覚醒
さて、何から説明するべきか。
目の前にいる角を生やした少女のことか。
僕が寝ぼけているわけではないだろう。頬を抓ると痛いし。
指を立てて角としてるわけでもない。
髪を結っているわけでも、カチューシャに角が付いているわけでもない。
簡単に言えば、起きたらアティマに角が生えていた。ということになるだろう。
まあ、まだ小さくタンコブと言っても過言では、過言では。流石に無理か。
小さいながらも先は尖っており、骨が飛び出ているといった方がまだ弁解できそうだ。
救いは彼女が髪を上げているから見えているだけで通常は見えないだろうということか。
「ねぇ、聞いてる? これどう思う?」
「ああ、角だな」
「やっぱり、貴方が何かしたの? もしくは角が生える奇病を知っているかしら?」
「僕は何もしていないし、君が知らないことを僕が知っているわけもないだろう?」
「もっと自信を持ちなさいよ。今の貴方なら5区の特待生は余裕よ? そんなことは良いとして、これどうすれば良いと思う?」
「隠すしかないだろ。それが見つかれば何をされるかわからないぞ」
「どう? 見えない?」
彼女が上げていた前髪を下ろしてこちらを見つめてくる。
注視すれば髪の隙間に白いものを見つけられるが、偶然バレることはないだろう。
「見えない。髪が動いたら危ないから、ヘアピン付けるとかいっそカチューシャで覆っちゃえばバレないと思う」
「持ってる?」
首を横に振る。ついでに段々(だんだん)と圧が強まる彼女から目を逸らす。
「いいわ、私の部屋には支給されていたはずだから取って来て」
「無理だよ。人の部屋に、ましてや特待生の部屋に入れるわけないだろ」
「じゃあついてきなさい。私の前を歩いて意識の分散を図りなさい」
「女性区画に入るのもだいぶ抵抗感あるんだけど」
結局ついて歩くことになり、朝食に向かう学生達の奇異の目に晒されながらの移動はなかなかくるものがあった。
部屋の前まで行ったところで別れ、いつも通り放課後の閲覧室で集合する。
「本当にイライラする。貴方も見ていたでしょ? どう思った?」
「特待生のあいつか?」
「そうよ、馴れ馴れしいのよね。あいつ」
こればっかりは深く肯首する。
「でもそんなこと、君が来てからの2か月は同じ感じじゃないか」
「そうだけど、そうじゃないの。今日はよく見えるっていうか。よく聞こえるというか、鬱陶しさが増すのよ」
「良く見えるなら便利そうじゃないか。あいつさえ見なければいい話だろ」
「人の視野角は最大で水平に左右100度、上下に60度、70度だと言われているわ。その中で通常見ているのは20度くらいの範囲よ。でも今は、常に最大範囲で見えるの。しかも、皺の一つ、枝毛すら見つけられる勢いよ」
「凄いなそれ、角の効果か? 痛みはないのか?」
思い出したかのように角を触る。
黒いままのモニターを使って見ようと覗き込むが、彼女の髪色も相まって見えていなそうだ。
「私自身のことは殆ど気にならないけど、他人のことはよく見えるのよ」
「僕も顔を背けておいた方がよいのか」
「話しづらいでしょ。それに、手遅れよ。こっちを向いておきなさい。さて、今日は流石にこれのことを話しましょうか」
改めてこちらに向き直ると、髪を上げ、角をこちらに見せる。
上げた手と逆の手で角を指しているが、少しずれており、感覚がまだ定まっていなそうだ。
「これ、どう思う?」
「一日考えたし、調べてみたけど、やっぱり角じゃないか? ウサギにはそういう病気もあるらしいけど。ウサギだったりする?」
「ウサギだったら私は今喋っていないわ。それに視野が広がるのはもっと重篤になるわね。そうね、やっぱり角よね」
少し大袈裟に肩を落とし、音を立てて椅子に座ると、顎に手を当てて不貞腐れる。
気を少しでも紛らわせたくて話を振る。
「視野が広がるってどういう感覚なんだ?」
「なんて言ったら伝わるかわからないけど、普通に見てる範囲は一緒なの。でも、わかるの。物の配置、傷や汚れ、埃の一つまで。それが、視野範囲分。首を振れば一瞬で辺りが認識できる」
