予兆
明日、再び閲覧室に入ると、既に準備を終えた彼女が待っている。
「よく来たわね、じゃあ始めるわよ」
そこからは彼女の独壇場だった。
友達どうしの教え合いを逸脱した授業とでも言うべき何かが始まった。
一対一だからこちらの反応をしっかり見て、理解の度合いを測り、進行スピード何なら内容すら変更して行く。
しかも妙に頭に入ってくる。
これまでバラバラだったパズルを嵌めていくように、空いたピースを埋める様に進む。
教科もバラバラで数学が物理に、物理が地理に、地理が言語にと飛ぶくせに滑らかで、早い。
あっという間に閉館時間となり、1年分が終わった。
「基礎的な部分は貴方自身で復習しときなさい。段々《だんだん》難しくなるからだいたい2週間かけて復習を終わらせるわよ。そこから1か月かけてこれからの2年分を終わらせるから、その後でゆっくり話しましょ」
彼女にも僕の頭の悪さは分からなかったようで1か月程延長されたのだが、宣言通り予習まで終わって今は彼女の親の偉業を延々《えんえん》聞かされている。
妙に頭に残るのと繰り返し話すのが相まって僕も彼女の親のことを殆ど覚えたと言える程になっている。
彼女による授業も続いていて彼女の両親の功績を理解させようと宇宙エネルギー論が進んでいる。
「そういえばさ、数年前に地震あったよな」
「あったけど、それが何?」
「あの時、北側がなんか光ってたし、波が来てただろ露の国辺りであったんじゃないかと思って」
「そのころにはもうこっちに来てたんだから分からないわよ。でもお父様が不思議な顔をしてたのは覚えているけど」
少し彼女が昔を思い出す様に頭を傾ける。
「不思議な地震だったから聞いてみたかったんだけど」
「確かに光る地震なんて聞いたことないわね。見間違いなんじゃない?あれ夜だったし」
「まあそうなんだけど、物理を学んで光と揺れの速度の差が丁度それぐらいだったんだよ」
「光の速度ね、今日の夜は星でも見ないかしら?」
「夜の鐘がなった後なら外が全て消灯されるから結構綺麗に見えるよな」
「なんか勘違いしてそうだから言っておくけど一緒に見るのよ。特待生なら勉強を見るという名目で可能よ、明日は休日だし」
思わず彼女の顔を凝視してしまう。
冗談だと訂正されることはなく、再び彼女は両親の話を始める。
「地震なんてねお父様の作ったダイソン球が生み出すエネルギーから比べたら誤差みたいなものよ。地震のエネルギーはログJイコール4.8足す1.5Mの関係式を教えたと思うけど、M9でも10の18乗くらいよ。でも、ダイソン球は10の27乗くらいのエネルギーを生み出してるの。5分の1くらいは送電中に失っているけどそれでもお母様のおかげで殆どが届いているわ」
「ちょっと待って、それがそのまま地球に来たらどうなるんだ」
「勿論溶けて貫通するんじゃないかしら。一瞬なら大量絶滅で済むかもしれないけど、恒常的に送られてくるわけだし。そんなことは太陽に作った時既に議論されているわ。お母さまのシステムは受け取る側にも工夫があるの。合同開発時は二酸化炭素やナトリウムを使用した超臨界タービンによって電気変換していたけど、シンクロトンの逆のような機構を作ったのよ。回転しながらくる光線を受け止めて電磁誘導によって電気を取り出すの。熱への変換を挟まない分効率よく取り出すの。私がやりたいことはこのエネルギーを使うことよ。今はただ機械を動かしたり、防衛手段などにも使われているけど、この量のエネルギーがあれば核転換によって物質を生み出すことが可能な筈よ。その時は貴方にも手伝わせてあげる」
どこか遠くを眺める彼女は頭を振り、こちらを見て微笑む。
そこに凛とした何時もの彼女とは違う少女の顔があり、胸が高鳴る。
「じゃあ部屋に行くから、星を見るためにちゃんと片付けておきなさいよ。許可貰うために先に帰ってるわね」
えっ本気だったのか
微笑ましい気持ちは消え去り、笑顔が固まる。
