新しい朝
鐘が鳴っている。
大きな鐘の音だ。
新しい朝が来た。
代わり映えのしない朝だ。
白い壁紙に囲まれた部屋だ。
空色をしたカーテンが揺れている。
少々《しょうしょう》時代遅れともとれる木造りの机がそこに鎮座し、横には金属製の棚が立ち見慣れた教材が並んでいる。
布団をどかして立ち上がる。
鞄に今日必要な本へと詰め替える。
ドアを出て広間へと向かう。
途中で幾人かと合流して話し合い歩いて行く。
トレーを受け取り配膳の列に並ぶ。
丁度一か月前と同じメニューが並んでいる。
もう一度鐘の音が鳴り響く頃には広間が少年少女で埋め尽くされる。
鳴り止むことは食事の合図となり、一斉に低学年組の方からカチャカチャと食器が代わりに鳴り始める。
簡単な別れの挨拶を済ませると食器を返却して新しい服を受け取る。
三度目の鐘は始業の合図だ。
それが鳴る前に学校に入って準備を終える。
慣れ親しんだ何時もの朝の光景だ。
だが、今日は、一つ違うことがあった。
「特待生を紹介する。一区の成績優秀者だ。お前たちもこの娘を見習ってしっかりと勉学に励む様に。では、今日の授業を始める。」
何時もとの変更点はそれだけで、単調な日々《ひび》に戻る。
数学に言語、物理、化学、生物、地理、経済、物心ついた時から変わらない世界に退屈を覚えたことは数えられない。
島の外に意識が向いたこともある。
だが、それはいつか叶うものだ。
今は難しいものでもある。
誰かに監視されているわけではない。
海を安全に渡りきるだけの物資がない。
今いる5区から見渡せる範囲は西に気候条件が良くて50kmもないだろう。
そして、その範囲には海と魚しか見えない。
それに、地理で習った時は1番近い陸地で北東方面に100kmだった。
食料などの輸送船も東の港に着くらしいから正しいのだろう。
もし、他のメガフロートが近づいた時に移れたとしても連れ戻されるか、今より酷いサバイバル生活を強いられるだろう。
それよりかは、このまま成績を上げ専門職への道を獲得し、胸を張って出た方が丸い選択肢だ。
今まで「出来る」「行ける」なんて言った者が帰って来ず、いないものとして扱われているのも僕らに二の足を踏ませる重要な要素だろうが。
それに成績下位者は単純な肉体労働に従事するらしい。
流石に俺はごめんだ、ここを出た後も単純な日々《ひび》を消費するのは。
授業が終わると、図書館へと向かう。
図書館と言っても本はなく、電子化された過去の授業、成績上位者のノートを閲覧できる大きな自習室に過ぎない。
目的が自習なため、問題はない。
数人で訪れれば、声を出せる小さな部屋の貸し出しが認められるが、一人だと過去の講義の閲覧室が雑音も入らず最適だ。
「閲覧室、001番の使用許可を申請します」
受付を担当する機械人形に話しかける。
「申請を却下。001番は使用中です。別室002番もしくは003番の使用を提案します」
珍しいこともあるものだ。
今まで001番が埋まっていたことなど、此処を教えてくれた先輩以外にいなかったと言うのに。
それに、001番は建物の端に位置していて、優秀な受付AIはお節介にも近くの閲覧室を提案してくれる。
今回された、連番の提案も何度も通い憶えられた結果だろうに。
誰が借りているのか後で見にいくか。
「閲覧室、002番の使用許可を申請します」
「申請を承諾。002番で学生証の提示と顔認証を行ってください。使用可能時間は当館閉館の18時までです。それまでに退出して下さい。室内は原則飲食禁止です。密封できる水筒でのみ許可されています。プライバシーの観点から監視カメラは設置されていませんがルールを遵守し、秩序だった行動をお願いします。続けて閲覧室、使用説明をお聞きになりますか?」
「知っているので要りません」
「では頑張って下さい」
規則なんだろうがいちいち注意事項を聞かされるのは面倒くさいな。