一旦話を区切ると、手を机に叩きつけて、続ける。
「なによこれ。私は鳥にでもなったのかしら。もしくは、虫? 数メートル先の物さえ目についてしまう。連続した景色も失われたわ。超高速のスライドショーを眺めてる気分。多分、色も拡張されているわ。部屋の中だとましだけど、空や海を見ると、毒々(どくどく)しいほどの色に溢れ、輝いている。輝いてぼやけているのに、物の形がはっきりとわかる。よくなった点は本をただめくるだけで全て知れるところだけかしら。私はどうなってしまったの。何が見えているの」
強く叩きつけ過ぎて机が変形して、錯覚。錯覚が見える。
慌てて彼女の手を取る。
彼女の手は血も出ていなければ、赤くすらなっていない。
細く、柔らかい。少しだけひんやりしており、このまま握りしめればポキっと行ってしまいそうだ。
「いいことを思いついたわ。貴方が私の目になってよ。こうやって手を取って私を連れ歩くの。そうすれば、私は見なくていい」
「ちょっとまって、落ち着いて。これからの対策をしっかり考えよう。僕が連れ歩くのは規則的に難しいだろ」
「特待生の優遇措置、結婚相手の指名を使えば可能だけど。対策と言っても特に思いつくことないし」
「サングラスとかどうだろう? あれは結構光を止めるだろ、少しはましになるんじゃないか?」
「これは単に予想になるけど、確かに感じる情報量は下がると思うわ。紫外線などの吸収に、反射光の遮断。そもそもの光を反射したりね」
「なら、」
「貴方は目を完全に覆うサングラスを支給されているかしら? 人の脳はよく見える場所に注意を向けるわ。今の私が同じかはわからないけど、サングラスの範囲外。広がった視野範囲がもっと気になるかもしれないの」
「確かにそうだな、変に目を覆うサングラスを求めれば、病気を疑われて検査される可能性もあるか」
彼女は握り続けていた手を勢いよく引っこめると、指を合わせて回し始める。
俯き、小声で呟く。
「考えてくれるのは嬉しい。ありがとう」
これまで見せなかった態度を見せる彼女が弱っていることを感じながら、嗜虐心も芽生え聞き返す。
「え、なんて言った?」
「こうやって指を回すと脳が活性化するわよって教えてあげたのよ」
「えー、今日は素直になったと思ったのに」
「はぁ? さては、聞こえてたわね。貴方こそ素直に受け取っておきなさいよ」
華奢な手からは信じられない強さで握られ、こちらがポキッとされそうで、タップアウトする。
「今のサングラスはレンズで調光するのが一般的で支給されるのも同じものだけど、元は雪の反射光による雪盲を防ぐための物だったと言われているわ。原理は単純。横一文字に穴をあけた物で目を覆うの。今そんな事をしていれば目立つけど、ただ目を細めるだけでも一定の効果が得られるはず。こんなにも単純なことに気づかないなんて、焦ったらだめね。思考が狭まっている事も隠れてしまう」
「解決出来たようでなによりだよ」
今日一番の、何なら見た中で一番の笑顔を浮かべ満足する彼女に釣られて自然と笑顔になってしまう。
「それはそうとね」
「痛った」
思いっきり握られた。
既に放されているのに、嫌な感触が残っている。
なんつう怪力だよ。ミシって聞こえたぞ。
開け閉めして確認する。
新たに感じる痛みはなく安心し、抗議的に睨み付ける。
「私を揶揄った罰よ」
解決策も見つかり、未だ角の対処という爆弾を抱える者の、何時も目を細める少女が生まれて話は終わると思えた。
次の日は耳、その次は鼻、五感から順に研ぎ澄まされ、思考速度も上がっているらしい。夜も殆ど寝られなくなり、段々(だんだん)と精神的に衰弱していく彼女を励ますことしか出来ない。
追い打ちをかけるかの如く角が成長し、既にヘアピンで隠しきれなくなっている。
目の時のような対処法も考えきれず、紛らわす為にエネルギーの活用法を議論しているが、アティマの言葉を理解するのがやっとだ。
アティマの言葉はより脳に残るようになり、一言二言話しただけの生徒の行動に影響が出ている。
妙に頭に残る教え方は前兆だったのだと、気づけていれば何か変わったのだろうか?




