
「一旦、風邪ということにして自室に籠るわ。ゆっくりと考えてみる。貴方も何か思いついたらメッセージで教えてね。角とは書かずに」
「わかった。今日は負ぶって帰るか。顔が見えにくいし、前髪が乱れてても気にされずらい。風邪も仄めかせるだろ。」
「そ、そうね。それがいいわ」
急にパタパタと手で顔を仰ぎ、涙を拭う。
前髪を形を作らない程度に角に巻き付け、下を向いて黙り込む。
「本当に熱でも出たのか?」
「なんでもないの。早く行きましょ」
顔を上げ、作り笑いを浮かべながら答える。
立ち上がり、扉を少し開けて人がいないことを確認するアティマ。
アティマなら既に切り替えていると思おうとしていたが、まだ取り繕っているだけだと思いなおす。
当たり前だ。あんなにも慕っていた両親からの絶縁、角による生活の不安。
勿論僕はそんな目に合ったことが無いから完全に理解することはできないが、頭が良ければ分けられるものでもないのだろう。
無理をして壊れてしまわないように、アティマを見守っていこう。あわよくばアティマが卒業した後に助手として楽に生きられないだろうか。流石にこれは冗談。
周りに人が居なかったのだろう、こちらに手招きしている。
置かれたままの手紙が何となく目に付き、ポケットに突っ込む。
「今なら人も居ないし、この微妙な時間。歩いてる絶対数が少ない筈。早く行きましょ」
机と椅子を片付け終わると手を引かれて、扉前までくる。
しゃがんで背中を差し出すと、おずおずと手を回す。
「大丈夫? 重くない?」
「重くないよ、前より安定して支えやすいよ」
「前って?」
「星を眺めた時。アティマが頭痛を覚えて、支えただろ」
「あの時は支えられただけで、持ち上げられてはいないでしょ。あれから1週間ぐらいしか経っていないのよね。なんだか1ヶ月は過ぎた気分」
「僕もだよ。アティマが来てからとても長い時間を過ごした気がするのに、まだ3ヶ月も経っていない」
「なんで貴方は、アスラは私を助けてくれるの? 私の角が見つかって連れていかれれば、アスラにも害が及ぶかもしれないでしょ」
鼻で笑い飛ばして答える。
「もう手遅れだろ。調べられればヘアピンを付け始めた時期なんて直ぐに手繰られる。それに、こんなに人と話すのは初めてなんだ。ここの特待生は嫌な奴だし。同級生に教えを乞うことなんてなかった。アティマが僕を良くも悪くも変えたんだよ。2か月と少しでね。まぁなんだろ。楽しかったんだ。そういうことだよ」
返事はなく、少し手の力が強まった。
寮に戻り、アティマが風邪気味だということを伝える。
部屋に送ったところで別れ、自分の生活に戻る。
アティマが僕に与えた影響は想像以上に強かったようで、何時もアティマの事を考えていた。
部屋に籠って1日目。
僕が一人でいることを揶揄っていくやつが多かった。
言葉の影響は残っているようで、初見の人間が多かった。
数日経つと学校に来ていないことに気づき詰め寄ってきた。
風邪だと伝えるとお見舞いに行く者もいたが相手にされず、警告を食らっていた。
1週間も過ぎたころには、元々《もともと》仲良くなった者もいないことが相まって、気にされなくなった。
元のアティマが来る前の生活。
嫌な奴に絡まれることも無い、だが花もない。
必死に受けていた授業に熱が入らず、一日中アティマを思い、メッセージを待つ。
状況を打開するアイデアは浮かばず、ただ時間が流れていく。
無為に過ごす時間の中、ある噂話が耳に入る。
曰く、アティマの病気を特定するために、強制的な診断が行われると。
思わず、話す彼らに詰め寄って聞き出す。
「あくまで噂だぜ。この噂がどこから来たのかもわからねぇんだけど、寮長が本島に要請を出して、数日中に来るって話だ。よかったじゃないか、病気を治してくれるんだぜ。流石1区の特待生様だよな」
「ああ、治るなら良いかもな」
空気を絞り出して返事をする。
放課後になると急いでアティマの下に向かう。
「私にも聞こえたわ。これは、もう終わりかもね。今のうちに私のことを報告しておく?」
「頼むから諦めないでくれ」
また、痛々《いたいた》しい顔で迎えてくれるアティマを何とか励ます。
打開策はあるのだと、無い知識を絞り出して、止まった思考を回して提案するが、そのどれもが現実味に欠け、言う途中から尻すぼむ。
状況を整理すればするほど、絶望的だと、詰んでいると思えてしまう。
だから僕は決意を持って最終手段を口にする。
「ここを出ないか?」
息を吞む音が聞こえる。
どちらかは分からない。どちらもかもしれない。
拍動はするのに、時が止まったような感覚。
「本気で言ってる?」
「ああ」
「わかったわ」
目を瞑って考え始めるアティマを見つめる。
数分もしくは数十秒で目を開け、どこか遠くを覗くような透明感をもつ瞳に変色する。
「一番の問題は脱出艇よ。本島まででも100㎞《きろめーとる》近くはあるもの。本島には行けない、どこか丁度いい孤島は、確か稲の国が昔、排他的経済水域の確保と観光島として保有していた島があったはず。南に800㎞《きろめーとる》位、どちらにしろ船が必要」
「食料は大丈夫なのか? 必要なら食事の時にパンぐらいは盗ってきた方が良いか?」
「推進力のある船さえ確保できれば、今の小型ボートだと10時間かからずに着けるわ。それぐらい我慢できるでしょ。あそこらへんでメガフロート開発はされていない筈よ、着きさえすれば貝は確実にあるでしょうし、観光島であったころの釣り具があれば魚も食べられるわ。水だけは持っていきたいわね」
「水筒を全部持っていくことにしよう」
「やっぱり船が問題ね。ここには常に停まっているわけじゃない」
「アティマを診断しに来る人間は船で来るんじゃないか?」
「ええ、恐らく。医療船で来るでしょうね。救命用の小型船も積まれているはずよ」
「それを奪って脱出するんだな」
「タイミングは一度、到着してから私が連れていかれるまでの一夜のみ。アスラはそれまで普通に」
アティマがいきなり目を閉じ、耳を塞いでこちらに飛び込んでくる。
どうしたんだ?そう聞こうとした瞬間閃光。
思わず窓の外を見る。
島には何もない。雨雲もなく、むしろ真っ白に染まっている。
ゆっくりと茶色い棒のような物が広がっていく。距離を考えれば相当な速度だろう。
ものの数分で壁のようになる。
「あれはなんだ」
「まだ、続いてる」
地響き、その後に大気を引き裂くような轟音、硝子が撓む。
超巨大生物が生まれ落ちたかのような、非現実的な光景。
アラートが鳴り響いているが、耳が遠い。
そうだ、アティマは。
「アティマ、大丈夫か。アティマ」
「大丈夫だから、揺らさないで」
肩を掴んで声をかけると、返事があるので安心する。
ただ、ふらふらと平衡感覚を失っており、洗面所まで肩を貸して背中をさすってあげる。
「あれはなんだったんだ?」
長くなったので分けます。