文句を言う頃には既に彼女の姿はなく、重い足取りで、しかし片付ける為に走って帰るのだった。
その日の夕食は味がせずただ機械的に食べた。
誰とも話をすることもなく、彼女の授業が始まってから話していないのだが。
部屋に戻って暫くすると、コンコンと扉が叩かれ彼女が入ってくる。
「本当に来たんだな」
少し震える手で椅子を用意する。声も震えていたかも知れない。
「ええ、私は冗談は言うけど、嘘は言わないの。だから、勉強をするのも本当。これから見る星について学びましょうか」
「あっはい」
「北斗七星は知ってるわよね」
「あの特徴的な並びをした星だろ」
窓を開け少し身を乗り出すように指しながら答える。
アティマが隣に並び、こちらの手をとって動かしていく。
「合ってるわ。北斗七星はおおぐま座の尻尾部分なのよ。尻尾の先から先頭の意味を持つアルカイド。二重星として有名なミザール。5日ほどで光が変化するアリオト。尻尾の根本であるメグレズ。輝線が見られるフェクダ。太陽の3倍は重いメラク。実は別方向に動いていて数万年、数十万年後には違う場所に移るドゥーベで構成されているの。尻尾を伸ばすと、4番目に明るいオレンジ色のうしかい座アークトゥルス。同じくらいの距離を延ばすと真っ白いおとめ座スピカ。スピカから北斗七星側に戻りながら三角形を作るしし座デネボラ。北斗七星に戻ってフェクダとメラクの間、少し地面側に小さく赤く見えるのがラランド21185よ。あそこからお父様のダイソン球があるの」
「ごめん全く見えない。三角形までは見えるけどラランドは見えない」
「はぁ?ちゃんと見なさいよ。こちらに伸びる光の筋も見えないの?」
「見えない。目が良いのは分かったから、肩を掴んでる手を離してくれ。近い」
ごめんなさい。彼女は素直に謝って椅子に座りなおす。
「ねぇアスラ。何故人は争い続けるのかしら」
「急に哲学的な話になったな。外のことは君から聞いたことしか知らないから何も言えないけど。この島でなら、特待生枠の争奪だろうな。卒業後の進路は勿論、部屋も優遇されるんだろ?」
「そうね、少なくともこの部屋より広いわ。プリンターなんかもあるし。でも、今の時代、宇宙に住むことを良しとすれば土地なんて無限と言っていいわ。それにダイソン球による莫大なエネルギーと技術の発展は物資の格差をなくしていくでしょう?」
「確かに、これからは段々《だんだん》と格差が減るのかもしれない。だが、今上に立つ格差があった時代を生きる人はどう思うだろう。それに、必要なものが全て手に入るなら僕なら働かなくなるかもね」
「満ちた杯は水を求めない、空いた杯は水を求め、欠けた杯は際限がないってやつね」
「いや、知らないけど。慣用句的表現か?」
「もういいわ。それよりも外が光っていないかしら」
彼女は顔を窓に向けてから何かに気づいたようにハッと体ごと動かす。
頬が少し赤らみ、光が写っているのかと外を見るが暗いままだ。
心なしか星たちが強く光っている気もするが変わりないように見える。
「おい、やっぱり何もないけど」
彼女に向き直ると頭を押さえてうずくまっている。
「どうしたんだ?恥ずかしい言動を思い出して悶えているのか?」
「違うわよ。っ、頭が痛いのよ。内側から熱した棒で貫かれてるみたい」
「取り合えずタオル濡らしてくる」
濡らしたタオルを彼女の額に当てると火傷しそうなほど熱い。
「アティマ、大丈夫か?風邪なのか?」
「風邪なわけないでしょ。タオル助かったわ。横に成らしてくれる?」
肩を支え、布団に寝かせる。
これまで見ていた自信家で完璧な彼女の姿が揺らぎ、僕よりも小さく弱々《よわよわ》しい少女が現れる。
「本当に大丈夫か?片頭痛って熱まで出るのか?」
「ここまで酷いのは初めてよ。後、片頭痛で熱は出ないわ。ちょっと寝させてもらうわね」
痛みに耐えるように小さくなって震えている。
暫くすれば、依然として苦しそうではあるものの寝息に変わる。
不謹慎だが、可愛くそして、愛らしい姿を横目に捉えながら椅子で寝た。