聞いていないと暗唱を求められるので、形だけでも聞いていた方が早く終わると言うのも面倒くさいポイントだ。
閲覧室は音楽室のような形で防音が強い密室が作られる。
パイプ椅子と簡単な造りの机が壁に立て掛けられている。
一対を設置し、勉強を始める。ドアの窓から見逃さないように。
「ふぅ」
没頭してしまった。
結局見ることは叶わなかったかな。
一体どんなやつが借りていたんだろうか。
次は先に借りてしまえば良い。それで惑わせるものは無くなるだろう。
「帰るか。いい時間だし」
荷物をまとめて扉を出ると、丁度横の扉が開くところだった。
低めの身長に流れる金髪、紫の装飾が入った制服はより金色を強調し神聖さを演出している。
僕らの赤装飾とは違った美しさを持っている。
まあ、なんだ。今日来た特待生だ。
「なによ、ジロジロ見て。私に何か変な所でもあったかしら」
「あ、いや、そうじゃなくて。そこを使ってる人を見るのが先輩以来だったから。物珍しくて」
「ああそう。5区ではあなたが使っていたのね。他に移った方が良いかしら?」
「大丈夫。次から僕が先に借りるから」
「へぇ」
腕を組み、こちらを見下ろす様に見てくるが、身長が低いせいで上半身が大分反っている。
なんだか低学年組を見ているようで微笑ましい。
「なにを笑っているのかしら。それで、あなたは誰なの?私は|アティマ・レヴァアンシア《あてぃま・れゔぁんしあ》。レヴァンシアが家名よ。覚えておきなさい」
「僕はアスラだ。家名はないよ。自己紹介の機会がなかったとはいえ同じ教室なのだから顔くらいは覚えておいて欲しかったけど。話は戻るけど特待生になると家名を貰えるのか?」
「私の両親が凄いのよ。露の国からの亡命者なんだけど、宇宙開発の一線で活躍しているの。第3宇宙太陽光発電球の開発はお父様が、それに使用されている照射型送電機構はお母様が作成されているの。更に照射型送電機構により超々長距離での無配線電力輸送が可能になったことで太陽以外の恒星でダイソン球の作成が実用化出来る段階に来たことは知っていると思うけど、そこにも携わっているわ。他にもね」
「ちょっと待ってくれ。その話はまた次の機会で頼みたいのですが、もうすぐ閉館時間ですし」
「んん。確かにそうね。明日話してあげるから閲覧室を借りるときに私も入れるようにしておきなさい。あなたは私より早く来て、借りて置いてくれるのでしょう」
「え、いや、それはどうかな?僕も寮で勉強したくなることもあるし、ここにそこまで思い入れがあるわけでもないからね。1区の特待生を邪魔する訳にも行かないから、別のところでも借りようかな」
「ふーん。じゃあ、どこか決まったらタブレットで連絡しなさい。今、メッセージ送ったからそこによろしく」
言うと直ぐに去っていく。
少し遅れてメッセージが届き、ポーンと気の抜けた音が鳴る。
そういうことじゃないんだ。よくわからない宇宙開発についての自慢話を延々《えんえん》と聞くのは遠慮したいってことだったんだ。
いや、多分分かって揶揄っていたんだろう。だから、気にせず過ごしていれば大丈夫なはずだな。
うん。そうに違いない。
鼠を見つけた猫の目をしていたが、元々《もともと》目つきが鋭いのだろう。
教室では殆ど後ろ姿しか見ていなかったから気づいたのが今だったってことなのだろう。
僕も早く帰らないと、夕ご飯の集合は18時。
余裕はあるが遅れて飯抜きは絶対に避けなければ。
5度目の鐘が鳴る頃には食事を受け取り広間に座っていた。
他の教室の学友から明日の授業範囲を聞き出し、印を付ける。
朝と同じように食べ終わると着替えを受け取り、部屋の風呂に入る。
着替えは分けて洗濯室に放り込む。
簡単に明日の授業の予習を行って寝床に着く。
目を閉じれば暗闇が体を包み意識が途切れる。
一日が終わった。




